シーン5:章末まとめ
フィールドは、すでに通常運用に戻っていた。
医療班は撤収し、
教官は報告の段取りを整え、
生徒たちは次の指示を待つ列に戻る。
世界は滞りなく進んでいる。
事故は起きた。
だが、それは「起きてしまった事象」として処理され、
誰の行動も、誰の判断も、否定されなかった。
条件は守られていた。
規定は遵守され、
想定は逸脱していない。
それでも、人は死んだ。
ここで、世界の法則がはっきりする。
条件を守っても、事故は起きる。
正しい行動は、安全を保証しない。
制度は、守るために存在していない。
制度は、
責任を発生させないために整えられている。
ディアナは、その全てを理解していた。
今さら、新しい知識ではない。
だが、理解と実感は違う。
これまでの彼女の戦術は、
自分が処理されないためのものだった。
勝たない。
目立たない。
正しくならない。
その選択によって、
介入を避け、
物語から距離を取り、
生き残る余地を確保してきた。
それは有効だった。
今もなお、有効である。
だが、それだけでは――
誰かの死を止めることはできない。
世界は正しく進む。
判断は正しい。
処理は完璧だ。
その中で、
正しい者が守られるとは、
どこにも書かれていない。
ディアナは、何も変えない。
今日も、戦術は崩さない。
けれど、この章でひとつだけ、確実に変わったものがある。
自分のやり方が、
万能ではないという理解。
戦術的介入だけでは、
世界の全てを制御できないという現実。
それは敗北ではない。
撤回でもない。
――ただの、試練だ。
条件を守っても死ぬ世界で、
それでもどう立つのか。
ディアナの戦術哲学は、
初めて、世界そのものから問い返された。




