シーン6:発砲 ――事故として処理される瞬間――
引き金は、軽かった。
セシルは何も考えていない。
考える必要がない状況だった。
視界に捉えた標的。
許可された射線。
訓練で何百回も繰り返してきた動作。
「撃てる」という判断が、
「撃つ」という行為に変換されるまでの時間は、
ほとんど存在しない。
引き金を引いた。
それだけだ。
発射音は、他と変わらない。
乾いた衝撃。
魔導銃特有の、抑えられた反動。
ログ上は、通常射撃。
出力も、反応も、規定内。
だが――
弾道が、わずかに逸れた。
誤差と呼べる程度。
補正装置が吸収できるはずの角度。
しかし、その瞬間、
魔力の流れが噛み合わなかった。
防護が、抜けた。
一人の生徒が、
撃たれた。
悲鳴は遅れて届く。
音よりも先に、
身体が崩れる。
地面に倒れた瞬間、
周囲の時間が一拍、止まる。
次に来るのは、
訓練された反応だ。
教官の号令。
医療班の突入。
フィールドの一部封鎖。
「事故だ!」
誰かが叫ぶ。
否定する声はない。
被弾した生徒は、生きている。
即死ではない。
だが、
出血量。
損傷部位。
魔力回路への影響。
どれもが、
「完治は難しい」と即座に判断されるレベルだった。
後遺症が残る。
確実に。
歩行。
魔力行使。
戦術訓練への復帰。
どれも、以前と同じにはならない。
セシルは、その場に立ち尽くしている。
自分が何をしたのか、
正確には理解できていない。
引き金を引いた。
いつも通りに。
それ以上でも、それ以下でもない。
王子ルッツは無事だった。
リリアも、生きている。
倒れているのは、
物語の中心にいない生徒。
英雄でもない。
象徴でもない。
制度改革の旗でもない。
――制度が想定していた、“別の誰か”。
処理は、速やかだった。
大会は中断される。
原因調査が始まる。
公式発表用の文言が準備される。
「想定外の事象」
「極めて稀な誤作動」
「再発防止に努める」
誰も嘘は言っていない。
誰も責任を放棄していない。
ただ、
一人の人生が、
ここで折れただけだ。
ディアナは、遠くからそれを見ている。
動かない。
声も出さない。
介入は、もう意味を持たない。
世界は、
事故として処理される瞬間を、
正確に終えた。




