シーン5:ディアナの“遅すぎる違和感” ――介入限界の自覚――
それは、感覚だった。
ディアナの視界の端で、
魔力の流れが一瞬だけ歪んだ。
ほんのわずか。
瞬きと同程度の時間。
波紋と呼ぶには弱く、ノイズと切り捨てるには妙に引っかかる。
数値には出ない。
ログにも残らない。
再現性など、最初から存在しない。
だからこそ、
ディアナだけが気づいた。
(……今のは)
視線が自然と、右側支援線へ向く。
セシルの位置。
集中する射線。
実弾が混入している可能性のある装備系統。
すべて、既知の情報だ。
新しい事実は何もない。
違和感だけが、遅れてやってきた。
(止めるなら、今しかない)
理屈は即座に組み上がる。
声を上げる。
教官に進言する。
一時中断を要求する。
だが、次の思考が、それを切り捨てる。
(理由がない)
証明できない。
数値がない。
前例もない。
そして何より――
(今止めれば、私が“異常”になる)
ここまで積み上げてきた立ち位置。
勝たない。
前に出ない。
物語を動かさない。
それらはすべて、
「制度の中で消える」ための戦術だった。
ここで声を上げれば、
ディアナ自身が例外になる。
説明不能な介入。
感覚だけの指摘。
根拠なき中断要請。
それは、
これまで無効化してきた「物語性」を、
自分の手で引き寄せる行為だった。
(止めても、通らない)
(通らなければ、意味がない)
(意味のない介入は――)
すべてを、無駄にする。
ディアナは歯を食いしばることもなく、
拳を握ることもない。
ただ、理解する。
ここまでだ、と。
自分は世界を遅らせることはできた。
条件を滑らせることもできた。
再現性を崩すこともできた。
だが、
止める権限は持っていない。
世界は、すでに「処理段階」に入っている。
正しい判断が積み重なり、
誰も間違っておらず、
誰も悪くなく、
だからこそ――
もう、止まらない。
ディアナは視線を戻す。
引き金に近づいた一点から、意識を切り離す。
介入しない。
できない。
それが、
ここまで生き延びてきた者の、
最後の理解だった。




