シーン3:初動戦闘 ――正常に見える戦場――
開始の合図は、乾いた音だった。
魔導信号が空に展開され、戦闘開始を示す符号が全域に行き渡る。
各チームは一斉に散開する。
事前に決められた初動。
遮蔽物への移動。
索敵と牽制。
すべてが訓練通りだ。
観測ログは安定している。
魔力出力は基準内。
命中判定は即時反映され、失点処理も遅延なく行われる。
フィールド管理用の魔導装置は、静かに数値を吐き続けている。
問題は、どこにもない。
撃ち合いは整然としていた。
過剰な突撃はなく、無意味な接近戦も起きない。
各チームが、教えられた「正しい戦い方」を忠実に再現している。
リリアは前線寄りの位置にいる。
指示を聞き、仲間の動きに合わせ、射線を通す。
その最中、ふと、違和感が胸をかすめた。
理由はわからない。
数値では説明できない。
音でも、感触でもない。
ただ、どこかで歯車がわずかに噛み合っていない――
そんな感覚。
前章の記憶が、一瞬よぎる。
点検台の上で見た、揺れるログ。
「大丈夫なんでしょうか」と口にした自分の声。
だが、ここで立ち止まる理由はない。
誰も困っていない。
誰も止めていない。
戦場は、正常に動いている。
リリアは引き金を引く。
命中判定が走り、相手の失点が記録される。
周囲から短い声が飛ぶ。
それでいい。
それが、正しい。
ディアナは後方にいる。
高所寄りの遮蔽物の影。
視野は広く、全体の動きが見えている。
だが、彼女には権限がない。
指示を出す立場ではない。
戦況を修正する役割も与えられていない。
ここで動けば、
それは「好判断」ではなく「異常行動」になる。
勝敗に直結しない介入は、
記録上、ノイズとして扱われる。
ディアナは、見ているだけだ。
戦場は、正常だ。
誰も規定を破っていない。
誰も無謀な選択をしていない。
だからこそ、
この時間帯には名前がない。
後に何かが起きたとしても、
この瞬間は必ず、こう記録される。
――異常なし。
――想定通り。
誰も間違っていない時間帯が、
静かに、確実に、進行していく。




