Ⅵ.執事フランソワ登場
扉の外で、控えめなノック音がした。
規則正しく、
ためらいのない二度。
「失礼いたします」
低く、落ち着いた声。
感情の揺れを一切含まない、完成された音。
扉が静かに開く。
入ってきたのは、中年の男性だった。
背筋は伸び、動作に無駄がない。
燕尾服は寸分の乱れもなく、
白手袋が、やけに現実感を奪う。
彼は一歩だけ中へ入り、
扉を音もなく閉める。
その仕草のすべてが、
**「そういう役割の人間」**として最適化されていた。
視線が合う。
洋子の喉が、ひくりと鳴る。
男は、何の違和感も示さず、
当たり前のように口を開いた。
「お目覚めでございますか、
ディアナお嬢様」
その名前を聞いた瞬間――
世界が、繋がった。
白い天蓋。
過剰な調度。
この身体の軽さ。
整いすぎた手。
そして、
ゲーム画面の中で何度も見た、
この執事の姿。
フランソワ。
ディアナ・ヴァルツァーク付きの執事。
シナリオ上では、
最後まで忠実で、
最後まで何も知らされない男。
心臓が、大きく脈打つ。
否定は、もうできなかった。
ここは夢ではない。
少なくとも、
自分が知っている「ただの夢」ではない。
フランソワは、
洋子――否、ディアナの沈黙を、
疑問とも不審とも取らない。
それが当然であるかのように、
わずかに頭を下げる。
「本日は学園の予定がございます。
お加減はいかがでしょうか」
その一言で、
さらに理解が深まる。
自分は今、
悪役令嬢ディアナとして、世界の続きに立っている。
そして、このキャラクターは――
最強で、
必ず死ぬ。
洋子の中で、
一つの目標だけが、
異様なほど明確に浮かび上がった。
――死にたくない。
その瞬間から、
戦いは始まっていた。




