シーン3:体調不良申告(正式な後退)
訓練終了後、第三演習区画の出口から医務室へ向かう通路は静かだった。
生徒の多くは更衣室へ流れ、残るのは用事のある者だけだ。
ディアナは、その流れから外れて歩いていた。
足取りは乱れていない。
呼吸も安定している。
それでも、医務室前で立ち止まり、申告窓口に名を告げる。
「体調不良を申告します」
教官補佐が顔を上げる。
意外そうではあるが、驚きはない。
申告内容は簡潔だった。
倦怠感。
集中力の低下。
長時間訓練後の持続困難。
測定が行われる。
魔力値、脈拍、反応速度。
どれも基準値内。
異常は検出されない。
記録係は一瞬だけ逡巡し、それから定型文を読み上げる。
「自覚症状がある以上、申告は受理します」
「一部訓練を免除し、経過観察とします」
処置は淡々としていた。
薬も注射もない。
強制休養でもない。
正式な書類処理としての「不調」。
ディアナは礼を述べ、指示されたベンチに腰を下ろす。
姿勢は崩れない。
疲労を誇張する素振りもない。
医務室の外では、生徒たちがその様子を横目で見る。
「無理しなくていいってことだろ」
「最近、調子悪いらしいしな」
声は低く、善意に満ちている。
同情はあるが、詮索はない。
ディアナはそれを聞き流す。
彼女がしたのは、倒れることでも、拒否することでもない。
逃走ではなく、後退。
制度が認める形式で、
制度が理解できる言葉で、
自分の“弱さ”を提出しただけだ。
前線から一歩引く。
だが、籍は残す。
責任も放棄しない。
ディアナは理解している。
無言で消える者は不審になる。
突然壊れる者は物語になる。
だからこそ、申告する。
正式に、静かに、正しく。
――弱さを、正規ルートで提示する。
それはこの学園において、
最も安全な後退方法だった。




