第六章 「何もせずに介入する」 シーン1:装備装着ミス(最初の微細介入)
訓練開始前の準備区画は、いつも通りの音で満ちていた。
金属が擦れる乾いた音、魔導回路が起動する際の低い共鳴、整列を促す教官の短い指示。
どれもが日常の一部で、誰の注意も引かない。
生徒たちは各自の装備台の前に立ち、慣れた手つきで武装を整えていく。
この工程は、もはや訓練ですらなかった。
間違いが起きる前提で組まれていない、確認という名の儀式だ。
ディアナもまた、自分の装備ケースを開いた。
魔導銃、補助制御ユニット、出力制限器。
どれも見慣れたものだ。
彼女は一つ一つを手に取り、接続していく。
――その指が、ほんの一瞬、止まった。
魔導回路の接続端子。
正規の手順なら、もう一段階、深く固定するはずだった。
だがディアナは、そこで留めた。
緩すぎず、しかし完全でもない。
外見上は問題なく、稼働チェックも通る。
ただし内部では、回路抵抗が僅かに増し、結果として出力制限が過剰にかかる状態になる。
意図的だったかどうかは、外からは判別できない。
本人ですら、そう言われれば否定できる程度の「ズレ」だった。
教官が通りがかり、ディアナの装備を一瞥する。
数値を確認し、ログを流し見る。
異常はない。
警告も出ない。
「……今日は調子が悪そうだな」
それは注意でも叱責でもなく、ただの所感だった。
訂正命令は出されず、装備の再確認も指示されない。
ディアナは何も答えない。
ただ、短く頷いた。
そのまま、訓練参加が許可される。
制度上、彼女は完全に正規の状態だった。
規定を逸脱していない。
安全基準も満たしている。
だが、戦力としては一段階落ちている。
誰にも咎められず、誰にも意識されないまま、
ディアナは静かに自分の影響力を下げた。
それは逃避ではなく、違反でもない。
制度が認める範囲内で行われた、最初の微細な介入だった。




