シーン6:処理後の空気(見えないズレ)
「問題ありません」
その一言で、解析室の緊張は解けた。
生徒たちは、目に見えて息をつく。
誰かが小さく笑い、誰かが肩の力を抜く。
「だよね」
「この装備で事故なんて起きないし」
声は低く、だが安心が滲んでいる。
不安は共有されず、消費される前に消えた。
リリアに向けられる視線にも、悪意はない。
「真面目だね」
「気にしすぎだよ」
誰かがそう言って、軽く微笑む。
責める調子ではない。
むしろ、気遣いに近い。
だからこそ、リリアは言葉を失う。
反論すれば、空気を壊す。
ここで食い下がれば、自分が過剰になる。
数値は正常。
教官は断言した。
それ以上、何を言えるというのか。
リリアは点検台を降りる。
足元が、わずかに不安定に感じる。
納得はしていない。
だが、否定もできない。
自分だけが、別の何かを見てしまったような感覚。
周囲の輪郭から、ほんの少しだけずれた感覚。
――浮いている。
誰にも拒絶されていないのに、
誰とも同じ場所に立てていない。
ディアナは、その様子を見ている。
だが、何も言わない。
声もかけない。
視線すら、合わせない。
フォローすれば、目立つ。
寄り添えば、拾われる。
今、必要なのは理解ではない。
沈黙だ。
ディアナは知っている。
ここで手を伸ばすことは、
リリアを救う行為ではなく、
制度の視界に押し出す行為だということを。
だから、何もしない。
それが、今できる最善だと知っている。




