シーン5:教官の判断(「問題なし」処理)
教官は、即座に反応しなかった。
一呼吸置いてから、解析術式の表示を拡大する。
ガラス越しに、数値と波形が大きく投影された。
「ログを確認します」
声は落ち着いている。
感情の起伏はない。
魔力出力。
補正介入回数。
制御遅延。
指先の動きに合わせて、過去データが呼び出される。
前回、前々回、さらに遡った記録。
「この程度の揺れは、許容誤差の範囲内です」
数値が示される。
赤い警告は出ていない。
基準線からの逸脱もない。
「よくあるケースですね」
淡々とした説明。
「使用者の緊張や集中度によって、魔力ログは多少変動します」
「装備が補正しているのは、正常に機能している証拠です」
つまり――問題ではない。
教官は、結論をはっきりと口にする。
「問題ありません」
それで、この話は終わるはずだった。
教官の表情は変わらない。
だが、その判断の裏には、明確な理由がある。
ここで異常を認めれば、記録が残る。
再検査が必要になる。
装備の仕様、管理体制、監督責任。
どこまで遡っても、
「なぜ今まで見逃されていたのか」という問いが発生する。
不安を広げる必要はない。
数値が正常である以上、広げてはならない。
教官にとって重要なのは、
誰かの感覚ではなく、説明可能性だ。
説明できる。
前例がある。
基準に合致している。
だから、この判断は――正しい。
制度に照らして、完全に正しい。
解析室の空気は、再び流れ始める。
点検は続行される。
「次の項目に進みます」
その言葉で、
この場における“異常”は、正式に存在しなかったことになった。




