第五章 「条件が破られる瞬間」 シーン1:装備点検の日(導入・日常の延長)
学園地下、装備点検区画。
白色照明が均一に灯り、影というものが存在しない空間だった。
壁一面は強化ガラスで区切られ、その向こうでは解析術式が静かに回転している。光の円、数値、波形。すべてが無機質で、整然としている。
定期装備点検日。
学園ではごくありふれた一日だ。
生徒たちは数名ずつ呼び出され、名前を呼ばれるたびに点検台へ進む。
魔導銃、防護服、制御リング。
順番に装着し、魔力を流し、数値を取る。
誰も緊張していない。
この工程は「通過儀礼」だと、全員が知っているからだ。
「はい、次」
教官の声は事務的で、感情がない。
一人の生徒が台を降り、次の生徒が上がる。
問題が起きる前提は、最初から存在しない。
ディアナも、その列に並んでいた。
かつてなら、ここで空気が変わった。
視線が集まり、教官の手元がわずかに慎重になり、周囲の生徒が無意識に距離を取った。
だが、今日は違う。
ディアナの装備は、出力制限がかけられている。
公式規格内。
フランソワが整えた「安全な強さ」。
点検台に立っても、教官の視線は特別なものにならない。
「魔力を流してください」
言われた通り、魔力を流す。
銃身が淡く光り、ログが投影される。
数値は、綺麗だった。
揺れもない。
突出もない。
教官は一瞥するだけで、次の項目に進む。
「問題なし」
それだけだ。
ディアナは内心で、静かに確認する。
(注目されていない)
それは安心ではない。
むしろ、目的通りだという事実確認に近い。
この場で目立たないこと。
疑問を持たれないこと。
記録に残らないこと。
それが、今の自分の最優先事項。
点検台を降りると、次の生徒が呼ばれる。
空気は変わらない。
流れ作業は続く。
誰も、この場所で何かが起きるとは思っていない。
教官も、生徒も、そして――
ディアナ自身でさえも。
この時点では、まだ。




