シーン4:リリアの存在がもたらす空気変化(観測報告)
次に提示されたのは、数値ではなく観測報告だった。
投影されたログには、定量化しきれない項目が並ぶ。
――クラス内雰囲気。
――生徒間関係。
――教官介入頻度。
報告担当の教官が、淡々と読み上げる。
「リリア・エインズの在籍以降、クラスの空気が変化しています」
画面には比較データが表示される。
衝突件数は減少。
模擬戦での協力行動は増加。
小規模なトラブルは、自然収束する傾向が強い。
「生徒同士の対話が増えています」
「孤立傾向だった生徒にも、声掛けが見られます」
円卓の数名が、わずかに頷く。
「好ましい傾向ですね」
「教育効果が出ていると見ていいでしょう」
言葉だけを拾えば、理想的だった。
学園が掲げる建前に、これほど合致する変化はない。
だが、主任教官は次のページをめくる。
「一方で――」
投影されたグラフが切り替わる。
教官の介入判断までの平均時間。
警告発出までの遅延。
危険判定の閾値。
すべてが、わずかに、しかし確実に変化していた。
「判断が、感情的になっています」
教官の声は低い。
「生徒が落ち着いている」
「空気がいい」
「大丈夫そうだ」
そうした主観的評価が、介入を遅らせている。
別の教官が補足する。
「軽度の危険兆候が、
『様子見』に分類される割合が増えています」
数値は小さい。
単体では誤差と呼べる範囲だ。
だが、重なれば違う。
「本来なら遮断すべき局面で、
教官が踏み込まないケースが確認されました」
誰かが、静かに言う。
「空気に、流されている」
否定は出ない。
リリアは問題を起こさない。
衝突を和らげ、場を整え、善意で振る舞う。
だからこそ、危険だ。
制度は冷却装置だ。
熱が上がる前に、強制的に切り離す仕組みだ。
だが、リリアの存在は、
「熱そのものを感じにくくする」。
まだ大丈夫だ。
もう少し様子を見よう。
あの子たちは仲がいい。
その判断が、一拍遅れる。
主任教官が結論を口にする。
「リリア・エインズは、
悪意による不安定要素ではありません」
一呼吸置く。
「善意によって、
制度の冷却機能を無効化する存在です」
教育的には、模範的。
管理的には、危険。
円卓の空気が、再び冷える。
その温度差だけが、
彼女の存在を、正確に示していた。




