Ⅲ.眠り
ビールを、もう一口。
炭酸は弱くなり、
苦味だけが舌に残る。
それでも、飲み干す理由を探す気にはならなかった。
コントローラーは握ったままだ。
手放すのも面倒で、
膝の上に置くには、少し邪魔だった。
画面ではイベントが始まっている。
何度も見た会話。
何度も聞いた台詞。
洋子は、迷いなくボタンを押した。
スキップ。
スキップ。
選択肢は最短ルート。
周回プレイ。
最適解。
考える必要のない操作。
指は覚えている。
頭は、もう参加していない。
瞼が、重くなる。
瞬きを一つするだけで、
視界が一瞬、暗くなる。
その暗さが、やけに心地よかった。
「……ちょっとだけ」
誰にともなく、そう呟く。
ソファに深く身を沈め、
背中の力を抜いた。
次の瞬間に目を閉じても、
すぐ開くつもりだった。
ほんの少し。
数秒。
それだけのつもりだった。
だが――
その「ちょっと」は、
戻れる側の時間ではなかった。
境界は、
音もなく、
画面の光より静かに、
洋子の意識を越えさせた。
コントローラーが、
手の中でわずかに傾く。
そのまま、落ちることはない。
代わりに、
世界のほうが、静かに切り替わった。




