第二章 「無双をやめた初戦」 シーン1:模擬戦前(静かな期待)
午前の空気は、張りつめているわけでもなく、
かといって弛緩しているわけでもなかった。
通常授業。
その名目どおり、第三演習区画へ向かう生徒たちの足取りは軽い。
魔導銃を肩にかけ、装備を点検しながら、
他愛のない会話が飛び交っている。
だが、内側には確かな高揚があった。
今日の模擬戦には、
ディアナが参加する。
それだけで、
授業は「出来事」になる。
誰も口には出さない。
だが、共通認識は出来上がっている。
――勝敗は、始まる前から決まっている。
問題は、
どれだけ持ちこたえられるか。
何分、何秒、戦場に残れるか。
それはもはや訓練ではなく、
観戦に近い意識だった。
ディアナは、
隊列の中で静かに歩いている。
周囲の熱とは無関係に、
思考は冷えていた。
(勝つ必要はない)
(目立つ必要もない)
それは、
すでに第一章で固めた行動原理だ。
だが――
視線を落としながら、
彼女は次の問題に行き当たる。
(露骨に手を抜くのは、逆効果)
わざと外す。
動かない。
不自然な遅れ。
それらはすべて、
「意図的」というラベルを貼られる。
不調は許容されるが、
手抜きは疑念を生む。
疑念は、観測を呼ぶ。
観測は、
死に近い。
だからこそ、
最も難しい選択肢が残る。
(普通に振る舞う)
勝ちに行かない。
だが、負けにも行かない。
目立たず、沈まず、
存在を薄める。
その曖昧な立ち位置こそが、
今のディアナに求められる役割だった。
第三演習区画の門が見える。
生徒たちの会話が、
自然と途切れ始める。
戦場が近い。
ディアナは、
一度だけ深く息を吸い、
何事もない顔で歩を進めた。
――今日の模擬戦は、
勝つためのものではない。
生き残るための試験だ。




