プロローグ「さえないOL、目覚める」 Ⅰ.現実世界:終わっている夜
平日深夜。
翌日も、変わらず仕事がある。
高梨洋子の部屋は、ワンルームにしては少し狭く感じた。
正確には、狭いのではない。
片づける理由がなくなって久しい空間だった。
床には仕事用のバッグが放り出されている。
中身を出す気力も、元に戻す意味もない。
テーブルの上には、開封済みのコンビニのつまみと、半分残った缶ビール。
冷えていないそれを、洋子は気にせず口に運ぶ。
疲れてはいる。
だが、声を上げるほどではない。
仕事が特別につらいわけでもない。
人間関係が破綻しているわけでもない。
ただ――
何も良いことが、長い間、起きていない。
テレビはついていなかった。
騒がしい音を聞く余裕は、もうない。
代わりに、部屋の明かりを落としたまま、
モニターだけがぼんやりと光っている。
映っているのは、
プレイ人口が極端に少ないことで知られるゲームだった。
『サバゲー令嬢
――貴族学園戦術訓練譚―』
タイトルだけ見れば、
流行りに便乗した量産型に思える。
だが実際は、バランス調整が致命的に歪んだ奇ゲーだ。
貴族学園。
魔法と銃。
なぜか実弾事故が起こるサバゲー大会。
救済措置はなく、フラグ管理は曖昧。
強いキャラほど、雑に死ぬ。
洋子はそのゲームを、
好きでも嫌いでもなかった。
褒めるほど面白くはない。
だが、投げ出すほど不快でもない。
ただ――
他にやることがなかった。
ビールを一口飲み、
コントローラーを持ち直す。
慣れた操作。
周回済みのルート。
スキップされるイベント。
画面の中で、
悪役令嬢ディアナが、今日も無双している。
洋子はそれを、
何の感慨もなく眺めていた。
この時はまだ、
その名前が、
自分のものになるとは思っていなかった。




