砂時計
近頃、悪夢を見る。
と言っても誰かに殺されるとか、怖い目に遭う、といったものではない。
ただ暗闇の中で、誰かが僕に向かって、砂時計を差し出してくる夢なのだ。
僕はただ、差し出された砂時計を見つめる。
だがいつまで経っても、砂は落ちない。体感では何分、何時間……いや、何日も経ったはずなのに。
いい加減に焦れた僕は、砂時計に手を伸ばし、床に叩きつけようとして──。
「……朝か……」
そこで目が覚めた。今日は一体、何日なのだろう。
僕は枕元の携帯に手を伸ばし、時間を確認する。
良かった。昨夜ベッドに入ってから、五時間も経っていない。
僕は溜息を吐き、ベッドの中から這い出した。
さあ。今日もまた、退屈な一日の始まりだ。
そして夜。仕事場から帰宅し、食事と風呂を済ませ、ベッドに入る。
今日もまた、あの夢を見るのだろう。
それにしてもあれは、一体何なのだろうか。
夢は願望を表す、とかいう言葉を聞いたことがあるが……あんな訳のわからないのが、僕の願望だと言うのだろうか。
そんなことを考えていたら、僕は暗闇にいた。夢を見始めたのだろう。だが、いつもより少し明るい。
周りを見渡すと、砂時計を持ったいつもの人物がいた。近づくと、顔も識別出来る。五十代くらいの男性だった。
何故だろう。
初対面のはずだが、どこか、親近感を覚える。
「それは、私はあなただからですよ」
男性が口を開いた。会話が出来るのか。それにも驚いたが、彼が言ったことのほうがもっと衝撃的だった。
彼が僕? よく見ると、確かに似ている。
年を重ねた僕は、こうなるんだろうか。
興味半分、怖れ半分で、彼に話し掛けてみた。
「あなたが僕……ということは納得した。何となく、他人の気がしないしね。しかし何故、僕にこんな夢を見せる? その砂時計は、一体何なのだ?」
「まあ。これは、時の流れを実感してもらいたくて、ですよ。──あなた。今の自分に、満足してますか?」
時の流れ? よくわからないが……とにかく、彼の質問に答えることにする。
「そうだな。毎日毎日、同じことの繰り返しで、時間が経つのが遅いよ。家に帰れば帰ったで、時間の流れない夢を見るしで、心の休まる暇がない。満足とは、程遠いな」
でしょう、と言って、男はにっこり笑った。
……笑うところだろうか。
しかも夢への不満は、この男が原因らしいし。
「とにかく、僕の気持ちがわかったら、まともな夢を見せてくれ。このままじゃまるで、時間の牢獄に閉じ込められてるようなものだ」
「その通り。ここは牢獄なのですよ。私は同じ毎日の繰り返しで働きづめ、この年で死んだ。その未練が私をここに閉じ込めた。話す相手もおらず、絶望していたところ、あなたがやって来た。すぐわかりましたよ。私がここに居るのは、あなたに忠告するためだって」
「忠告? そんな年で死なないよう、気を付けろってことか?」
「それが出来たらいいのですが、どうですかね。寿命というのは、決まってるとも聞きますし。まあ要は、時間を大切にしろってことですよ。漫然とした日々を送らず、いつ死んでも後悔のないよう、充実した人生を送れ、と言いたくてね」
「なるほど。それで毎晩、こんな悪夢を見せていたのか。……確かに、時間の大切さは思い知った。寿命については、まだ受け入れがたいが……精々後悔のないよう、生きてみるとするよ」
それは良かった、と男は頷き、砂時計を僕に手渡しながら言った。
「さ、そろそろ時間です。現実に戻り、しっかり生きて下さいね」
彼が右手を差し出してくる。
僕もそれに応えようとして、右手を差し出し──。
──目が覚めた。
何だろう。頭がすっきりしている。
いつもの悪夢も、今日は見なかったような。
「代わりに、違う夢を見てた気がするな。だが思い出せないということは、大した夢じゃなかったんだろう。さ、今日も退屈な一日の始まりだ。毎日毎日、同じ日々の繰り返しで過ぎて行くんだろうな、僕の一生は。まあ、人生なんて、そんなものなんだろうさ」
僕はベッドから起き上がり、支度を始める。ベッドを整えているとき、買った覚えのない砂時計が枕元に転がっているのに気づいた。
手に取ってみる。
砂時計の砂は、既に、半分以上が落ちていた。




