夜明けの海には
夜明けの海は、気持ちがいい。
まだ、海水浴客も訪れておらず、広いビーチを独り占め出来るからだ。
少年は服を脱ぎ、砂浜にほおり投げた。
もちろん服の中には、水着を装着済みだ。
海に向かって全力疾走しながら、少年はついさっき、祖父に言われたことを思い返していた。
「いいか。夜明けの海には、近づいちゃならん。何故なら──」
そのあと祖父は、何と言ったのか。
祖父が言い終わる前に家を飛び出してきたから、聞こえなくて──いいや。大声だったから、聞こえたはずだ。
祖父は、確か──。
そのとき、海の中に人がいるのが見えた。
何だ、一番じゃなかったのか。
少年はがっかりしたが、海中の人間の様子がおかしいことに気が付いた。
泳いでいる、というより、あれは……溺れてる?
とっさに周りを見渡すが、自分以外には誰もいない。
なるほど、祖父が夜明けの海に近づくなと言ったのは、助けを求める相手がいないからか。
少年は、祖父の言いつけを守らなかったことを後悔したが、そんな場合ではない。
今、溺れてる人を助けられるのは、自分だけなのだ。
少年は海に飛び込んだ。
やがて、相手のところまでたどり着く。
大丈夫ですか、と言って相手に手を伸ばした。
──その途端。
「あ……っ!」
溺れていた──いや、溺れたふりをしていたモノは、にやりと笑い、少年を海中に引きずり込んだ。
視界が暗くなる。海面が遠くなっていってるのだ。
『──いいか。夜明けの海には、近づいちゃならん。何故なら……』
肺に残っていた最後の息をごぽり、と吐き出しながら、少年は最期に、祖父の言葉を思い出していた。
──それは──。
『夜明けの海には魔物が居て、人間のふりをして、見つけた獲物を海の中に引きずり込むのだから──……』




