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差し出すものと、望むもの

 この交換所は山奥の、とある廃墟(はいきょ)の奥にある。

 こんな場所、誰も来ないと思うだろうが、中々どうして、繁盛(はんじょう)しているのだ。

 おかげで交換手(こうかんしゅ)である私は、ろくに読書も出来やしない。


 ほら。今日もまた、足音が響いてきた。


 私はしわの多い手で本を閉じ、座ったまま待つ。

 交換手である私に、すがる人を──。


「……では。本当に、交換していいのですね?」


 最後の確認をしながら、私は相手を観察する。若い女性だ。

 美人だが(ほお)はこけ、目の下にはクマが出来ている。ろくに睡眠(すいみん)も取っていないのだろう。

 それも当然か。

 五体満足で、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な人生を送っている者にとっては、この交換所は一生(えん)なんてないのだから。


「ええ。私はもう、未練なんてないの。早く、交換してちょうだい」


 女性の目を見る。

 そこには確かに、後戻(あともど)り出来ない──しないのだという、強い意志が見て取れた。


「……わかりました。ですが交換して手に入るのが、あなたが望むものだとは限りませんよ?」


 女性は私を見据(みす)え、(かま)わないわ、とはっきりと言い切った。


 ──決まりだ。彼女の望み通り、交換することにしよう。

 だが彼女は、何を差し出すのだろうか。


 いや、予想はつく。問うと彼女は、私の予想通りの言葉を口にした。

 まあ、そうだろう。

 若さが取り柄の女性が差し出すものなど、相場は決まっている。


「では私の手を(にぎ)り、あなたが差し出すものと、欲しいものを心に浮かべて下さい」


 彼女は目を閉じ、私の手を握ってきた。

 心の中で、交換するものを思い浮かべたのだろう。私と彼女の体が光り出した。

 やがて光は目も開けていられないほどになり、収束(しゅうそく)し、収縮(しゅうしゅく)し、(はじ)けて──!


「きゃあ……っ!」


 彼女が手を放した。それと同時に光は消え、女性は気を失った。

 私は床に彼女を横たえ、目が覚めるのを()つ。

 その間に、私は自分の手や、足などを確認する。

 私の体からは、しわが消えていた。次に、見下ろす。


 若い──いや。()()()()、女性を。


 女性は目覚めると自分の体を確認し、少ながらずショックを受けていたようだったが、やがて礼を言い、帰って行った。

 (おそ)らく、恋人に会いに行ったのだろう。

 彼女の若さが私の中に入ってきたとき、記憶(きおく)も私の体に宿(やど)った。彼女は恋人を事故で亡くし、生き返らせたいと望んだのだ。

 そのため、彼女の持つ唯一の財産(ざいさん)──若さと、引き換えにして。


 私は椅子に座ったまま、読書を再開した。


 私は交換手。

 そしてここは、自分の大切なものを差し出し、望むものに代える交換所。


 ……ああ。また足音。


 私はしわのない手で、本を閉じた。

 やれやれ。世の中には本当に、望みを(かな)えたいものが多い。

 だけど、気を付けて。

 あなたが大切なものを差し出したせいで、望むものが手に入らないこともあるのだから。


 例えば、さっきの彼女。

 恋人が生き返っても、老いた彼女を、以前のように愛してくれるかはわからない。

 けれどそこまでは、私の関与(かんよ)するところじゃない。


 足音が目の前で止まった。

 私は相手に、問いかける。


「──さあ。あなたは、何と交換したいのですか?」

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