フルダイブVR時代のスタートダッシュ入門
俺は、仕事帰りで疲れ切った体をソファに預け、明かりもつけずに一人スマホを見ていた。
別に何か目的があるわけではなかったが、なんとなくYouTubeで動画を漁っていた。
おすすめ欄を適当にスクロールしていると
「フルダイブVR時代のスタートダッシュ入門」
そんな動画を見つけ指が止まった。
胡散臭いサムネにもかかわらず妙に気になってしまった。
もちろんフルダイブVRなんてものはまだ現実には存在しない。
意識ごと仮想世界へダイブするなんて技術は、まだラノベの中にしか存在しない。
今のVRと言えば、ヘッドセットをかぶり3D酔いと戦いながらコアなプレイヤーがゲームやアプリを楽しむ程度の物だ。
「フルダイブか…俺が生きてるうちに実現なんて、まぁ無理だよな」
高校の時に流行ったラノベで知ったその技術にワクワクして、いつかそんな日が来るんじゃないかと思っていたが、30歳を過ぎてゲームに触れる機会も減り、VR技術の進化の兆しも無く、結局は夢物語だと思っていた。
けれど、心のどこかで"いつか本当に実現するんじゃないか"という期待を捨てきれていない自分もいた。
そんな中で出会った、このバカげた動画。
笑えるくらい夢見がちで現実味などないその動画。
気が付けば指が吸い寄せられるようにそのサムネイルをタップしていた。
【いつか来るフルダイブVR
今こそ、その日のために準備を始めよう】
そんなセリフから始まった動画の投稿者は、プロのナレーターというよりは素人に近い。
エフェクトと文字でそれっぽくまとめてはいたが手作り感満載の動画に、そのまま再生をやめようとした時
【VR世界でのコントローラーは、あなたの体そのものだ】
その言葉にハッとさせられた。
職場と家の往復のみで鈍りきった体は、健康診断でいつも何かがひっかかっていた。
昔みたいに軽やかに動けなくなり、すぐに「疲れた」が口から出るようになった。
こんな体では最初のモンスターに負けるだろう。
次の章では「武器とは、やりたいことそのもの」と語られていた。
戦いたいわけじゃない。
別にヒーローになりたいわけでもない。
でも、もし本当にフルダイブVRが実現したら──俺は何をしたいのだろう?
動画を見ながら、そんなことを初めて考えた。
第三章では「最初期は高額な設備になる」という話が出てきた。
二千万、三千万。
笑えるくらい非現実的な金額なのに、
不思議と“ありえない話じゃないのかもしれない”と思えてしまう。
動画そのものは、夢物語だった。
未来への妄想。
どこか厨二じみていて、現実味も薄い。
だが夢物語だと割り切ってこのままだらだら過ごすくらいなら、この動画に乗っかってみるのも悪くないのかもしれない。
そんなことを考え出している自分の心の中に火が灯ったような気がした。
「今日はさっさと寝るか」
シャワーを浴びてベッドに入るといつもよりぐっすり眠れた。
翌朝。
俺は珍しく、いつもより早く目を覚ました。
なんとなく身体を伸ばし、軽くストレッチをしてみる。
「さて、今日は一駅歩くか」
まさか本当にフルダイブVRを目指すわけじゃない。
でも──
少しだけ未来を信じてみるには、これくらいでいいのかもしれない。
お読みいただきありがとうございました。
ちょっと短いですが、思いついたので投稿してみました。
この短編で主人公が見た動画をYouTubeに用意してみました。
ランキングタグにリンクを張っていますのでよかったらご視聴ください




