9話 最後の門番/バソババソ
最初に動いたのはイノリだった。左の手のひらから糸を出し前方に立っていたマリモの腕に巻き付ける。
「それ、大切に持ってて」
「えっ!? わかんないけどわかった!」
意図は理解できなかったがマリモは元気よく答えた。太く厚い糸の塊は、イノリとマリモを繋ぐ頑丈なロープとなる。彼女が何かしらの作戦を立てていると把握したハリマとサルダはスタークに突っ込んだ。続いてヨドミも足元を狙った射撃を行い邪魔が入らないよう徹底する。
「……イノリ」
「これ使って」
「あぁ。これが終わったら、少し話せるか?」
「うん。約束だよ」
スグルはハリマの元へ走っていく。そして背中合わせの状態になると、端的に策を伝えた。
「あそこに投げてくれ」
「なるほど……やります!」
糸のロープを指さしたスグルの意図を読み取り、彼の身体を持ち上げたハリマは思い切り投擲した。凄まじい速度で飛んでいくと両足からロープに触れ、しならせる。支えていたイノリとマリモの腕に強烈な負荷がかかる。大切に持っていてという言葉を守るためマリモは必死に耐えた。無事に耐え切ると反動を活かし、再びスグルが空中を舞う。
「マリモ、腕の力抜いて」
「えっ!? わかった!」
するとマリモとイノリの腕から糸が離れていきスグルの両足に引っ張られていった。彼が飛んでいく先にはスタークが。スターク自身もそれを理解していたものの、サルダの打撃及びヨドミの射撃によって逃げられなかった。せめてもの抵抗として空気を射出したがハリマのパンチによってかき消される。
「スグルさん!」
スグルの膝から下には既に多量の糸が巻きついていた。瞬く間にスタークの喉元に強烈なドロップキックが直撃する。機械の身体が壊れる音が響き、仰向けの状態で地面に倒れ込んだ。首から下が動かなくなったようで頭だけがピクピクと痙攣する。
「やりましたねスグルさん!」
「……ああ」
敵を打ち倒す事に成功したが、当のスグルは浮かない顔でスタークへと近づいていた。
「お前がさっき言っていたこと……妙に引っかかる。
“生きていればどんな人柄であろうと誰かから憎まれるんだ。小さな悪意が塵となって積もり、蝕んでいき……殺される。私達と同じように”
だと? お前は1度死んだことがあるのか? 80年前の戦争の犠牲者だったりするのか?」
スタークの素性については分からない事だらけだ。今までに地下空間で出会った者達とは意思疎通ができていなかった。謎を解き明かすための貴重な証人になり得る存在だ。
「……私から答えられることは、そうだな。私は別の、とても遠い場所からやってきた。争いの絶えない世界だ。お前達とは違って種族は2つしかないというのに、いや2つしかなかったからか。互いを憎み、互いを傷つけ。そんな希望のない世界にいた」
「遠い場所? どうしてこの地下空間に来たんだ」
「それは私にも分からない。私は1度死んだが、その後にとある人物の改造によって他6人の同族の身体を組み合わせられ動いている存在だった。そんな私は突然この住宅街ごとここに連れてこられた。なんの前触れもなく」
先程までとは打って変わって穏やかな声色。嘘はついていないと見受けられた。
「20年前だったな。戸惑う私の頭の中に“侵入者を排除しろ”とだけ命令が下された。退屈な20年だったが……ようやく終わりが来る」
声にノイズが混じる。機能停止寸前だと誰の目にも明らか。そんなスタークの事を哀れんだハリマが口を開いた。
「……あの」
「なんだ?」
「あなたは被害者だったってこと、ですよね。いきなりこんな場所に連れてこられて。戦わされてたって」
「あと2つのエリアを攻略したら『白』に辿り着く」
「えっ……!?」
話の流れを断ち切ったスターク。哀れみは不要、とでも言うように更に言葉を続けた。
「だがそこにあるのがお前達の求める『白』なのかどうかは分からない。私が元々知っていた『白』とはまた違う。お望みのものは無いのかもしれないぞ」
「それでも、いいんです」
「なに?」
「最初から決めていたので。願いを叶えられなくても、地下の開拓で居住地を確保する。それで未来の争いがなくなればそれでいいんです」
両親に話した決意をここでも晒す。可能性があるのならば求め、無いのであれば潔く諦めるが平和への貢献も伴う。そんな純粋かつ無垢なハリマに尊敬の意すら抱き始めたスターク。
「私の居た世界にお前のような者が大勢存在していたら、きっと争いは起こらなかっただろうな。これから私は停止するが……私の本当の名前を覚えてくれないか。スタークはあくまで複数が合体した時の名だ。本来は“フェブルウス”……私はそう名付けられた」
「フェブルウスさん……忘れません」
「ありがとう。悔いは……ない…………こんな素晴らしい世界があったこと…………つたえ、たかった……ぷ、る……と……」
それを最後に動かなくなった。倒さなければ先へ進めないとはいえ、やはり罪悪感がハリマ達の中に生まれていた。地下の謎についても断片的な手がかりしか掴めていない。スグルは振り向いて帰宅の準備を始めた。
「これで終わりか。身体の節々が痛いからすぐにでも横になりたい」
「ついてく」
トドメを刺した張本人だが感傷に浸るよりも先に自分の休息を優先した。咎める者はいない。着いていくイノリは2人きりの時間が取れる事が嬉しかったようで声が少し高くなっていた。
「俺はスタークの体を調べたいんだけど、3人はどうする?」
サルダが動かなくなったスタークのそばまで歩き、残ったハリマ、マリモ、ヨドミへ声をかける。
「僕ももう帰ろうと思います。僕の手じゃ細かく調べられそうにないので」
「ハリマ……大丈夫? フェブルウスを倒したこと、気にしてる?」
「うん、大丈夫。フェブルウスさんもこんなところにずっといた事、不服だったみたいだし……」
とは言いつつも元気が失せていた。スグル達の後を追うように2人も去っていく。残されたヨドミはその場を離れようとはしていなかった。
「スグルの過去をハリマ達にも話したが、結果的に上手くいった」
「えっ!? 話しちゃったの!? 2人で話し合ってほしいと思ってたんだけどなあ。まあいいか」
脅威の速度で切り替えたサルダは早速スタークの体をまさぐり始める。ニヤニヤしながら四肢の接続部分を観察していた。
「どう思う。結局スタークから得られた情報は僅かなものだったが」
「そうだね〜……俺の仮説としては“遠い場所”っていうのは本当に遠いんだと思う。それこそ、世界ごと違うかも」
「世界ごと?」
「あくまで仮説ね。過去何千年も、空を飛べる種族がここ以外にも浮島があるんじゃないかと飛び回っても何も見つからなかった。それなのに今、目の前にいるこいつは別の場所からやってきたと言った。今までの常識では考えられないような推測も必要だと思うんだ」
「80年前にウロボロス達ドラゴン族が姿を消したのも……違う世界に行ったのであれば説明はつく」
「でしょ? だけどその方法は見当もつかない。『白』の力を手に入れたら何か分かるかもしれないけど」
それを聞いたヨドミはスタークの残骸を飛び越し小走りで奥へと進んだ。入口とは反対方向の箇所に、先程まで存在していなかった扉があった。スタークを倒した事で次への道が示されている。
「先に次のエリアの様子を見てくる」
「危なかったらすぐ戻ってきてねー」
2人とも軽い気持ちだった。扉に触れた瞬間、ヨドミの全身の毛が逆立った。これまでに体験した事のない不気味な威圧感に押され声すら出なかった。それでも覚悟を決め扉を押し開く。
「これは……っ!?」
光源は松明のみの薄暗い空間。そこに1体で寂しく立っていたのはドラゴン。だが右半身が壁に埋まった状態。左半身だけを露出した、奇妙な姿で眠っていた。