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5話 2つの意思/2つの夢

 迷路のエリアを攻略してから3日が経った。『光』(ライトニング)の拠点にてハリマとマリモはとある資料に目を通していた。今までサルダ達が開拓してきたエリアについての情報や、居住地に変えるための開発計画等がまとめられている。地下への建材の搬送や水路の構築に苦戦しているようだった。


「そもそもの出入口が狭いから手間がかかるんだね……広げるために壊そうとしても地下の岩はゴーレムの身体と同等の頑丈さだから破壊不可、って書いてあるし」


 わざわざ各エリアを攻略していかなければならない理由。どんな武器や工具を使っても掘り進めていく事は叶わない。するとマリモが過去の資料にとある記述を発見する。


「あのさハリマ、これって……“これらは『光』(ライトニング)への加入に惜しくも不採用となった人物”だって」


 4人の名前が記されていた。なかでも最も大きな字で強調されていたものがある。


「“リカ/オン”……これって1人の名前? なんか珍しいね」


 途中で記号が入る名前。興味を引かれたもののそれ以上の情報は書いておらず何ひとつとして収穫はなかった。特段追い求めるものではないが、頭の隅で引っかかり気になってしまう。無言で考え込む2人。手がかりのないもどかしさに空間ごと包まれていたその時、扉が勢いよく開かれた。続いて若々しい青年の声が響く。


「聞いたぞ! お前らが『光』(ライトニング)に加わったって奴だな!」


 人差し指を向けてきた彼は頭から胸にかけて犬の姿をしていたが、背中から足にかけての部位は鷹の姿だった。犬の上半身に、翼と細い脚がくっついているアンバランスなシルエット。体毛と翼はいずれも茶、白、黒のまだら模様のため色合いの違和感は少ない。


「キメラの人……?」

「犬の女か……憐れむなよ? オレは自分に誇りを持ってんだ」


 キメラと呼ばれる彼らは複数の種族の特徴が混ざり合い、それ故に身体的欠陥を抱える者が多い。胴体に対して手足が小さすぎたり、その逆。生まれつき眼や耳を持たない者すら存在する。だが現れたこの青年は自信満々に語る。


「オレは早く走ることはできないが、この翼でどこへでも行けると確信している……そう、地下の最奥にもな」


 そう言って翼を広げた。両翼はそれぞれ胴体よりも大きく中々の威圧感もあった。


「なのにサルダの野郎……オレが力を貸して地下のエリア1つ攻略してやったってのに不採用だと!? お前らが良くてオレが悪い理由がわからねぇ」

「もしかして、あなたがリカ/オン?」

「あぁ!? オレは“リカ”だ。あいつと一緒にすんな、って言いたいとこだがある意味一緒でもあるからな……うっ」


 するとリカと名乗った彼は胸を抑えて苦しみだし、意識を手放したように俯いた。息付く間もなく再び頭を上げたが、落ち着いた雰囲気となっておりまるで別人。目は薄く開き口の動きも最小限で話し始める。


「リカだと話が進まん。おれが代わりに伝えたいことを伝えよう」

「なに、変わった!?」

「驚かせてしまって悪いな、犬のお嬢さん。おれは“オン”だ。リカとオン、2つの意思がこの身体にある。2人で1人の“リカ/オン”ということだ」


 これもキメラ族に起こる特有の事象だった。稀に複数の人格を有する者が産まれてくる。


「着いてきてくれ。おれも不採用になったことに納得できてないからな。こういう奴も居るってことを見せてやる」


 *


 着いて行った先は集落から少し離れた所にある小さな洞窟。キメラの子供達が6人で、互いを抱き合うようにして寝ていた。柔らかい草木を雑に並べている寝床だ。寝心地は良くないようで時折寝返りをしたり寝言が聞こえてくる。


「憐れむなよ。これはおれ達が望んだ生活だ。表立って歩いていると、周囲からは変わったものを見る目で見られるからな」


 6人の子供達全員に翼が生えている。しかし他の部位が問題だ。胴体が亀、象、熊などの飛行に適さないものであったり、助走が必要な小さな翼であるにもかかわらず走れない蛙、足のない蛇であったり。翼を持ちながら生まれてきたというのに飛べない存在である彼らを、思わずハリマは憐れんでしまった。


「なんだかかわいそう……」

「憐れむなよ、と言ったはずだ。だがまあ……無理もないか。こんな現状を変えるためにおれとリカは『白』を求めている。こいつらを“飛べる肉体へと変える”ためにな。おれ達はその夢を追い続けてる」


 あらゆる願いを叶える事ができる、とされている『白』を彼らもまた求めていた。『白』の噂が本当だったとしても、叶えられる願いの数がたった1つの場合ハリマとリカ/オンは相容れない。


「……僕の願いは、この身体を捨ててマリモと同じような獣人の肉体を手に入れること」

「せっかくそんな強靭な身体を手に入れたのにか? いや、だからこそか。犬のお嬢さんと同じ目線に立ち、同じ価値観で生きていたいということか」

「この子達を見てもその願いは変わらない。でも、ちょっとやってみたいことがあって……」

「ほう? 聞かせてみろ」


 *


 近辺にある森に移動した一同。地面に寝転んだハリマに6人のキメラの子供が飛び乗った。


「それじゃあいくよ!」


 ハリマの身体は大雑把ではあるが変形に対応している。両足の部分は残しつつ、その他は全て“高さ”に注力。ハリマが立ち上がると、乗っている子供達はまるで空を飛んでいるかのように見紛う程上昇した。


「おそらっ!?」

「飛んでる〜!」

「綺麗……」


 多様な反応を見せる彼らを落とさないようハリマは慎重に歩き始める。翼を持ちながらも飛べない子供達が、快晴の青空に近づき満面の笑顔を浮かべた。歓喜の声を地上から聞いていたのはマリモと、オンではなくリカ。森に来た際に人格が交代していた。


「あいつらがあんなに笑ってるところ……久々に見たな」


 寂しそうな声が漏れていた。そんなリカの隣にマリモが並ぶ。


「すっごく優しいでしょ、ハリマって」

「そうだな……お前らのことを知ってもないのに愚痴ったりして、悪かった。サルダがおれ達を不採用にした理由もなんとなくわかった」


 マリモはまるで理解できていなかったが、すっきりした様子のリカが親切に解説する。


「オレ達は自分のためじゃなく“他の誰かのため”を原動力にしてる。でもハリマはマリモと一緒に居るためだけじゃなく自分も、自分の種のルールごと変えようとしてるんだろ? そこが理由なんだと思う。オレ達が選んだのは個人の問題だが、ハリマはもっと広い視点だ。サルダはそれを気に入ったんだろうな」


 マリモと目を合わせ微笑む。今まで背負っていた重荷が軽くなったようで、後頭部に両手を回し溜め息をついた。

 あっという間に時間は過ぎていき、周囲がオレンジ色に包まれたところで解散する事となった。子供達はまた会える日を願いながら手を振ってきていた。


「今日は楽しかった!」

「またね〜」

「……うん。またね!」


 ゴーレムの身体を手放せば、再び子供達を喜ばせる事はできなくなる。無邪気な笑顔が心に染み渡ると同時に少しの痛みも生まれてくる。


「ハリマ!」


 ここでリカが大きく叫ぶ。


「オレ達は夢を諦めたわけじゃない。でもお前の夢も良いもんだ。応援してるぜ! どっちかの夢が叶っても、叶わなくても……また会おうぜ!」

「……うん! 約束だよ」


 *


 拠点の近くまで戻ってきた頃にはすっかり暗くなり、辺りも静まり返っていた。ハリマは疲労しない体質だがマリモは疲れきった様子であくびも零れている。


「大丈夫? 確かサルダさんが拠点に寝具を用意してくれたはずだから今日はもう寝よっか」

「うん、そうする。今日は嬉しかったなぁ……ハリマの願いとか夢が、リカにもオンにも受け入れられて。あの子達の笑顔も見れたし」


 安堵の声を漏らしながら拠点の扉を開いた。早々に就寝しようとしていたマリモだったが、飛び込んできた光景が眠気を吹き飛ばす。見覚えのない人物が2人、椅子に座っていた。


「扉を開けたまま出ていったな? これだから家を持たない木偶の坊は」

 

 1人はエルフの男性。長く尖った耳と美しい金髪が特徴的で、長いまつ毛や輝く瞳、高い鼻、その下にある艶のある唇。思わず釘付けになってしまうほどの美貌。けれども服は無骨な鎖帷子。細かな鎖で構成された鎧だ。首にはベージュ色のスカーフを巻いている。


「でくの、ぼう? ()い方からして、悪口?」

 

 もう1人はハエトリグモ族の少女でとても小さな体躯。眼は左右にそれぞれ4つあり、側頭部へ向かうごとに小さくなり端の眼は極小サイズ。胴体から生える腕も6つ存在し、着ている灰色のワンピースはその腕を通すために破れていた。


「もしかしてあなたも『光』(ライトニング)のメンバーですか?」


 悪口を意に介さず、ハリマは平然とした様子で応じた。サルダが以前言っていた“3人目”のメンバーかと疑う。しかし目の前にいるのは2人だ。その矛盾点も気になっていた。


「あぁ。自分はスグルだ。そしてこの蜘蛛がイノリ」

「やっぱりあなた達も、戦争を起こしたくないから───」

「戦争だと? そんなもの、どうでもいい」


 スグルの言葉に2人は唖然としてしまう。あっさりと吐き捨てる彼の顔に嘘の色は出ていない。心の底からどうでもいい、と思っているようだった。

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