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4話 かつての悲劇/ウロボロス大戦

「僕がやるべきこと……だいたいわかりました」


 そう言って迷路に飛び込んだハリマ。そもそもの時間制限自体をなくしてしまえばいいと考えた。彼の強靭な身体であれば迫りくる壁を抑えておけると。両腕を思い切り伸ばし、壁に手をつけた途端に思惑通り止まった。


「今のうちに行って!」


 マリモとヨドミの右足が同時に前に出た。だが全力疾走で駆けるマリモに対しヨドミは悠々と歩く。これは予想の範囲内だった。ヨドミはこれまでにもこの迷路を探索した事がある。ある程度のルートは彼女の脳内にあった。


「急ぐ必要はない。ハリマならいつまででもこの壁を抑えておける。無駄に体力を消費せずにゆっくりとゴールを探していけばいい」

「私が先にゴールに着く!」

 

 ハリマの横を通り過ぎていく2人。最初の分かれ道は左右に別れており、マリモは右に駆けていきヨドミは左に。そんな彼女らの様子を、ハリマは眺めながらマリモの勝利を願う。


「お願いマリモ……」

「さて、2人きりになれたね」


 と、身動きの取れないハリマの正面にサルダが立つ。


「先程は大歓迎と言ったけどあれは嘘だ。ごめんね」

「え……どういうことですか」


 変わらない微笑を浮かべたままの彼と見つめ合う事となる。迷路に入っていった2人と離れ、他の者も入ってこないであろう空間となっていた。地下の開拓というのはオマケで本題は対話なのだとハリマは気がついた。


「もう1つ聞きたいことがある。でもその前に質問だ。80年前の戦争……『ウロボロス大戦』についてどこまで知っている?」

「確か、ドラゴン族の王女ウロボロスが他種族の領地を手に入れようと始めた侵略戦争……でしたよね。最終的にはウロボロスが敗北して責任を取る形でドラゴン族全員がこの“世界”から去っていった、とは聞きました。でもなんで今そんなことを」

「戦争がまた起きるかもしれない、と言ったら?」


 サルダが真剣な表情に変わる。今まで見たことのない態度、聞いたことのない低い声。軽い態度で加入を許していたのは嘘なのだと伝わってくる。


「『ウロボロス大戦』は多大な犠牲者を出し双方得のない結末で終わった。それもあって当時の誰もが戦いを忌み嫌い、今日まで争い事のない平和な日々が続いてきた。だが80年経って当時を知らない者の方が多くなり……そんな時に争いの種が生まれてきた」

「人口増加、ですか」

「ああ。土地開発にも限界が迫っているのは知っての通りだろう?」


 マリモとの思い出が積もる草原が、住宅地へと変わろうとしているのは記憶にも新しい。


「このままでは他種族の居場所を奪おうと、第2のウロボロスが現れてしまうかもしれない。それだけは何としても避けたい……そんな信念から作ったのが『光』(ライトニング)だ。地下空間に居住スペースを用意すれば争いから遠ざかる。と、話が長くなったね。これらを踏まえたうえで1つ聞こう」


 *


 迷路をあてもなく走り続けるマリモ。自らの体力を考慮しない全力疾走でがむしゃらに駆けていた。行き止まりに着くと来た道を戻り、また違うルートを試す繰り返し。息が荒くなり脇腹が痛くなってきたその時、広い一本道に出た。その先を見ると遠くに入口とはまた違う扉がある。出口なのだと確信したがそこへ向かうヨドミの姿も見えた。疲れている素振りはなく歩いている。


「私が先に行く!」


 焦ったマリモは全力疾走を継続。最短ルートで体力の消耗をしていないであろうヨドミに勝つ見込みはなかったが考えるよりも先に動いていた。横並びとなったその瞬間、ヨドミも走り出したが何故かマリモと速度を合わせていた。


「これで2人きりになれたな」

「え……?」

「1つ聞きたいことがある。だがその前に質問だ。80年前の『ウロボロス大戦』についてどこまで知ってる?」


 ヨドミもまた、サルダと同じ設問を繰り出した。


 *


「もしも戦争が起こってしまい、大切な人……君であればマリモだ。例えば彼女が他人を殺めたうえ、争いに身を投じたら。他のあらゆる者から拒絶されるような存在になってしまったら」


 マリモがそんな事するはずがない、と反論したくなる気持ちをぐっと抑え。ハリマは黙って聞いていた。戦争というものは人をいとも簡単に変えてしまうと理解していた。優しいマリモでさえも変わってしまう危険があると。


「君はそれでもマリモの味方をするかい? 他の全てを敵に回してでも」


 *


 同様にマリモにも2択が迫られていた。


「もしハリマが他者を殺し戦争に身を投じても。それでも彼の味方をするのか?」


 並走しながらの発言だが声の震えは最小限。徒歩であった事で体力の温存をしていたとはいえ、屈強な肉体だと伺える。多量の汗を流すマリモは判断力が鈍りながらも即答した。


「当然……! どんなことがあっても、誰を敵に回してでも、私はずっとハリマのそばにいたい! ゴーレムは他の種族の土地のためにいつか自死しなきゃいけないってルールを話してた時のハリマ、すっごく……すごく悲しそうな声だったから!」

「あいつのためなら知らない奴が犠牲になったっていい、ということか?」

「それも嫌だから! 地下の開拓で居住地を広げて『白』も手に入れて、戦争も起こさせないしゴーレムのルールも終わらせる!!」


 体力の限界を超え更にスピードを上げたマリモ。血の味を感じていた。扉との距離は迫っている。ヨドミに追い抜かれまいとした行動だったが次の瞬間、ヨドミは突如として立ち止まった。


「聞けて良かったよ、か弱いワンちゃん」


 *


「……僕はマリモの味方をします。ゴーレムの身体を手放すと決めた時から、それも決めていたんです。『白』の噂が本当じゃなかったとしたら僕とマリモは寿命の差で離れ離れになってしまう……それでもマリモは構わないと言ってくれた。少し……震えた声で。だから見放すわけにはいかないですよ」


 信念の籠ったテレパシーはサルダの心に直接響いた。世界よりも大切な人を優先する答え。彼が期待した通りの答えだ。


「改めて言おう、ハリマ。合格だ。俺達と一緒に未来を切り拓こう」

「あ……ありがとうございます! 僕がマリモの味方をしないって言ってたら不合格だったってことですよね……?」

「そうだね。でも俺は大切な人と世界を天秤にかけられたら、後者を選ぶ」

「え? サルダさんと同じ意見じゃ逆にダメなんですか?」

「ああ。君はどちらかというと“争いを起こさせない”ことよりも“マリモと一緒に過ごすために『白』を手に入れる”ことが主たる目的だろう? ブレのない本音を聞きたかったから。それと多様な意見を持ち寄った方が、この先の平和に繋がると思っているからね」


 地下の開拓が終わった暁には『光』(ライトニング)は人々から賞賛を受け、多大な支持を受けると予想される。そこで『光』(ライトニング)のメンバーの思想が偏っていては一方的な考えを民衆に押し付けかねない、とサルダは考えていた。多様な思想で話し合い1人でも多くの立場を尊重したい、と。


「ところで、今も壁は動いているかい?」

「あ……もう動かなくなったみたいです。出口に辿り着いたのかも」


 ハリマが壁から手を離す。壁が迫ってくる事はなく停止していた。既に2人のどちらかが出口に着き動力源を抑えたと見て取れる。


 *


 走るサルダの後を追い、マリモとヨドミが待つ扉までやってきた。マリモの勝利を願っていたものの彼女ら2人は開いた扉の奥で背を向けて立っている。どちらが先に辿り着いたか分からない。テレパシーを放とうとしたその時、振り向いたマリモの両腕には“この世界”には存在しないはずの生物が抱えられていた。


「ねえ見てハリマ! すっごくかわいい!」


 猫だった。毛並みの良い白猫。鈴のついた首輪は頭を動かす度に心地よい音を鳴らす。左耳の先端が小さな逆三角の形で切り取られている。


「サルダ、今回の“動力源”はこの謎の動物らしい。大人しい奴で助かった。耳が一部欠損しているのが気になるが……」

「前回は止めるのに苦労したからね〜。“機械”とやらじゃなくて良かったよ」

「動力源……ってなんですか?」

「エリアごとにあるそれらを無力化すると、そのエリアの仕組みが全て止まる。それでようやく攻略完了だ。動力源は生物だったりそうじゃなかったり……どれも未知のものばかりで興味深いよ」


 彼らは『猫人』は知っていたが『猫』自体と遭遇するのは初めてだった。猫に興味津々になる一同。一斉に見つめられた猫は威嚇の声を出した。


「おっと、これ以上は嫌われそうだ……それよりもヨドミ、どうだった?」

「か弱いワンちゃんも合格だよ」


 マリモの口角が更に上がる。安堵したハリマは右腕を掲げた。

 

「では改めて。ようこそ『光』(ライトニング)へ。共に争いの無い世界を目指し……立ち向かっていこう」

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