2話 大地に眠る遺構/未来を照らす光
辺り一面が優しいオレンジ色に包み込まれる刻を迎え、ハリマは自らの両親の元に帰った。ゴーレム族は住居を持たない。子供のハリマはともかく成体となれば彼の10倍以上の体躯となる。
「父さん、母さん。僕は“地下”にいくよ。“地下”の最奥にあるっていう『白』を手に入れたいから」
ハリマは巨大な山に向かってテレパシーを放った。両親は長い間1歩も動いておらずそこに生態系が誕生していた。彼らは山と一体化していて同族でなければ存在に気が付かない。
「本当に、あの噂を信じているのか。地下は危険に溢れていると聞いたが」
「いいんじゃない? ゴーレム族であそこに入れるサイズの子はハリマしかいないし。と言ってもゴーレムはもう私達3人しか残ってないけど」
ゴーレム族はこの世界において最も強靭だ。どんな環境や武器でも傷1つ付ける事は叶わず、食事も必要がなく体力も無制限。生殖においても相手を必要としない単為生殖も可能。欠点として個体数が極端に少ない事と身体が大きすぎる事があげられる。
「僕はマリモと同じような体が欲しい! それでマリモだけじゃなくて、他の皆とも一緒の……一緒の目線で過ごしたいんだ」
手を繋ぎたい、という願いは照れくさくて言えないようだった。そして両親は子の言葉と想いを否定しようとはしない。彼らもまた自身の両親の末路を見ていたから。
「30年前の、僕が10歳の頃。おじいちゃんとおばあちゃんが世界の端から飛び降りたあの日から、ずっと考えてたんだ。父さんも母さんも、僕もいずれああいう選択をしなきゃいけないのかって。自分の身体が大きすぎて他の種族の生きる場所がなくなって邪魔だから、って理由で身を投げるなんて……」
「3000年以上は生きていたんだ。悔いはないはずだ。孫が生まれてしばらく経ったらこの世界の未来のために自ら命を絶つ。それがゴーレムとしてのルールだったからだ」
「そんなの嫌だよ! 僕だけじゃない、2人がそうやって死ぬのは考えるだけでも嫌だし……だから、僕が変える。僕が別の体を手に入れるから。ゴーレムのルールを終わらせる」
先祖代々受け継いできた種を自分の代で終わらせる。家族との決別だと捉えられてもおかしくはない発言だったが両親はむしろ嬉しく感じたようで。
「……そっか。ハリマも成長したねぇ」
「無理はするなよ」
「えっ……いいの?」
反対の声も予想していたハリマは少し驚いていた。ここまであっさりと送り出してくれるとは思っていなかった。
「今のハリマの身体ならどんな衝撃にも耐えられるだろうからな。むしろ危険だと感じるのは人間関係の方だが……」
「まだ子供とはいえ、私達の同じ頃と比べてもかなり純粋だしね。知らず知らずのうちに他人に迷惑をかけないか心配だよ」
「あ、それなら問題ないと思う。スカウトされたんだよ、『光』に」
その名を聞いた両親の反応によって森が揺れる。
「まさかあの『光』にか……地下開拓の筆頭グループ、しかも願いを叶えるためではなく“開拓によって生まれた空間に居住スペースを作る”ことを目的としているあの『光』にか……リーダーは猿人族の男“サルダ”が務めるあの『光』にか……そうかあの『光』にか……」
「父さん、解説できるほど知ってたんだ……」
「私達の近くで話してる人もいたからね〜」
サルダおよび『光』の噂は知らない人間がいないと言えるほどに広まっていた。たった3人のグループで開拓を進めつつ、居住スペースの開発も担い人口増加問題に対応。まさに英雄と呼ばれるに相応しい人物。
「そんなサルダさんに直接誘われたんだ。これからの開拓にはゴーレム族の力が必要だって。『光』の人達と一緒なら、きっと何も心配はいらないと思う」
断る理由が無かった。サルダ本人には会ってはいないものの聞いた限りの話では信頼に値する人物なのは確かだ。生き物の善性を信じているこの地の者として、他者との協力を拒む理由は無い。
「さっそく明日から行こうと思ってるんだけど……いいよね」
「『白』の噂が本当かどうかは分からないが、居住スペースの確保もしていくなら皆の役にも立てるだろう」
「うんうん。例え『白』が無かったとしても徒労に終わるわけではないし」
テレパシーではあったが優しい声色で承諾してくれた。その夜は森の柔らかい土の上で寝転んだ。もちろんゴーレム族には臓器や血液もないため両親の温かみを感じる事もできないが、この姿での最後の家族団欒かもしれない。噛み締めるようにして会話を交わしていた。
*
翌朝。ハリマはマリモと共に『光』の拠点へと向かっていった。“地下”への出入口の近辺にある住宅街にそれを構えており、木造建築が主流の中で石造建築の建物だという。
「あそこじゃないかな?」
マリモよりも先にハリマが気がついた。視力はなくとも空間の把握能力がやはり抜群で、他の建物の陰に隠れていたが人が動く事によって生まれた空気の流れ。更に空気中の成分を分析し、二酸化炭素を吸収している木造建築とは明らかに違う建造物を察知した。
2人が早歩きで向かった先に見えたものは、薄灰色の石を使った小綺麗な建物だった。三角の屋根はレンガ造りで周辺の木造と比べて重厚な雰囲気。
「……来たか」
そして扉の前で腕を組んでいる女性が1人。灰色の体毛の狼獣人で、マリモとは違い耳が立ち上がっていてシルエットも大きい。
「あたしらが呼んだのはハリマだけだったんだが。ワンちゃんはお呼びじゃないぞ」
白いタンクトップの上に黒いジャケットを羽織っているが、大きく着崩しており肩を出している。履いているジーンズは穴が空き右太ももや左膝が露出したりしていた。低めの声でマリモへ告げる。
「私だって、ハリマの力になりたい!」
「……とりあえず中に入れ。あたしは君を仲間に入れることには反対しているが、サルダの判断に従おう」