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11話 繋げる希望/バソババソ

 スタークの残骸を尻目に一同は次のエリアへと繋がる扉の前に集まった。先頭にハリマが立ち、開けた瞬間に全力のパンチを叩き込み先手を打つ作戦だ。いくらドラゴンと言えども全生物のなかで最高硬度を誇るゴーレムの一撃は効果的。眠っているところを不意打ちするような卑怯な手ではあるが躊躇はしなかった。


「じゃあ、お願いします」

「頼んだよ」

「一撃で決めてくれると助かる」

 

 手指のないハリマでは扉は開けられない。両開きの扉の右をサルダが掴み、左にヨドミが。一気に引き開いた。


「……これが、バソババソ」


 ハリマと同程度の体躯を持ち、右半身が壁に埋まり左半身のみを露出している異質なドラゴン。このエリアは狭くハリマの身体で埋まってしまう程度のスペースしかない。ハリマは右腕を掲げて狙いを定めた。 胴体や頭ではなく首を狙う。脂肪や骨が少なく、一撃で戦闘不能にできる可能性がある箇所だ。


「じゃあ、やりますね。皆さんは少し離れててください」


 バソババソが暴れて周辺の壁や扉が崩れてしまう危険がある。ハリマはまだしも他の面々には致命傷になりうるかもしれない。他の全員が後ずさったのを確認してから一気に拳を振り下ろした。見事に首に命中、衝撃が壁にまで到達しひび割れる。この部屋の壁は脆いようでボロボロと崩れた。共にバソババソの身体も倒れ、目を覚ます事はなくまるで熟睡しているかのようだった。この状態でも右半身は床に面していて見えない。


「ハ、ハリマ……これで終わったの?」


 真っ先に駆け付けたマリモは恐る恐るバソババソの様子を確認した。まだ息を確認していないから離れていて、とハリマがテレパシーを放とうとしたその瞬間。バソババソが覚醒、目を開けた。真っ黒な眼球。バソババソは攻撃の意思を見せずただ寝返りを打った。右半身を、見せた。


「あ……え?」


 視覚のないハリマには何が起きたのか分からなかった。困惑するマリモの声を感じる事しかできなかった。ゆっくりと起き上がったバソババソ。後ろにいた他の4人の目にもその右半身が映る。そしてその4人もピクリとも身体を動かせなくなった。


「み、皆さん……?」


 ここでようやく、ハリマもバソババソの全貌を認識した。空気の流れからバソババソの姿形を。

 左半身にある鱗とは全く違うものが肉体に張り付いている。小さく、丸いもの。視覚のないハリマが察するのには少しの時間を要した。それは、瞳だ。バソババソの右半身には眼球がびっしりと埋まっていた。マリモ達はただ驚いて止まった訳ではなかった。その瞳に見つめられた者はまるで身体が石になったかのように動けなくなる。そんな力が秘められていた。


「まずい……!」


 視覚のないハリマに能力が通用しない事を認識したバソババソは標的を他の5人に絞る。反応できない瞬発力でハリマに体当たりし突き飛ばすと、動けない彼らに向かって次々と尻尾を差し向けた。回避できるはずもなく直撃。5人は尻尾の打撃を受けて吹き飛ばされてしまう。すぐさまハリマはバソババソの尻尾を掴み地面に叩きつけた。ハリマの腕力はドラゴン族の遥か上をいく。しかしバソババソは何事もなかったかのように起き上がった。


「ど、どうして」


 確かな手応えはあったはずなのに平然としているうえ、スタークとは違い会話もできない。不気味すぎるバソババソは何かに気がついたかのようにハッと頭を上げ右半身の瞳も全て視線を上に向けた。すると背を向けて地上に出ようと走り始める。スタークの残骸が踏みつけられ破片が散らばった。


「待て!」


 四つ足で駆けるバソババソに追いつく気配はなく、背中がどんどん遠くなっていく。迷路のエリアに突入したが正解のルートを迷いなく選び進んでいった。何か理由があるのだろうがハリマにはそれを考える暇なんてなかった。ついに地上へと続く階段まで着くと、足ではなく翼を使って移動を開始した。太陽の光へと近づくために羽ばたいた。

 秒もかからずに地上に出ると、再び足を使って駆け出した。遠くへと速く飛ぶために助走をつけているようだった。続いて出てきたハリマは躊躇せずに全力の跳躍。地面には大きな穴が空き、重いハリマの身体は宙を舞った。腕力だけでなく脚力も抜きん出ている。地下では使えないこの移動方法は凄まじく、バソババソを追い抜き町外れの林の前で着地した。衝撃でハリマの下半身が地に埋まり、風圧だけで周辺の草花が弾け飛び一生を終えた。このように命を散らしてしまうためあまり使いたくない方法だったが緊急事態。致し方ないと割り切った。


「ここから先は絶対に通さない!!」


 何故ならこの先は。ハリマとマリモの思い出が詰まった草原。兎の獣人がこの先住み続ける予定の土地。思い出を壊さないためにも、獣人2人の未来を潰さないためにも。バソババソの突進を真正面から受け止めた。全力疾走の勢いは強烈で、木々を倒しながら地面を抉っていく。徐々にスピードを落としていき草原にさしかかろうとしたところで動きが止まる。


「よし……!」


 腕力はハリマの方が上回っている。このまま押さえ込み世界の端から落としてしまおうと考えたが。バソババソの右半身にある瞳の全てがハリマの方に視線を移した途端、その方向へかかる力が倍増した。瞳には自身の力を増幅させる力も含まれていた。ただしマリモ達5人の動きを止めた力を捨てた上で全てをハリマにぶつけていたため、この瞬間からマリモ達は自由の身だ。けれども援軍は期待できない。地下からは離れすぎた。

 ハリマの身体が後退し始める。ハリマの全力をも上回るパワーに為す術なく押されてしまう。


「ダメだ……このままじゃ」

「───ハリマ!」


 突如として背後から声が。兎の獣人2人だった。彼らはハリマの両足まで急ぎ押さえ込もうと加勢した。


「なんだか分からないけど、おれ達も手伝う!」


 ハリマの巨体に遮られ、バソババソの瞳による力が働かない。微かな助力だがこれにより再び動きが止まった。しかし状況を好転させるためにはまだ力が足りない。すると離れていたはずのマリモ達5人が背後に転がり込んできた。


「えっ!? 皆さんどうして」

「あのね、イノリががんばったの」

「スタークが空気を飛ばしていただろう。あの部分がまだ使えてな」

「イノリが糸で俺達をぐるぐる巻きにしてね。風圧で飛んできたってわけだよ」


 スグルとイノリがハリマの右足に。サルダとヨドミ、そしてマリモが左足に急いだ。拮抗していた力はついに崩され、バソババソが押され始める。一般的な歩行速度と同程度だがこの世界は小さい。全員が必死になって押す事30分、世界の端まで辿り着いた。


「もうすぐだ、もう少しの辛抱だ……! 気を抜くなよマリモ」

「ヨドミ……分かってるよ!」


 彼らの間の溝は無かった。確執は既に取り除かれ、目の前の脅威に対してのみ全力を注げるコンディション。対してバソババソは“目的地”に向かおうとしているだけの生物兵器だ。心意気の時点で違った。押し続け世界の端にバソババソの後ろ足が近づくと、最後のひと押しのために全員が大声を出した。

 感情を持たない兵器はあっさりとバランスを崩し、全身が宙に浮いた。勝利を確信した、その瞬間。


「───あ」


 バソババソの悪あがき。尻尾がマリモを弾き飛ばし、共に地から離れてしまった。ハリマは咄嗟に右腕を伸ばしたが届かない。もし届いていたとしても掴む事は叶わない。一緒に生きていきたいと願った相手を目の前で失ってしまう。そんな事は許せない。だがハリマにできる事は何もなかった。落ちていくマリモの前で立ち尽くすしかなかった。


「そんな……」


 下を覗こうとはしない。何もない暗黒空間が広がっているだけの“下”にマリモが落ちていく様を想像し動けなかった。


「……全く、無茶しやがってよ」


 予想外の声だった。バサバサと羽ばたく音と共に、落ちたはずのマリモが浮かび上がってきた。彼女を救出したのは犬と鷹のキメラ、リカ/オン。人格はリカの状態だ。呆れ顔になりながらも両腕でしっかりと抱えている。


「リ、リカ……ありがと!」

「礼はいらない。ハリマの夢を応援するって言っちまったからな、お前がいなくなったらその夢は叶わないだろ?」


 落とさないよう慎重に地上に送り届けられ、マリモは着地した途端にハリマに飛びついた。


「死ぬかと思ったっ!」

「よ、良かった……! 本当にありがとう、リカ!」

「礼はいらねぇって言ってんだろ〜?」

「バソババソを倒せたのは自分達をここに運んできてくれたイノリのおかげだと思うが」

「スグルの言うとおり、イノリががんばった」


 戦いが終わりほとんどの者が安堵し談笑し始めたが。サルダはたった1人、バソババソの挙動に疑問を抱いていた。いったい何に気が付き、何処に向かおうとしていたというのか。


「まさか……?」


 過去何千年も、空を飛べる種族が他にも浮島がないのかと探し回ったが見つからなかった。故にバソババソの目的地に心当たりは無かった。ドラゴン族の飛行能力でようやく辿り着けるほどに遠い場所なのかと先程までは想像していた。


「あるじゃないか。他の、島は」


 顔を真上に向けた。しかし“それ”を直視する事はできない。目が耐えられないからだ。当たり前のように存在し、全ての生命が当たり前のようにその恩恵を受けている、見ようとしても見る事ができない、その島。




 太陽。

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