10話 最終兵器/バソババソ
「───なるほど、それは“バソババソ”だな」
拠点にて、全員が集まりドラゴンについての話し合いが行われた。人生経験が豊富なスグルは既にその正体を知っていた。バソババソ、と呼ばれる左半身のみを表に見せる謎のドラゴン。
「ドラゴンは残らずこの世界から姿を消したと聞いていたが……戻ってきたのか、そもそも最初から地下にいたのか」
テーブルに肘をつき右手に頬を乗せたスグル。隣にイノリが座り、向かい側にはサルダとヨドミが。椅子は4つしかない。ハリマは床に座っており肩にマリモが乗っている。
「取り残された……ってことですか?」
「いやバソババソは普通のドラゴンとは違う。心を持たず破壊の限りを尽くす。ウロボロスが生み出した、血も涙もない戦闘用生物といったところだ」
「スグル、声ふるえてる?」
微かな違和感を持っていたのはイノリだけだった。いつも尊大な態度をとっていた彼が怯えるほどの存在、とその場の全員に緊張が走る。
「……バソババソは量産されていた。1体だけでも手に負えないほど強い。もしそれが、地上に出てきてしまったら」
「俺達のせいで大勢死ぬことになるわけか」
寂しげな声のまま天井を見つめるサルダ。もしバソババソが目覚めた場合、自分達が開拓してきたエリアを辿って地上に出てくるかもしれない。平和を願ってやってきた今までの行動がかえって悲劇を招くかもしれない。
「……僕だったらそのバソババソを倒せるでしょうか」
僅かな静寂を破ったのはハリマ。以前の彼からは考えられない好戦的な提案を出してきた。
「80年前の戦争ではゴーレム族は静観を決め込んでいたらしい。バソババソに対してお前の身体がどれだけ有効なのかは分からないが……」
「地下の壁や岩はゴーレムと全く同じ頑丈さがあるんでしたよね? 僕の身体も同じ……ならそう簡単には傷つけられないはずです。例えドラゴンでも地下は壊せないですよ、きっと」
「確かに、炭鉱として掘れる柔らかい部分以外はドラゴンでも削れないとの記録はあるが」
楽観的な推測だった。だが地下に謎の空間が現れる以前も、硬い箇所を壊す事はドラゴンでさえもできていなかった。希望自体はある。
ハリマがここまでの態度を取る理由。単に『白』へと近づいているから、というのもあるがスタークを倒し最期の言葉を聞いた事である種の責任感が生まれていた。スタークがかつて住んでいた世界は2つの種族が絶えず戦争を起こしていたという。そんな彼女の最後の言葉。
『私の居た世界にお前のような者が大勢存在していたら、きっと争いは起こらなかっただろうな』
『ありがとう。悔いは……ない……』
賞賛を。感謝を受け取った。これを無駄にするわけにはいかない、と。戦争の無い未来を作るため、ドラゴンへと立ち向かおうとする意思は固い。
「『白』はすぐそこです。多少無理をしてでもやってみせます」
「ハリマのために、私も私にできることをやるから!」
真っ先に反応したのはやはりマリモだった。
「俺も協力しよう。『光』を設立した者として、今更立ち止まるなんてありえない」
続いてサルダも決意を示した。
「さっきは怖気付いたが、ハリマがそこまで言うなら自分もついていこう。それに……イノリとの約束もある」
「イノリとスグルは、ずっと一緒にいることにしたから」
イノリはそう言って6つの腕全てを伸ばし、スグルの服の裾をつまんだ。いきなりのカミングアウトにその場が騒がしくなる。最も声が大きいのはマリモだ。
「えっ! ずっと一緒にいるってことは……ずっと一緒にいるってこと!? 一生一緒なの!?」
「それ俺が指摘していいのかな。驚きのあまり同じこと3回言ってるよ」
「イノリ達ハエトリグモの寿命はだいたいが1年以上2年未満だ。自分が生きてきた年数と比べてもとても短い……だからこそ、もっと知りたいと思ったんだ。イノリのことだけじゃなくて、イノリから見たこの世界や価値観も。それで自分が何を思うか。ようやく、自分の答えが見つけられそうだ」
ハリマとはまた違った目的を持っていた。ハリマは寿命を減らしてでもマリモと同じ時を生きたいと願っていたがスグルは逆。イノリに先立たれる事は確実ではあるがそれを糧にしてこの先を生きていこうと。どうでもいい、と他のものに対して無関心を決め込んでいた彼が、関心を持たずにはいられないイノリと共に成長していきたいという願いだ。
そしてイノリの方も、スグルのこれまでとこれからの事について話し始めていたが一言も発していない人物がいた。それぞれの顔色を伺うように顔を動かしているだけの、ヨドミだ。他の全員も彼女の様子を把握していたがあえて話題には出さなかった。
「それじゃあ明日にでもバソババソを倒しに出かけようか。ヨドミもそれでいいよね?」
サルダのこの呼び掛けに頷くのみだった。
その夜。全員が拠点で就寝しようと支度をしている最中にヨドミはマリモへと近づいた。彼女にしては珍しく小さな声、少し寂しそうな。
「おい」
「え、なに?」
「着いてきてくれないか。2人だけで話したいことがある」
「わかんないけど、わかった!」
特段親しい訳ではない。ヨドミはマリモのことを名前で呼ぶ事すらしてくれない。それでもマリモは明るく応じる。拠点を離れ、地下への入口で2人きりの会話が始まった。付近には誰もおらず、話し声が遠くから時々聞こえてくる程度だ。
「で、話したいことってなに?」
「それは……」
言い淀む。マリモは何も言わず待っていた。いったい何を言い出すのか気になっていた。
「……2年ほど前まで、ワタシとスグルは付き合っていたんだ」
「え……? えっ!? えぇぇぇ!」
「おい声が大きい! 口を塞げ!」
マリモは慌てて両手で塞いだ。意外な事実に驚きを抑えきれない。他人の恋愛事情に敏感という訳ではなかったが、2人はそんな素振りも今まで見せていなかった。改めて小声で会話を再開。
「話を戻すぞ。仲が悪くなって別れた、とかじゃないからな」
「そもそも仲が悪かったら今も一緒に『光』にいるわけないもんね。なおさら、どうして……」
「それは、ワタシが……ワタシが弱かったからだ」
「え?」
拳を握りしめながら俯いていた。マリモの事を“か弱いワンちゃん”と呼ぶヨドミが、今度は自分の事を弱いなどと。これも意外だった。
「イノリほどじゃないが、ワタシの寿命もスグルと比べたら短い。ワタシだけが一方的に老いていく……時間が経つにつれてその実感が湧いてきて。スグルの長い一生にワタシの存在が刻まれるとしても、とても小さいものなんだって思えて……こっちから別れを切り出した。スグルは悲しそうにはしていなかった」
ヨドミの意外な一面。大好きな人を想っているからこそ、同じ時を過ごせない苦しさ。
「ワタシの与えた影響はその程度のものだったんだって思えて、割り切れた。でも、お前とイノリが見せてきたのは……ワタシなんかよりもよっぽど強い意思だった」
同じ人を好きになったイノリだけでなく、長命種のゴーレムであるハリマを好きになったマリモ。彼女らは想い人を残したまま自身が死んでいっても構わないとまで覚悟している。対するスグルはイノリとの時間で成長していこうとし、ハリマの方は自分の寿命を捨ててでもマリモと同じ時間を過ごしたいと願っている。
「すまなかった。“か弱いワンちゃん”だなんて呼んで……本当は羨ましかったんだ。どんなことがあってもハリマのそばにいたい……そう言っているお前と、喜んで応じるハリマが。嫉妬だよ。ワタシは、大人気なく妬んでいた。本当に……すまなかった。本当に弱いのはワタシの方なのに」
声を震えさせながら頭を下げた。直接的な危害を加える事はせず、名前ではなく侮辱的な呼び方をしていただけではあったがそれでマリモを傷つけていると自覚していた。だからこそ純粋無垢ながらも他人を思いやるイノリ、ハリマ、マリモ達を見て自分を情けなく感じていた。
「そっか。そうだったんだ」
「許してくれとは言わない」
「別にいいよ。呼び方くらいでそんなに怒るものじゃないし!」
「……いいのか?」
「ハリマもスグルに“木偶の坊”って呼ばれてたけど、怒らず許してたし。でもこれからはちゃんと名前で呼んでね!」
「……ありがとう。これからもよろしく頼むぞ、マリモ」




