1話 太陽の下/届かない想い
見渡す限りの緑。太陽に照らされ輝く草花。草原の中心にてまぶたを閉じ心地よい風を浴びながら、白い岩石に寝転ぶ少女が1人。犬としての特性を持つ獣人族であり白い体毛と薄茶色の耳からは柔らかな印象を受ける。
「……やっぱりこういうお昼寝が一番だね」
灰色のシャツの上にベージュの上着を羽織っているが腹部は露出していた。暖かい気候と、全身を覆う体毛によって獣人族は薄着になりがちだった。
緩やかな風にすらかき消されそうな程の細い声。まぶたを上げ真っ黒な瞳を空に晒す。薄い青色のスカートを揺らしながら上半身を起こした。
「そろそろ行こっか、ハリマ」
その声は岩石に向けられていた。すると岩石は動き出し人の形と化した。少女が落下しないように慎重な変形で、彼女が座っていた箇所は左肩に該当する。しかし頭部に位置する岩には“顔”が存在しない。
「マリモも気持ちよく眠れた?」
だが岩石から発せられた声はマリモという名の少女に伝わっていた。発声器官がない彼らゴーレム族は自らの考えた文章を対象の意識に直接伝える、テレパシーを使う。
「好きな人と一緒にいるんだから、そりゃそうだよ」
「僕も。僕の上にマリモがいるってはっきり分かるからね」
視覚、聴覚、味覚も存在しない。全身の触覚が研ぎ澄まされており僅かな空気の流れや変化でそれらを判別している。
この“世界”では多様な種族が手を取り合い、繁栄し文明を築いていた。マリモのような犬人やハリマのようなゴーレムの他にも、自然、空、水中で生を営む種など様々。争いは全くと言っていい程に起きておらず、助け合いの精神がこの地に生きる全員に染み付いている。しかしそれにより新たな問題が浮かび上がってもいた。
「もうすぐでこの草原もなくなるんだよね……私達の隠れ家的な場所だったのに」
人口増加だ。この“世界”は宙に浮いている巨大な島であり、その下に何があるのかは誰にも分からない。世界の端から覗き込んだとしても見えるのは色の無い暗闇のみ。故に土地開発にも限界があった。とにかく場所が足りなかった。
「10年前に私が迷子になった時、ここでハリマと出会って。慰めてくれたよね。いきなり岩が動き出した! って思った時はびっくりしたけど、一晩中いっしょにいてくれて……思い出、いっぱいあるんだけどな」
「でも良い場所には変わりないからさ、ここに家が建っても来ようよ。きっと良い人達が住むよ」
「ハリマが言うなら……」
会話を続けているうちに自然豊かな林に入っていた。普段から歩いている獣道を辿っていると兎の獣人2人と鉢合わせした。マリモよりも小柄で体毛はフサフサだ。男女のカップルのようで仲睦まじく手を繋いでいる。
「あっハリマとマリモ! こんちは!」
「こんにちは。この先の草原に行くの? 私達もさっきまであそこにいたけど」
「うん! おれ達2人の家が建つ予定だからどんな所か下見にね」
「良い所だって僕達が保証するよ」
その後は数分の雑談を交え、互いに手を振りながら別れた。ハリマ達から離れていく2人は手を繋いだまま。太陽に照らされた事で彼らから生まれた“影”も繋がっている。対してハリマは身体の構造上マリモと手を繋ぐ事は叶わない。ある程度身体の変形が可能とはいえ、マリモの細い手指と同等のサイズへと変える事はできない。
そして彼らもまた太陽に照らされ影が生まれていた。ハリマの左肩に乗るマリモの影は手を繋ぐ行為とは程遠い。その影をハリマは認識できない。いくら触覚が優れていて周辺の状況が分かっていても“影”は視覚がなければ認識ができない。
「ねぇマリモ」
それでもハリマの意思は強い。
「やっぱりあの2人みたいに僕もマリモと手を繋いでみたい。マリモと同じ人の姿になって。このゴーレムの身体を手放したら寿命は何千年と縮むだろうけど……それでも僕は君と手を繋ぎたい」
「ハリマ……気持ちは嬉しいけど、そんな事ができるわけ」
「……僕は信じてるんだ。“あらゆる願いを叶えることができる”っていう。『白』の噂を」