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第3話 バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!②

 ――

 ――――

《何やってんの?》

《クソ荒れてて笑う》

《じゃあ近づかなきゃよかっただろ、明日職場行けねーよ》

《炎上確定》

《お前のほうが子供だろ》

《これネロ様の獲物なんだけど!!!》

《氷室パイセン大丈夫そ?》

《雑魚は下がれよ》

《残機減ったってどういうこと?》

《配信切れると変身解除されるらしい》

《てかこれもう車両型じゃないでしょ》

 ――――

 ――

 チャット欄は大荒れだった。しかし、罵詈雑言が濁流のように押し寄せるのも俺にとっては慣れた光景だ。あのトレーラーがA級に格上げされた影響はすさまじい。同接は10万を軽く突破し、現在も増加する一方だ。

 俺は『攻撃』が成功していることに口の端を吊り上げる。


 氷室の暴走は止めたが、そのしわ寄せは俺が引き受けることになった。

 あの時、俺は『トレーラーは追跡者のみを攻撃する』と言ったがまったくのデタラメだ。だけどそうなった。俺が視聴者にそう刷り込んだからだ。認知で怪異は変わる。今までの戦闘の意義を否定したのだから荒れるのも当然だ。


「とはいえ、放置はできねーよな。これから暴れ出さないとも限らねーわけだし」


 そもそも怪異とは、認知から発生するとはどういうことなのか。

 ここからは俺の解釈だ。


 認知とは物理的情報を意味的情報に変換するための人間のフィルターだ。たんぱく質の塊を人と認識できるのも、線の集合から文字情報として意味を抽出できるのも、RGBの粒々に感動できるのも、それは認知というフィルターを通しているから。

 怪異という現象においてはその逆が起こっている。

 人間の持つ意味的情報、つまりミーム。それがその主体となる人間も気づかぬうちに実体を伴って顕現するという倒錯。怪異とは名ばかりでその本質は、そう、ミーム複合実体とでも言うべきか。だからこそ、配信によって『この怪異は倒された』というミームを視聴者に植え付け倒すことができる。『必殺技』が刺さるのもまさにこのためだ。


 しかし、ほとんどの人間はそれを知らない。気づけない。


 マスメディアは特殊災害と報じ、インターネットでは怪異と呼ばれる。他にも様々な呼称が存在するが、どれも的を射ないものばかり。怪異が人の認知に由来するという話は一切ない。怪異ネットでも、車両型とか不定形型とか擬態型とか動物型とか、まるで意味のないカテゴライズがなされている。

 ……そこには本質から遠ざけようとする意図があると思う。『怪異の発生に関する情報が広まることを阻止する』という意図が。理由は……いや、今はいい。


 特にあのトレーラーは多くのミームが複合しているように感じる。顔のついた牽引車に、変形して武装を展開する巨大なボディ。AI生成イラストじみた歪さはこのためだろう。

 それに、何が組み合わさっているのかは全くの不明。人がぼんやりと抱えたイメージの集積体なのだからそうではあるのだが。


 しかし、攻略するには全く関係ないことだ。


 氷室は言った。

 50メートルラインを超えるとターレットからの弾丸の回避が間に合わず、近づくことができないだろうと。

 だったら、そいつをどうにかしてやるのが俺の仕事だ。

 遠く離れた場所で、一人幻想の魔物に向かう氷の姫君に声をかける。


「氷室、別に聞くまでもないとは思うんだが、槍投げは得意か?」


『あなた、私のことを戦闘マシーンか何かだと思っている節があるでしょ』


「そんなことねーよ。頼りがいのあるバケモンだと思ってるぜ」


『後でじっくり話し合いましょうか……。それはそうと、ここから当てるのは難しいわね。当てるにしても50メートル、正確に当てるならもう少し近づけば。でも、これを投げてもアレを破壊できるとは思えないけれど』


 彼女は手にする大太刀に目をやりつつ言う。


「命中精度は?」


『空き缶を射抜くくらいには』


 即答だった。驚き呆れるとはこういうことを言うのだろう。

 幻装による身体能力の底上げがあるとしても、素体の技量が化け物じみている。こいつの真に恐ろしいところはそこだと思っている。他の配信者は幻装の出力に頼りがちなのだが、氷室は素で強いのだろう。武術の心得があると聞いたことがある。


「はあ、お前が頼りがいのあるバケモンで助かったよ。これで勝ち筋は見えた」


 端からめちゃくちゃな存在だ。

 その性質を存分に利用させてもらおう。


 幻想で幻想を塗り替える時間だ。



 配信をミュートにし、氷室にここからの作戦をレクチャーした。二つ返事で飛び出していく彼女の姿が画面に映る。


 昨夜のもったいないお化けもこの武装トレーラーも本質は同じ。様々なミームが複合し、質量を伴って顕現した情報の塊だ。その性質はできの悪いゲームのNPCに近い。一見体面だけは整っているように見えるが、中身は空洞。

 その見た目や行動に一貫した論理はない。


 運転席の代わりにニタニタ顔がついているのも、そういうテクスチャが張り付いているだけで、そこに感情や論理といった意味はない。

 同じように、ターレットが氷室を正確無比に狙うことができるのだって、そこにロジックはなく、ただ『ターレットは追跡者を狙い弾丸を射出する』という情報があるだけ。『どんなセンサーで追跡者を補足し、どんな制御方法でターレットを動かしているか』までは設定されていない。これはそういうモノだ。

 ガチガチに生態的な設定の為されたモン〇ンの敵とは訳が違う。


 そして、この怪異を形作るあらゆる情報は人の認知から生じたものだ。であれば、そこに付け入るべき隙がある。


 俺は軽く息を吐き、マイクに向かって語り掛ける。


 あらゆる場所からやってきた十数万のオーディエンスのペルソナを意識しろ。

 俺の固定視聴者はもう少数派で、残りはA級と聞きつけてよそからやってきた怪異オタク、見栄えのあるショーを求めてやってきた野次馬、そして特殊災害の沈静化を求める一般人。あとはその他。

 そんなところだろうか。


 まずすべきは前提条件を共有して知識の差を均すところからだ。


「あいつはさ、もともと存在する車を乗っ取った怪異、まあ憑依型でないことくらいはわかるよな、お前らにも。あの車体全体が怪異なんだ。それくらいはお分かり?」


 画面の中で氷室が銃弾の嵐の中に突っ込んでいくのが見える。


《まだ討伐諦めてないの?商魂たくましいな》

《うお、始まった》

《あいつまた突っ込むの?》

《それくらいわかる》

《どう考えても軍の極秘兵器。政府は説明責任を果たせ》

《雑魚は消えろ》

《変形玩具であんなのなかったっけ?それが怪異化したとか?》


 だが、今は俺の仕事に集中だ。


「陰謀論者も湧いてんのかよ面倒くせーな。秘密兵器なわけねーだろ馬鹿か? 後方への攻撃しか能のない、撤退戦にしか使えないような形状だぜ? あんなもん戦争じゃクソの役にも立たねーよ。それにICの時点で通してもらえないだろ。おもちゃだとしてもこんなもん売れねーよ。ああそうだ、今来た人もいるかもしれないから怪異の全体像貼っておくな」


 交戦に移る前に撮影した、トレーラーの正面からの映像から画像を切り出して画面に表示する。武装が展開する前のものだが、やはり顔が気持ち悪い。


《うおキッショ!》

《うわあトラウマになりそう》

《なんでこんなリアルな顔なんですかね……》

《ネロ・シーザーがこっち向かってるらしい》

《政府は説明責任を果たせ》

《おい下がれよネロ様の獲物だぞ》


 怪異については一般に出回っている知識が少ない。アホな陰謀論が飛び出すのも自然と言えた。義務教育では避難訓練で触れる程度だし、高校でもそれ用の授業はない。大学ならあるのだろうか?


 正直、一般人の認知を誘導するのは難しくない。それっぽく説明してやればこの場限りでは雛のように飲み込んでくれる。面倒なのはネットで半端な知識を得たオタクどもだ。まあ、情報源は限られるため、そこさえおさえておけばどうとでもなる。


「それにさ、搭載した武装もおかしいじゃん。AI生成みたいな気持ち悪さあるのわかる? 遠くから見ると一丁前だが、ターレットとかミサイル砲とかは細かく見ると変だろ。とってつけたような感じ。ってかあのビーム砲みたいなのなに? あれ馬鹿だろ。平成初期の特撮でしか見ないぜ、あんなの。どう考えても揚力を得られないような速度で飛んでるデブな飛行機についてそうなアレだよ。俺は好きだけどさ」


《それは思った》

《あまりにも遅いデブ飛行機わかるwww》

《なつかしいな》


「じゃああいつはどういう怪異なんだろうな。兵器に見えるが、よくよく観察してみると破綻した外見。無害に思えるが、見つかったとなると猛反撃してくる行動パターン。もうあんなの車両系ではないよな。でも、なんだっけ……」


《もしかして擬態型?》

《あ、そういうこと!?》

《確かに擬態型なんじゃねこれ》


 ふっ、落ちたな。

 オタクは気持ちよく語らせてやればコロッと騙される。だからモテないんだぜ。コミュニケーションは相手の機嫌をよくして接待する側がアドを取っていると相場は決まっている。


 ここまでくると氷室の暴走に言及するコメントは埋もれていた。ネットと言うのはそういうモノ。一過性の熱に浮かされる愚民の集まり。だからこそ、俺みたいなのが生まれてくるわけだが。


「そうそう! ド忘れしてたわ。サンキューサンキュー」


 しかし怪異ネットはこういう面では便利だ。嘘でも真実でも、怪異に関するあらゆる情報はここに集約されていると言っても良い。この界隈に入って2か月しかたたない俺でも少しお勉強するだけでそれなりの知識を得ることができた。とは言え、丁寧にコーティングされて本質にたどり着けないよう加工されたものばかりだが。


 無言の視聴者だってあとはドミノ倒しだ。人は2、3人の人間が同じうわさ話をしていたら信じ込んでしまうもの。登壇してしゃべっているのは俺一人だが、何も俺だけがこの場の発信者というわけではない。チャット欄だって、少なからず同じ力を持っている。


 騒ぐ馬鹿に引っ張られて、万単位の人間が落ちていく。


 まあ、こんなものだろう。十数万のうちの少なくとも6、7割は俺の手のひらの上だ。

 準備は整った。

 締めと入ろうか。


「じゃあこいつが擬態型だとするとだぜ? ターレットもミサイルも体の一部をそう見せた偽物だってわけだ。じゃあさ、こいつはどうやって照準を合わせてるんだ? 後ろからやってくる氷室をセンサーもなしに、どうやって」


《確かに。よくよく考えてみたらそう》

《あ、わかった、いやわからん》

《センサー?》


「センサーはねえっつったろ。でも、あいつには顔があって、目がある。俺らと同じなんだよ。だったら同じように運転するときのことを考えてみろよ。お前らも車の運転だってするだろ? 前を見ながらも後ろを見る方法があったよな?」


《もしかして、ミラー?》

《マジ、そういうこと!?》

《うおおおおおおそういうことか!》

《ってか氷室パイセンちょっとまずいことになってない?》


「そう、サイドミラーだ。あいつは目視とサイドミラーで照準をつけていたんだ。例えば片側だけでも破壊しちまえば、そこには大きな死角ができるんじゃねーの?」


 走り続ける武装トレーラーに変化は見えない。だけど確かに刻まれた。

 幻想のルールが変わる。

 50メートルラインを超えた危険域を突破できる。


 次の瞬間、画面から爆音が連続した。氷室さんが夜空を飛んでいらっしゃる。ちょっと背中に火がついている。あほやろ。


「まあ見とけよお前ら。あいつは頼りになるバケモンだから」

 そして、極光が瞬いた。




「なるほど」


 一瞬ミュートになった火翅(かばね)から作戦を聞き受けた。

 無茶なオーダーだ。

 彼我の距離は100メートル。ここから刀を投擲できるぎりぎりのライン――50メートルラインより少し先――まで接近し、正確にサイドミラーを射抜いて破壊する。

 できるかできないかで言えば半々だ。だけどこれしかないというのも事実。


『あいつはさ、もともと存在する車を乗っ取った怪異、まあ憑依型でないことくらいはわかるよな、お前らにも。あの車体全体が怪異なんだ。それくらいはお分かり?』


 火翅の言葉を聞きつつ、弾丸やミサイルをまき散らすトレーラーに向かって突貫する。目的が明快になるとギアが上がった。彼には彼の戦いがある。あとは私が頑張るだけだ。


 100メートル先へと目を凝らす。

 狙いはサイドミラー。

 やることは単純明快だ。だったら腹をくくってやるしかない。


 100メートルラインを超えたところで、再び武装が展開された。ターレットのガトリングが一斉に私に向かって狙いを定める。

 緊張に手に力が入る。

 撮影ドローンは残り2機。全て落ちたら終わりだ。火翅は自分の戦いに集中している。あまり迷惑はかけられない。一人でどうにかしないと。


 そして、世界を削るような轟音とともに。

 再びの一斉射撃が始まった。


 さっきは回避だけだったが今度は違う。それだけじゃ足りない。スピードを殺さず前進しろ。


 弾丸の嵐が殺到する。


 対して、左右にスライドして射線をずらすのではなく、私は身を低くして前へと飛び込んだ。弾幕のさらに下へと滑り込むイメージ。


 距離90。


 4つの射線を潜り抜けた。だけど一秒の猶予もなくすぐに補正されてしまう。だったら、それより速く。前方へのスピードを殺さず、身体を大きく右に傾け重心移動。縮地の要領で切り抜ける。そのまま遮音壁を蹴り、アクロバティックに射線をずらす。


 ハチの巣のような砲台が動いた。


 事ここに至っては出し惜しみするつもりもないらしく、20余りの小型ミサイルが迫る。謎めいた光学兵器も光を放っていた。


 撃ち落さないとドローンが危ない。けど、どうする。


 一瞬の迷い、その間に車体の底から何かがパラパラと撒かれたのが見えた。

 榴弾だ。それも数十単位で。

 これじゃあミサイルを落としても着地を狩られる。隙を生じぬ二段構えであった。


 もう迷っている暇はない。


「火翅ッ!」


 認知の誘導に集中する彼からは返事はない。だけど、二つのドローンが散開した。笑みが漏れる。一人じゃなくても良い。十分だった。


「吹雪ノ舞!」


 刀身が冷気を帯びる。チラチラとダイアモンドのように煌めく氷の粒子が後方へと流れていく。そして身体を捻じるように蹴り出した。すれ違いざまに、私の刀が描く氷の螺旋がミサイルを《《間引いていく》》。


 しかし着地点には榴弾が迫る。さらに、ビームか何かもわからない兵器が起動準備を開始していた。


「ふっ」


 絶体絶命かに思えた。それに、横にずれて回避したとて市街地に被害が出る。だが、私は不敵な笑みを崩さない。


 私はミサイルをすべて撃ち落したわけではない。間引いたのだ。ドローンが後退したのなら、爆風に気を配る必要もない。


 なぜそうしたか。

 小型ミサイルの爆発が生じる位置を調整し、即席のカタパルトとして利用するためだ。

 背後に置いてきた複数の弾頭が熱を帯びる。


 歯を食いしばれ!


 瞬間。

 背中を焼く熱。三半規管を揺さぶる爆音に、内臓を直接握りつぶすような圧力変化。意識が飛びそうになるのを根性で押さえつけた。


 そして。

 仰角45度、まるで砲弾のように。

 調整された爆風によって、私は重力のくびきから解き放たれる。

 全身を襲う浮遊感に心臓が跳ねる。


「おああ――――――――あっついッッッ!!!」


 3階建てのマンションくらいには飛んだ。離れていく路面で榴弾が連続して炸裂するのが見えた。身をよじり、破片の直撃を避ける。


『まあ見とけよ。あいつは頼りになるバケモンだから』


 そんな声がヘッドセットから響く。

 直後、アンテナみたいな兵装から極光が瞬いた。


 まだ来るッ!


 想起したのは極太レーザー。

 夜闇を拭う、既存の物理法則など置き去りにした必殺の一撃。


 でも、条件はこっちだって同じだ。


「誰がッ!!!」


 宙を舞いつつ、光に向むかって刀を構え、


「バケモンですって――――――――ッッッ!!!」


 振り下ろす。


 音が消え、視界が消えた。だけど私の身体が吹き飛ぶことはない。これこそが幻想と幻想のせめぎ合い。

 論理じゃない。そんなものは通じない。現実にはありえないことがここでは起こる。

 だからこそ、このコンテンツはこれだけの魔力がある。人は普通でない世界に惹かれていく。


 そして、両断した。

 割れた光は遥か高空へと消えていく。


 本懐は視界の先だ。あらゆる防衛手段を吐き尽くし、残すはターレットだけとなったトレーラー。宙を舞う私に射線は追いつかない。


「……サイドミラーっ」


 届く。そういう確信があった。

 迷わず投げ放つ。


 一直線に、それは吸い込まれるように空気を引き裂き、そして――――


 ――――右のサイドミラーに突き刺さった。




 しかし、まだ終わりじゃない。片目を潰しただけだ。

 私はトレーラーの後方右、やつの死角となった場所へと降り立った。やつは今、私の居場所を把握できない。


 しかし、だからか。


 悪あがき。そんな言葉が脳裏をよぎる。4つのターレットはばらばらの方向へ、後方の路面に向かって弾丸をばらまく無差別攻撃に入ろうとしている!

 口の中が干上がるようだった。


「チッ!」


 すでに50メートルラインを超えた危険域。弾丸の回避が間に合わない死の領域。そもそもここを突破するために死力を尽くしてきたというのに――


 下がるしかない。そう考えた瞬間だった。

 なぜか4つの銃口が明後日の方向へと縫い留められる。


『おいおい、この俺がこんな下らない悪あがきを想定していないとでも思ったかよ!』


 ヘッドセットからの声とともに、銃撃の音の中に聞いたこともないような高音域のモーターの駆動音が耳に飛び込んでくる。

 火翅がマニュアル操作に切り替えたのであろうドローンの一機。

 それが限界を超えたスピードでミラーを潰されていない左側へ特攻していた。


『古典的だがおとり作戦だ! 馬鹿そうなツラ晒すクソ野郎には有効だろうよ。長くはもたねーからさっさとケリつけろ!』


 聞き終わるまでもなく飛び出していた。

 追い越し車線を全速力で疾走する。残機を一つ減らされるわけだが、文句はない。むしろ使い倒してくれてありがたかった。


 ターレットを追い越し、牽引車の真横まで躍り出る。ひしゃげたサイドミラーに突き刺さって、愛刀が私の帰りを待っていた。

 飛びついて引っこ抜き、そのままの勢いで空中へと身を投げ出す。ちょうど真下にトレーラーがくる形だ。

 こちらも命がかかっているので最速で終わらせる。

 ふうっと息を吐く。


『終わりだな』


 そんな声が聞こえた。


 そのまま刀を構え、落下と同時に横一文字に振り抜いた。

 牽引車のヘッドから後部まで。冷気はいらない。必要なのは切れ味だ。余計な力を極限までそぎ落とした、撫でるような一刀。


 音もなかった。武装トレーラーは切られたことにも気づかずに走り続ける。

 トンっと着地して、添える。


「寒月」


 遅れて、縦に真っ二つ。

 視界の向こう、左右に分かたれた幻想の残骸は夜闇に爆炎の赤い花を咲かせる。


 頬を撫でる爆風の余韻が爽快だった。

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