第1話 夢と少女と捜すモノ
『貴方の捜している物は、何ですか?』
光が地面から空に堕ちる、そんな現実世界では在り得ない空想の中、俺の前の少女は、俺に尋ねる。
地面に腰を下ろしていた俺の前に、白いワンピースを着た黒髪の少女の立ち姿がはっきりと見える。でも、彼女の表情は、まるで見えない。見えているのは、顔の鼻から下半分。
『さぁな。』と俺は言って顔を上げる。少女の顔は、それでも見えない。でも、なんとなく彼女のココロは、感じる事ができた。きっとそれは、『失望』に近いモノだっただろう。そして、彼女はゆっくりと左手を動かし、俺の左目の上にそっと、それを乗せる。
『本当に?』
『ああ、別に失くしたもんなんてないしな』
『じゃぁ―――――。この眼はもう、要らないね』
そう彼女が言葉を言い終わった後の記憶は、ない。
★ ★ ☆ ☆
「・・・・・音夜。生きてる?」
その声に俺は、ハッと覚醒する。目の前にはこの部屋の主である、『井上 元』が不敵な笑みを浮かべている。
「ああ、生きてるよ。取り合えずは、な」
「そう、よかった。君が死んだら、ボクの楽しみが減っちゃうからね」
そうだ。思い出した。此処はコイツが入院している部屋だ。そして、俺こと『神崎 音夜』はただ今、コイツのお見舞い中。こんな感じだ。ちなみに、なんでコイツが言う『楽しみが減る』というのは俺に会えないからではなく、本人曰く『俺』という唯一の外界と自分を繫げるものがなくなるから、だそうだ。ここには、病院には有るまじき事に、テレビが置かれていない。俺以外に見舞いに来る奴もいない。従ってコイツは俺が居ることで、か細いながらも、外界と繋がっているらしい。
「・・・・・・また、この前の夢のこと?」
しばらく黙っていた俺を不審に思ったのか。元が口を開く。
「・・・ああ、そうだ」
「・・・・いい加減、忘れなよ。君の左目の視力が無くなった
のが、その夢を見た後だからって気にしすぎだよ。」
そう。俺は今、左目の視力を失っている。気付いた時期は冒頭に書いた話の夢を見て直ぐの朝。爽やかな起床と同時だった。
「気にしたくもなるさ。いや、むしろ気にするなという方が無理だ」
「・・・まぁ、先天的だったボクに比べて、後天的だった君の方が不幸だけどさ・・・・」
そう言って、元は手で布団を捲り上げた。そして、俺はまた、思い出す。コイツも体の一部を失っている人間なのだ、と。コイツの場合は、両足だ。産まれながらに足を失っている。つまり、コイツは自分の足で歩いた事が無いのだ。太ももの半分から下。それがコイツには与えられなかった。それだけでも十分に不幸だ。なのに、コイツは、俺の方が不幸だという。
「どうしてそう思う?」
「だってさ、今まであったものがなくなるのってさ、人にとってそれはそれは苦痛だと思うもの。それに比べて、ボクは歩いた事なんて無いからさ、『まぁこんなもんだろう』って感じで納得してんだよねぇ」
「・・・お前、自分の足で歩きたいとか思わないわけ?」
「うん。全然これっぽっちも。だってしんどそうだし、面倒だろうからさ。」
「変わってるなぁ」
「それは、どこかの誰かさんには言われたくないなぁ。夢から覚めたら視力を失ってましたーなんて言うどこかの誰かさんには、さー」
「・・・ホント、何時からこんな腑抜けになんたんだか」
とホントに呆れている俺に、元は然も可笑しそうに笑う。
「ククク、やっぱり君と話していると退屈しないな」
はいはい、そーですか。こっちは真剣に悩んでんだから、もうちーと気ぃ使え。
「それでさ、さっきの夢の話に戻るけど、退屈がてら色々考えてみたんだ。」
うわ、気ぃ使えとは思ったけど、いきなり気ぃ使いやがった。
「多分、というか絶対に、その『少女』は、こう言いたかったんじゃない。『捜し物が見つかるまで、この眼は預かる』ってさ」
それ、結構暴論だと思うぞ。
「・・・・捜し物、ねぇ」
「そ。ある有名な偉人はこう言ってたらしいよ。『人は、生まれながらに己に欠けたモノを捜す為に生まれてくるんだ』って。それと照らし合わせたら、筋が通るし。」
「・・・つまり、俺にとって欠けているモノを捜せ。でないと、視力は返してやらないってことか?ハン、馬鹿馬鹿しい」
「そう馬鹿にできる話ではないよ。実際にそう考えると、あらゆる心理的理論が成立するんだよ。例えば、恋愛。その人が『愛情』に欠けている。だから、他人から『愛情』を貰おうとする。でも、そうそう都合よく与えられる訳もない。それでも飢えていることに変わりないわけだから、執拗に求め続ける。てな感じで、そう聞くと納得できるでしょ?」
「人並みには」
実際はどうでもいい。そんな事。
「まぁ、ボクにはどうでもいいことだしね」
だったら、長々と語るな。
「・・・じゃ、その言い分通りだとお前にも欠けているものがあんのか?」
「当然だよ。この世界にいる以上、完璧なんてモンは存在しない。でも、完璧に程近いものは存在する。ボクの場合、それが当てはまるんだけどね♪」
「・・・何言ってんだ?お前。仮にそんなモノがあったとして、お前がそうだという証明にはなんねーだろうが」
「分かってないなぁ。いいかい、ここで言う『完璧』とは満ち足りている様の事を指すんだ。個人の能力値ではなく、ね。でも、神様ってのは意地悪でね、否嫉妬深いって言った方があってるか。とにかく、完璧が生まれそうになると、絶対に修正不能な欠陥を負わすんだよ。生まれる前に」
と言って元は、自分の足に目を向ける。なるほど。こいつの言いたい事が判った気がする。
「そうか、先天的に足を失っているお前は、歩くと言う自由がないから、その点に措いては決して満たされない、てことか。」
なるほど、それが真理かどうかはさて措きとして、コイツの言い分には一理ある。コイツは足を失ってはいるが、不幸を感じているわけではない。むしろ幸福だと思っている。だから、そこに一つの、たった一つにして、修正不可能の欠陥を与えた、ってことか。
「分かってもらえた?多くの人は『心』の欠陥だけど、完璧に近い人は『肉体』に欠陥が及ぶってわけ」
「納得はするが、信じたくない事だ」
「まぁ、一般的な見解はそうだろうね。ボクもさ、君の夢の話を聞くまではそう思っていたもの。でも、その話を聞いて確信した。きっとこれが真理なんだって。だから、君には感謝しているんだよ?これでも」
「はいはい、そーですか」
そうは、思わねーけどな。
「あ、そうそう。ここから話すことは別に聞き流してくれて構わない。嫌なら耳も塞いでくれていい。ここからは自己満足に、自分の見解を語るだけだから」
そうは言っても、耳を貸してしまうのが、人間って奴さ。下らなかったら笑い飛ばしてやろう。
「夢の中に出てきた少女は、君に完璧になってほしかったんだと思う。理由は分からないけど、そう感じる事ができた。だから、君は捜さないといけない。自分の欠けているモノを。少女の為にも、音夜自身の為にも。それが、君の生きる目的だから」
「そう、断言されても困るっつーの」
「ククク、これはボクの願いでもあるんだよ?ボクの登ることのできない至高の頂きを、君は登ることができる。そこに立てたら、君の口からではあるけれど、ボクもその頂きに立つことが知識として体験できるからさ」
「・・・・・・気が向いたら、な」
そう言って俺は、椅子から立ち上がる。元が『もう帰るの?』と言うが、俺は頷く程度の応答しかしない。完璧になる、か。当ての無い旅は、あんま得意じゃねーけど、嫌いじゃない。そして、もし、俺がそこに至ったのなら、コイツに大いに自慢してやるさ。
「・・・・・じゃ、また後ほど」
「うん・・・・・バイバイ。また後ほど」
そうして俺は、この部屋から退出した。
読んで頂きありがとうございました。
四月の第1号です。これから月一では、ありますが、頑張って更新していきますので、どうぞご贔屓に。