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9話 ランデブー

  【side 柊結花】


 撮影は滞りなく進み、監督と数言やりとりしているスタッフさんが会話を切り上げてから顔をこちらに向ける。


「撮影終了でーす! お疲れ様でした!」


 その一言をきっかけに、現場に張り詰める緊張感が無くなった。

 私は役者とスタッフの方々に挨拶をして回る。


「結花ちゃん、今日も完璧だった! そろそろ主役もいけそうかな?」


 監督は豪快に笑いながらそう話す。


「ありがたいお言葉を頂けて嬉しいです。でも私は主役より脇役向きの役者です。なにより主役を引き立てることは楽しいですから」


「バイプレイヤーを目指しているって訳か……。若くて今が旬だってのに珍しい考えを持っているなぁ。この後打ち上げがあるんだけど、君はどうする?」


「未成年の私がお酒の席にいたら、皆さん遠慮してしまうでしょう。お誘いはありがたいのですが、今日は用事もありますし辞退させていただきます。クランクアップの際は参加させていただくので、その時はよろしくお願いします」


「分かった分かった。お疲れ様」


 監督は手をひらひらと振りながら、他の役者の元へと向かう。

 私はその姿を見届け、一礼したあと役者に割り当てられた個室へと向かう。

 この歳で大部屋ではなく個室を割り当てられていることが、自分がそれなりのステータスを持っていることの証明となる。でも慢心はしないようにしている。そういう傲慢さは得てして様々な失敗を招く。

 嫉妬、嫌悪、憎悪、対立……そして最終的に舞台から降ろされてしまう。だから私は自分を律する。

 でもそれは『柊結花』であるときだけ。


 吉田マネージャーも挨拶回りをしていたようで、私が着替え終えた頃になってから個室にやってきた。

 スタジオの廊下を2人で歩き、駐車場に出て送迎用の車に乗り込む。エンジンが掛かった車は軽い振動を伴いながら発進した。


 帰ってBtHOにログインしたら彼が待っているだろうなあ、とか……そんなことを考えながら窓の外に広がる夜景を眺めていた。


「あら? 結花さん、撮影で楽しい事でもあったの? 表情が柔らかいわよ」


「……えっ?」


 吉田マネージャーはバックミラー越しに私の表情を見たのかな? 慌てて私は化粧ポーチから手鏡を取り出し、自分の表情を確認する。すると口角が若干上がっていた。


「そうですね」


 嘘。撮影で楽しいことがあったわけではない。現場では主役の魅力をどれだけ引き出すか、それだけを考えていた。確認した訳ではないけど眉間に皺が寄っていてもおかしくなかったと思う。

 じゃあ若干笑顔になりかけていた理由は何かって言われると、私はその原因に心当たりがあるので簡単に当てられる。というか私しか知らない、その元気の源。


 彼のせいだ。あの仮想現実の先にいる、優しさの塊のような男性のせい。

 早くユウに会いたいな。


 自宅まで送迎してくれたマネージャーさんに礼をして、車が発進したのを見届けてから玄関のドアを開ける。


「あら、おかえりなさい。撮影はどうだったの?」


「ただいま。撮影はまあまあかな。お父さんは残業?」


「ええ、繁忙期だからでしょうね」


 大人は大変だなとか思いながら、ちょっと遅めの夕食を摂る。お母さんは私が出演しているドラマを観ている。恥ずかしいからやめてほしいと思う反面、きちんと娘の私のことを見てくれているんだなっていうありがたさも込み上げてくる。

 食器を洗ってから自室に戻り、宿題をこなしてからVR機器を手に取り、それを頭に装着してベッドに横たわる。次第に意識はまるで水の中に沈むかのようにゆっくりと落ちていき、現実世界の私は睡眠時に近い状態に陥った。

 でも意識ははっきりしていて、私はいつものようにVR機器にインストールしてある数あるアプリの中から、BtHOのアイコンを選んでタップする。


 次の瞬間、喧騒に包まれる空間に飛ばされた。様々な傭兵が行き交う格納庫入り口だ。

 フレンド一覧を見るとミリアとユウがオンライン状態でいた。彼らがいるエリアも表示されている。ご丁寧に2人とも同じ場所にいるみたい。


『第6区画のシミュレーター施設で遊んでる』


 ユウからそんなメッセージが届いた。きっとフレンドがログインした際に表示されるメッセージを見て、気を遣って私に位置を教えてくれたんだろう。

 私はファストトラベルでそのシミュレーター施設へと飛んだ。


 受付で必要事項を記入し、筐体が置かれている区画へと向かう。その隅っこの方でミリアがシートに座り、その横にユウが立っていた。だけど何やら騒がしい、彼らは何かを話しているみたい。


「やっぱり飛べませんって!」


「諦めるな! 諦めたらそこで終了だぞ! ほら、頑張れって、やればできる。ミリアは出来る子なんだ……! そこをダーッ! っと行ってグアーッ! っとやるんだ!」


「さっきより説明が雑になってるじゃないですか!」


 彼女達、何やってるのよ……。若干呆れつつ私はユウの隣へ向かう。

 すると2人とも私が来たことに気づいたみたい。ミリアはシステムをシャットダウンし、シートから離れて私に抱き着いてきた。


「ホリーさーん。ユウさんったら酷いんですよ」


「ユウ。貴方、まさかこんなかわいい子に……」


「まて、なんか冤罪の匂いがする。せめて1回説明させてくれ」


 彼はぽつぽつと話し始めた。要約するとミリアが『私も空を飛びたいんです!』とユウに言い、彼はそれを了承してシミュレーターで飛び方を教えていたみたい。最初は論理的な説明をしていたけど、それでもミリアは何度も墜落するものだから感覚的な……言い方を替えれば雑な説明になっていったみたい。


「そもそも何でユウさんは飛べるんですか?」


 それは私も疑問だった。あれは初心者の動きじゃない。実はトップランカーのサブアカウントだと言われても不思議ではない。


「多分だけど、小さいころレースゲームをやっていたからだと思う。ハンコンとフットペダルとシフトを使うガチのやつ。親父の趣味なんだよ」


「ああ、なるほどね」


 彼の繊細なフットペダル捌きはそこからきたのだろう。


「私も飛び方を教わりたいわ」


「ホリーさん、大丈夫ですか? こう見えてユウさん結構鬼教官ですよ?」


「俺の評価酷くね? お前そんなこと考えながら飛ぼうとしてたのか」


 そんな彼らのやり取りを横目に、私はシートに座ってシミュレーターのシステムを立ち上げる。

 機体をドランガ、武装をスナイパーライフルと単発式誘導ミサイルにし、オプションにアンチミサイルシステムを積んだ。

 他の傭兵さんが乱入してくると困るので、ローカル・マッチングにした。


『System All Green』


 視界が開ける。今回のステージは地上を模した起伏の激しい場所みたい。


「とりあえずスロットルレバーと操縦桿の操作は俺が手伝うから、ホリーはフットペダルの操作に集中して」


 彼はそう言って操縦桿を握る私の手に重ねるようにして手を置いてきた。

 心臓が高鳴る音が聞こえた。それと同時にVR機器から警告音が鳴る。


「ちょ、ちょっと待って……!」


「わかった」


 私は視界の隅に映るVR機器のオプションを操作し、心拍数を確認する。すると心拍数が140まで跳ね上がっていた。運動をしたわけでもないのにどうして……という疑問すら湧かない。理由は分かり切っている。

 ユウと触れ合ったからだ。


 演技で男性の役者と触れ合った時ですらこんなにドキドキしたことはない。私の体は一体どうなってしまったのだろうか。

 深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとする。


「多分もう大丈夫よ」


「無理しなくてもいいんだぞ?」


「いいのよ。これは私の我儘。ユウが見ている世界がどんなものなのか、私も見てみたい」


 彼らといるときだけ柊結花から解放される。我を出しても誰も咎めない。自分らしくあることが出来る。

 先ほどと同じようにユウの手が私の手を包み込むけど、ちょっとびくっとしたくらいで済んだ。


「ミリアの時もそうだったんだが、飛行時横にブレたときにリカバリーしようとして進行方向のフットペダルを踏み過ぎると逆側に吹っ飛んで墜落するんだ。だからリカバリーするときはフットペダルをやさしく踏んでくれ。それで墜落したら徐々に強く踏み込んで、それを正解が分かるまで繰り返すといい。って訳で墜落前提の飛行訓練になるけど大丈夫か?」


「ええ、分かったわ。大丈夫」


 そして飛行訓練が開始された。スロッルレバーと操縦桿は彼が補助してくれるから大丈夫。大丈夫なんだけど私の心のほうは内心大丈夫じゃない。まるでまだ運動中のように心臓が早鐘を打つ。

 きっと彼のことを異性として意識しているんだろうな、とか他人事のように考えていた。でも実感が湧かないのも仕方がないことだと思う。だってそれがどういうものなのか私は知らないし、知るのが怖い。

 彼の顔の造形を手で触って確認した時、キャラクタークリエイト時に仮想アバターを造形した際に出る特有の歪さがないことに気がついた。これは多数のVRゲームをプレイして得た経験論。だからユウの顔はリアルのそれをスキャンして取り込んだものだと思う。

 そう、だからその彼の幻影を求めて現実世界でも行き交う人の顔を眺めている自分がいる。


 飛行訓練の方は難航していた。ユウの言う通り、私は何度も墜落する。それはフットペダルの踏み込みが足りなかったり、また踏み込み過ぎたりするのが原因。彼はスラスターと操縦桿を操作して姿勢制御を手伝ってくれるけど、それでもそらを飛べない。

 でも私は意固地になっていた。絶対に飛んでやるんだから。


 これが実機なら全損待ったなしだったかもしれないけど、シミュレーターならいくらでも無理が利く。でもそのいくらでも修理可能な機体とは相反して、私の精神は徐々にすり減りつつあった。


「ここら辺でやめて、また今度挑戦するか?」


 ユウがそう声をかけてくれる。彼は優しい。優しいけど、その優しさに甘えすぎるのはいけない。自分の芯が曲がってしまう。だからやると決めた以上、とことんやる。


「いいえ、まだ続けるわ」


 その意地が功を奏したようで、機体は若干バランスを崩しながらも、徐々に上昇していった。


「いいぞ。その調子」


「……っ!」


 今の私に返答する余裕はない。

 ユウはゆっくりと左手にあるスロットルレバーを押し込み、機体を前進させてくれた。私の方はというと、その移動に気を遣う余裕もなく、せわしなくフットベダルの踏み加減を変えて微調整する。


「少しずつ下降して着陸してみて」


「……分かったわ」


 私はフットペダルを徐々に浅く踏み込み、減速しながら下降していく。機体は難なく着陸した。

 これは私に才能があるからできたことではない。彼が手伝ってくれて、きちんと飛び方を教えてくれたから出来たことだ。もしあの時にユウと出会えなかったら、私は一生空を飛ぶことが出来なかった気がする。


「お疲れさん。じゃあついでに俺もシミュレーターを起動するか。ホリーはまだ飛行時のスラスターと操縦桿の操作のコツを掴みきれてないだろ?」


「そうね。それじゃあ先導お願い」


 手の方まで意識が回らなかったのは貴方のせいでもあるのよ、と言いたかったけど飲み込むことにした。この気持ちはもうちょっとだけ私だけのものにして、育みたい。


 正面にユウのPTトレーナー改修機が出現し、隣まで歩いてきた。そして、彼の機体はスラスターを吹かせてゆっくりと上昇する。私もそれに倣い、フットペダルを踏み込んで彼の後を追う。

 私たちのほかに誰も居ない空。そんな空を2人で飛べていることが何よりも嬉しかった。


「ふあああ……! ホリーさんも飛んでます」


 ごめんなさいね、ミリア。先に言いだしたのは貴方なのに、私が彼の隣を奪うような真似をしちゃって。

これにて1章終了です。

今回の話は実質幕間です。

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