8話 辛酸
「ゲラルド。俺が殿を務める。ミリアを逃がしてやってくれ」
『でも、それじゃあユウさんが……!』
『嬢ちゃん、皆まで言うな。男にはカッコつけなきゃいけない場面ってのがあるんだよ』
「そういうこと。機動力は俺が一番高い。ある程度したら逃げるから安心してくれ」
『んじゃ頼むぜ、羽付きが伊達じゃないってところを敵傭兵に見せてやれ』
『……っ! 私じゃまだ足手まとい……。分かりました、EVACポイントまで後退します』
ゲラルドとミリアがEVACポイントへ向けて全速力で移動したのを見てから、俺は敵機の方を見直した。そこに佇むは、1機のパーソナルトルーパー。
HUDには敵機名がミラルジーナと表示されている。敵の情報を集めるべくすぐさま検索を掛ける。ヒットした。
ミラルジーナ、M&P Inc.により開発された重量級。Aランク機体……。
冷や汗が頬を伝う。でもやるしかない。俺は円機動を取りながらアサルトライフルで弾をばら撒く。しかしいくら当てても敵機は慄く様子はなく、そんなものをお構いなしにこちらに突撃してくる。
瞬間、一筋の光。俺はフットペダルを思いっきり踏み、空中に退避してそれをギリギリのところで回避した。
PPMG(Particle projection mechanism gun)だ。所謂ビームライフル。
まずい、低ランク機体は実弾には強いが、エネルギー弾にはすこぶる弱いという特性を持つ。直撃すればベイルアウトは免れないだろう。
戦うのは悪手か。そう考え逃げようとするが、敵機と自機の推力はほぼ同じであった。スラスターを増設した中量級で重量級から逃げているのに、こうも差がないものか。機体のランク差というものを思い知った。
背後からビームの光が何発も飛んでくる。それを飛行しながらすんでのところで回避するが、こちらには敵機に対抗する手段がフォトンブレードしかない。しかし機動力の差がほぼ無いという時点で接敵する術がないので、フォトンブレードの刃が敵機に届くことは無いだろう。
『ユウ!』
この声はホリーか? 何故ここにいる。それも、何故、このタイミングで……。
彼女はスナイパーライフルから数発弾丸を発する。それらがミラルジーナの胴体に命中するが、装甲が分厚くて貫通しない。しかし効果はあったようで、敵はドランガに照準を合わせる。
「まずい!」
俺はフォトンブレードを起動して敵機目掛けてぶん投げ、ドランガとミラルジーナの間に機体を滑り込ませた。
後方から青白い光が迫る。それは俺のPTトレーナー改修機を貫いた。計器が各部の異常を表示する。特に左腰部の損傷が激しい。ビームの余波がジェネレーターに伝わったらしく、機体はシャットダウンしようとする。それをオーバーライド・ボタンを押して緊急シャットダウンを無効化する。
機体の各所から悲鳴が上がっているが、それでも戦う意思があることを敵に伝える。その為に立ち上がって振り向いたのだが……敵は不思議そうに右腕部を見つめていた。
投擲したフォトンブレードが敵のPPMGを破壊したらしい。
攻撃手段をなくした敵機は、まるで元から興味が無かったかのような動作をしながら俺らに背を向け、どこかへと逃げ去っていった。
その時、再度警告音。どうやらジェネレーターが限界らしい。俺はすぐさまシート横にある緊急用レバーを引き、ベイルアウトする。体に凄まじいGが体にかかったかと思うと、パラシュートが開くころには下方で爆発が起きていた。
地面に着陸したところで、俺はシートベルトを外し、ホリー機に向かって手をぶんぶん振って大声を出す。
「ホリー! 乗せてくれー! あっ、ちょっ、デクストが来てる……! 食われるのは嫌だから早く頼むー!」
* * *
今現在俺はホリー機のコックピットに2人で乗っている。機体の操作はホリーがしている。
「なんで私を庇ったの?」
「体が勝手に動いたからとしか言えない。正直言うとホリーが来てくれて助かった」
「慰めはいいよ」
「本音だよ。タイマンじゃ間違いなく負けてた。ホリーが隙を作ってくれたから相手の武器を壊せた。たまたまだけど」
「……そういうことにしとくね」
「とりあえずお互い納得がいっていないみたいだから再度言うぞ。俺がホリーにしているのは感謝。でもホリーは自分が悪いと思って悔やんでいる」
「そうね」
そういうと、彼女は操縦桿から手を離して両手で頬をパンッ! と叩いた。
「いつまでもうじうじしていても仕方がないわね。切り替えなきゃ」
「そうだな。そっちの方がホリーらしい」
ホリーは機体を停止させこちらを向いてくる。だが何も言葉を発しない。何この時間。
どのくらい時間が経っただろうか。それは分からないがしばらくしてからホリーは前を向き直しスロットルレバーを押し込んだ。
「何今の」
「別に」
マジで何なんだよ、さっきのやり取り。
* * *
EVACポイントで機体を回収して貰い。俺らは格納庫へ戻ってきた。コックピットから男女が2人降りてきたのが珍しかったのだろう、通りすがりの傭兵が口笛を吹いたりメカニックに茶化されたりしたが、俺らは気にせず格納庫入り口へ向かう。だが、ホリーと仲違いせずに済んだ一方で新たな問題も出てきたわけで……。
「おう。ユウ、帰ってきた……か、彼女?」
「違うわ。ボケなくていい。この子はホリー」
「はじめまして、ホリーよ」
「はじめまして。俺はゲラルド。でもよ、ほら、お前のシャツをちょこんと摘まんでるじゃねえか。どうみても脈ありじゃん?」
「これには事情があるんだよ」
ということでミリアとゲラルドが退却した後の一部始終を説明する。
「奴さんはミラルジーナだったか。運が悪かったな。対人戦に手を出すやつはそれなりの装備と技量を持っている。ユウに足りないものは装備だったわけだ」
「その辺は課題なんだけどな。でも金がない以上仕方がない。当分はグレードダウンしたPTトレーナー改修機を使用するつもり」
「そんなにお金がないんですか?」
「3回くらいならベイルアウトしても問題ないくらいにはあるよ。ただフライトユニットが高いんだよ。あれ欲しいけど今の所持金だとギリ手が届かない。中古品も出回ってないみたいだし諦めるしかないかなって」
「お金の件ならどうにかなるかと。先ほどゲラルドさんとデクスト退治のミッション報酬を3分割しようって話をしていまして」
「その3人って俺も入るの?」
「入りますよ」
棚からぼたもち、やったぜ。俺ら3人は端末を操作し、ミリアがミッション窓口に報告をしたところで俺の口座の金額が変動した。
残高129万BILL、61万BILLも増加したことになる。その残高を眺めながら機体・パーツ販売窓口へ向かう。その間もホリーは俺の服のすそを掴みながらついてくる。……本当に吹っ切れたのか? 心配なんだが。
前回のオプションと同じ条件で機体を購入したが、前回より若干高くついた。出費は80万BILL、残ったお金は49万BILL。
「ごめんなさい。私が遊びに誘ったから……」
「気にすんなって。あんなのただの偶然だよ」
俺はそう言いながらミリアの頭を撫でてやる。
「わわっ!」
彼女はくしゃくしゃになった髪を整える。
その後、ゲラルドは俺らとフレンドコードを交換し合い、ログアウトしていった。
ミリアも一礼しながらログアウトする。
「あの、ホリーさん……?」
「何?」
服のすそを掴んだままのホリー。
おい、これどうすればいいんだ。助けてじっちゃん!
日付を跨ぎそうになるまで短い言葉でやり取りしながら、俺らは格納庫入り口に立っていた。