7話 デクスト・ネスト
さっきドラマを見ていたんだがな、画面の向こうに彼女がいたんだよ。誰かって? ホリーだよ。髪の毛の色こそ違うものの、顔が瓜二つで吃驚した。
ホリーのやつ、適当にキャラクリしたとか言ってたけど違うじゃん。おそらくだが女優の顔つきを再現すべく、本気でキャラクリをしたのだろう。そりゃ美形にもなるのも当然だ。
画面に映っていた彼女の性格はよく分からない。ドラマでは役を演じるから素の性格は出さないだろうし、配役一覧を見て芸名を確認したあとにネットで検索してみたが、どうやらバラエティには出ないタイプの女優だそうだ。よって彼女がどんな人物なのか把握できない。
ということでホリー=柊結花という線も捨てきれないが、そもそも芸能人が素の顔でVRMMOをやるか? という疑問符が脳裏にこびりついて消えないので、俺は別人説を推したい。
バッテリーで省エネ起動しているVR機器から光が発せられる。何かしらのアプリ経由でメッセージを受け取ったことを知らせるランプの光だ。
アプリっていってもBtHOしか入ってないからな。多分メッセージの発信者は運営かホリー、ミリアの三択だ。ただ第三者によるメッセージが来る可能性もあるが……接点がないのにメッセージだけ飛んで来たら怖いな。
俺はヘッドギアを装着し、ベッドに横になる。次第に意識は薄れていき、仮想現実の世界へとダイブした。
アプリ一覧に表示されているBtHOのアイコンの隅っこにはメッセージが一件届いていることを知らせる数字が一つ。
内容が気になるので、ホリーがログインするまでまだちょっと時間があるが、俺は先にログインすることにした。
結論から述べるとメッセージの送り主はミリアだった。
『一緒に遊びませんか?』
という簡潔な一言。メッセージの発信時間はおよそ1時間前。ホリーのそっくりさんが出ているドラマを見ていたからな。待たせてすまん、ミリア。
『すまん、テレビ見てた。今からなら遊べるぞ』
するとすぐさま返信が来る。
『今ミッションを受けていて地上にいるんです。手伝ってくれませんか?』
『分かった。これからパーソナルトルーパーに乗って地上に出る』
そう返答したところで格納庫へファストトラベルする。
すぐさま俺のPTトレーナー改修機を呼び出し、コックピットに乗り込む。
『System All Green』
機体はきちんとメンテナンスされているようで、まるで新品の機体を扱っているかのような感覚に覆われた。
昇降機経由で地上に出て、オープンチャンネルで声がけする。
「ミリアー。聞こえてたらIFFの信号飛ばしてくれ。どこにいるか分からん。こっちも送っとく」
『ユウさんですね? 私はC2辺りに居ます。IFFの信号を送っておきました』
ちょっと遠いな。レーダー上に青いアイコンがある場所を確認しながら巡航速度で移動していたが、もしかしたら彼女は戦闘中かもしれないし急ぐに越したことは無い。
スロットルレバーを押し込み、フットペダルも踏み込む。俺のパーソナルトルーパーは飛行し、全速力で目的地へと向かう。その道中で見知らぬ傭兵の音声が何度か耳に入ってきた。
『パーソナルトルーパーが空を飛んでいる!?』
『そこの羽付き、飛び方教えてくれよー!』
「急いでいるんでまた機会があれば」
そんな感じで声がけしてくれる傭兵たちを尻目に飛行を続ける。
しばらくすると、時折くぐもった発砲音が聞こえてきた。もう目的地までそう遠くはない。
眼下にはスラスターを吹かせて後退しながらライフル弾を発射しているダリルLが見えた。ミリア機だ。彼女は複数の猫型のデクストに追い回されていた。1体、また1体とデクストは撃ち抜かれ、ポリゴンの欠片をまき散らしながら消えていく。しかしミリアは徐々にデクストに追い詰められつつあった。
ようやく有効射程内に入ったのでアサルトライフルのトリガーを引く。ダダダッ! という射撃音とともに弾丸がまき散らされ、猫型のデクストが2体ポリゴンの欠片へと化した。
残る2体のうち、1体をフォトンブレードで両断して、残る1体をシールドバッシュでかち上げた。
その空中で無防備になっているデクストに対し、ミリアが射撃。見事にデクストを撃ち抜いた。
「これで終わりか?」
『それが……先ほど誰かがデクスト・ネストを活性化させて撤退したようです。なので、ここら辺はデクストだらけになっているみたいです』
「そりゃ災難だったな。ネストの位置は分かるか?」
『南西の方角にあります。レーダー上にある赤……真っ赤ですね、これ。その中心部にあります』
「分かった。俺は飛べるからネストだけ潰してくるわ」
『お願いします』
俺は南西に向かって飛行し、巣穴を探す。下には夥しい量のデクスト。うわぁ……現実から目を背けたい。とりあえずそのデクストらは放置しておく。
巣穴を発見したので、デクストの発生源らしいオブジェクトをアサルトライフルで徹底的に攻撃する。バチュン! という音を立てながらそれらは破裂していった。
巣穴のデクスト発生源を全部潰したことを確認してから俺はミリアのもとへ戻る。
「ネストは潰した。これで異常発生は止まると思うんだが……あの大量のデクスト、どうする?」
『放っておいたら私みたいに巻き込まれる人が出てくると思いますよ』
下手すりゃトレインとMPKに発展するな、あれは。
『ユウさんの腕前なら全部倒せるんじゃないですか?』
「俺は超人か何かか。弾が足りんから無理」
『弾があれば可能なんですね……』
そりゃ推進剤と弾薬が持つ限り空中から一方的に攻撃できるからな。
『オープンチャンネルで他の傭兵さんに声がけしてみます。……すみません、この音声が聞こえている傭兵の方がいたら手を貸してもらえないでしょうか? 現在マップ上のC2エリアにおいてデクストが大量発生しています。報酬とかは払えないのですが、それでもいいという方がいたらデクストの殲滅を手伝ってください』
応答はなかった。仕方がないので俺ら2人でデクストをちまちまと攻撃して倒していく。そんな小規模な戦闘をしていると、様々な箇所から発砲音が聞こえるようになってきた。
その射撃音は少しずつネストがあった場所へと近づいていき、レーダー上の緑のアイコンが俺らのもとに集まってきたときには自然と連携を取りながら戦闘を行うようになった。援護に駆け付けた友軍は6機。
トリガーハッピーのように銃弾をばら撒いている機体も居れば、堅実に1体ずつ狙撃している機体も居た。中には誘導ミサイルしか搭載していない機体も居た。
デクストを粗方殲滅したところで通信が入る。
『ありゃっしたー。ドロップ美味しいっす』
『デクスト・ネストを活性化して放置する遊びが流行ってるから気をつけてね』
『皆さんおつかれっす。んじゃお先に失礼ー』
各機はそう言い残し、その場から離れていく。しかし1機の重量級だけその場に残る。誘導ミサイルしか搭載されていない機体か。
『お前ら、大丈夫だったか? ギリギリのところで駆け付けた俺が言うのもあれだけどよ』
「問題ないっすよ。おかげで助かりました」
『そんな畏まった言い方しなくて良い良い。俺はゲラルド』
「んじゃいつも通りの話し方にする。俺はユウ。彼女はミリア。助かったよ、ゲラルド」
『気にすんな』
モニター越しの彼はニカッと笑みを浮かべる。陽キャっぽいなというのが第一印象。
『んで、本題なんだけどよ。お前ら、どっかの企業のミッション受けてるか?』
俺はミリアに目配せする。彼女は軽く頷いた。
『まさかハリス・インダストリーのミッションじゃないだろうな?』
『そのまさかです。もしかして、何か問題でもあるのですか?』
『ああ、あるんだよ。ハリス・インダストリーは今M&P Inc.と対立しているんだよ。んで、起こっているのが企業間紛争ってわけ。そして問題なのがM&P Inc.のミッションを受けた傭兵どもがその辺をうろついていること。ミッションの内容はハリス・インダストリー所属機体の撃破』
その言葉と同時にゲラルドはミサイルハッチを解放し、誘導ミサイルを大量に発射する。そのミサイルは遠方で爆発した。
『やっぱ嗅ぎつけてきやがったな。おい、ユウ、ミリア。早くIFFの信号を寄越しやがれ。援護してやるよ』
俺らは急いでゲラルドに信号を送った。