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6話 ネックレス

 現在20時45分。俺は地下都市に点在する噴水の一つに目星をつけ、その前で黄昏ていた。

 昨日ホリーがスキンを購入したいと言っていた。BtHOはロボゲーなのにお洒落する意味ってあるのかな? って若干思いもしたが、どうやら一般的な感覚とずれているのは俺の方だったらしい。

 街を行き交う人々は様々な格好をしていた。それも男女問わずである。おそらくではあるが、スキンはそこまで高価なものではないのだろう。だからスキンは気軽に手に入るし、何より自分らしさを主張できるアクセントとなる。

 VRMMOによってはスキンガチ勢とかもいるみたいだしな。仮想現実とはいえ、お洒落をするのは楽しいのだろう。


 ふと噴水の中を覗いてみると、そこには大量のコインが入っていた。観光名所かな?

 先に服飾店を下見するという選択肢もあったが、やめておいた。ホリーの楽しみを奪うような無粋な真似はしない。お互いに初見のほうが楽しめると思うし。


 すると視界の隅で『フレンドのホリーさんがログインしました』というログが流れた。


『第2区画の噴水前で待ってる』


 簡潔に待ち合わせ場所をメッセージ経由で伝えておく。程なくして少し遠方で光の粒子が集まり、ホリーが現れた。ファストトラベルを使用したのだろう。昨日は格納庫でログアウトしたしな。とてもじゃないが地下都市を徒歩だけで散策するのは無謀だ。広すぎて日が暮れる。


「おまたせ」


「おう。用事の方は大丈夫なのか? それに無理して俺と行動しなくてもいいだろうに」


「用事は大丈夫。あれは夜の9時までって決まってるから。それと、好きでユウと一緒に行動しているからいいの。貴方の近くに居ると驚きの連続で飽きないし」


「さいですか」


 異性に好きで――とか言うんじゃないっての。小恥ずかしいったらありゃしない。

 俺らは服飾店に向かって歩き出す。勿論車道側は俺のポジションだ。じっちゃんの名に懸けて絶対に譲らんぞ。

 そして目的地に到着。服飾店のドアを開くと、カランカランとカウベルが鳴る。


「いらっしゃいませー」


 店員の声を聞き流しながら、ホリーはレディースのコーナーへ向かい、服を物色する。

 いくつかのブラウスやトップス、ボトムスを自分の体に合わせては、商品を元の位置に戻す。この間一度も試着はしていない。

 すると彼女はまるで最初からそれを買うことを決めていたかのように、手早く商品を数点手に取り、カウンターへ向かう。


「お買い上げありがとうございましたー」


 購入をし終えた彼女は虚空に指を這わす。おそらくアバターのスキンを切り替えているのだろう。

 しばらくしてから彼女の体が光ったかと思うと、その光は収まり新しい服に身を包んでいた。


「へえ、シンプルな服にしたのな」


「動きやすさって大事だからね」


 ホリーはカットソーにショートパンツという如何にも動きやすそうな服装をしていた。


「それにしても様になってるな……なんかモデルみたい」


「モデル()()ないわね。着慣れているからそう見えるだけじゃないかしら? さて、次はユウ、貴方の番よ」


「えっ、ちょ、待って。聞いてないんだが。おい、メンズ服を物色して押し付けてくるなって」


 俺は着せ替え人形にされた。普通の服なら分かるんだが、スーツまで着させるのは勘弁してほしかった。ネクタイの縛り方が分からんから、結局ホリーに縛ってもらったし……。新婚さんはこんな感じなのかなとかアホなことを考えながら、ネクタイを縛り終えるまで直立不動で待機していた。

 結局上は無地のTシャツにカジュアルシャツ、ボトムスは長ったらしい名前のなんとかパンツというのに決定した。だが靴はスニーカーのままにしてくれと懇願した。靴を替えると間違いなくフットペダルの操作に悪影響を及ぼす。

 会計を済ませ、早速購入した服に着替える。


「ふーん、いいじゃない。かっこいいわよ」


 その言葉に照れてしまい、俺は頬をかく。


「ホリーのセンスがいいからだよ。買い物はもういいのか?」


「そうね……ワンポイントにネックレスあたりが欲しいかしら。シンプルなもので安物で十分なんだけど」


「じゃあ宝飾店にいくか」


 俺らは店を出て、地下都市を練り歩く。車道側? 勿論俺がいる。俺の目が黒いうちは車道側は歩けないものだと思うんだな!


「貴方、モテるでしょ。女の子を泣かせるようなことをしてないでしょうね」


「濡れ衣だ。無罪を主張する。……ってアホなやり取りはさておき、全く女性と縁がないんだよなあこれが」


「ふーん……」


 ホリーは納得がいかない表情を浮かべながらこちらの顔と服を交互に見てくる。顔を見たって意味がないだろうに。偶々俺は自分の顔をスキャンしたが、造形が上手い人ならいくらでも美男美女を作り出せる。そもそも俺はイケメンではない、自分で言っていて悲しくなるが。


 宝飾店に入るや否や、ホリーは展示されているシンプルなシルバーのネックレスを指差し、購入を決めた。彼女は会計を済ませると、そのネックレスをインベントリに収納することもなく、それを俺に手渡してきた。


「ん」


「何故俺に渡す。自分用じゃないのか?」


「自分用よ。ユウにつけてほしいの」


 ここで『スキン変更画面からつければいいじゃん』と言えるほど俺は鈍感ではない。そんなことをしたらじっちゃんに怒られる。これはおそらく女性にとって意味のある行為なのだろう。

 ホリーは両手で後ろ髪をかき上げる。俺はその彼女のうなじまで手を回し、髪の毛を巻き込まないように気を付けながらネックレスのホックを掛けた。

 物理的にも心理的にもホリーと近づけたような気がした。


「……似合う?」


「似合うよ。なんていうか、ホリーらしい」


「やっぱ分かっちゃうかあ」


 彼女はケラケラと笑う。お気に召したようで何より。

 宝飾店を出たところで、歩道に蹲る人影が一つ。さすがに無視をするという選択肢を取れるほど人間をやめていないので、ホリーに目配せをしてから声をかけることにした。


「あのー、大丈夫っすか?」


 するとその人影は立ち上がり、急に俺にしがみついてきた。


「だずげでぐだざーい!!」


 先ほどの時点で厄介ごとに巻き込まれると察するべきだったのかもしれない。でも困っている人を放っておけないじゃん? 恨むなら自分の性格を恨むんだな。俺は心の中で自分にそう捨て台詞を吐いた。


 俺の購入したばかりの服は彼女の涙やら鼻水やらでべちゃべちゃになっていた。だがそんなことで怒る俺ではない。それより嘆き悲しむ理由を知りたい。原因を取り除かないと彼女の悲しみは収まらないだろうし。

 ハンカチをインベントリから取り出し、彼女に手渡す。見知らぬ彼女はそれで涙を拭いた後、鼻をかんだ。

 まあいいんだけどな。衣服等はインベントリにつっこめば綺麗になるから。

 ハンカチを返してもらった後、それをインベントリに収納し、スキン交換画面を操作して早着替えして服も新品同様に戻しておいた。


「それで、貴方はどうして泣いていたの?」


 ホリーが優しい声色で彼女に声をかける。自分より年下の子と接し慣れている人のやり方だ。


「お金がなくなりそうなんです。私、センスがないのかも。何度かミッションを受けて地上に行ったんですが、敵に弾が当たらなくて……。それを繰り返すうちに弾薬費と修理費が凄いことになって。ミッションも失敗続きで……」


「初心者あるあるね。大丈夫、それが普通なのよ。センスがないって悲観することは無いわ」


「だけど現実問題赤字続きなのはまずいな。なんで敵に弾が当たらないんだ?」


「何故か明後日の方向に弾が飛んでいくんです」


 照準を合わせるのが苦手なのかな。一緒に地上に出て確認するべきか。

 ホリーにその辺の了承を得るべく、聞いてみようかと思ったが彼女はせわしなく手を動かしていた。タッチパネルを操作して何かを確認しているのだろう。


「……あった。ちょっと遠いけどシミュレーターがあるわ。ファストトラベルでそこまで行きましょう? チャンネルが別になってはぐれると困るから、フレンド登録してもいいかしら」


「はい! お願いします! 私、ミリアっていいます」


 俺らも自己紹介を済ませ、フレンド登録をし終えた。

 ミリアとホリーが光の粒子となってファストトラベルし終えたのを確認して、俺もシミュレーターがある施設へファストトラベルする。

 その施設はまるでゲーセンのような施設だった。多数のシートとモニター、操縦桿。

 パーソナルトルーパーのコックピットと瓜二つである。本物のパーソナルトルーパーと違いがあるとすれば、プレイしている傭兵たちがインカムを付けていることくらいだろうか? コックピット内を模しているといっても本物と違ってシミュレーターのそれは開放型のコックピットだからな。音声でのやり取りを円滑に進めるためにインカムを使用しているのだろう。

 俺らは窓口で必要事項に記入をし、奥へと進む。


 ミリアはシートに座り、インカムをセットする。機体や武装、オプションを選択したところでモニターには『System All Green』の文字が映し出される。

 彼女が使用する機体は『ダリルL』というEランクの中量級だ。カリナCを開発したところが出している機体だな。武装はライフルとシールド。性能的にはPTトレーナー改修機と大差ない。


 画面上部に対戦者待機中の文字、数秒後傭兵が乱入してきて戦闘が始まった。

 これ対人戦か。AI制御の敵を相手にして赤字になるミリアがプレイヤーと戦ったらどうなるかというと、言うまでもない。一方的に攻撃されてやられてしまった。

 ミリアは泣きそうな表情を浮かべながらこちらを見る。


「ユウ」


「わかったよ。俺が的になるか」


 俺は隣のシートに座り、ミリアに対戦申請を出してからPTトレーナー改修機を選択した。武装は初期装備のライフルにシールド。フライトユニットは無しでいく。


『System All Green』


 聞きなれた合成音声を耳にしながら、隣にいるミリアに話しかける。


「とりあえず俺は動かんし手を出さんから、俺に向けて攻撃してみて?」


「は、はい!」


 ミリアのダリルLが持つライフルから数発弾が発射される。初弾は真っ直ぐ飛んできたのでシールドで受け止めたが、2発目以降は上空を通り抜けていく。この一連の動作だけで弾が当たらない理由が分かった。


「ミリア。リコイルコントロールしてないでしょ」


「なんですか? それ」


 銃は弾丸を発射時に銃口が上に跳ね上がるようにできている。そのリコイルを制御するためにあえて連射速度を落としたりするのだが、彼女はファイアレートを限界まで利用して連射している。


「1発撃ったら銃口が斜め上に上がるだろ? その銃口が元の位置まで戻るのを待ってから次の弾を打つと当たるぞ」


「試してみます」


 彼女のライフルが火を噴く。初弾、俺のシールドに当たる。暫く間を置いてから次弾、それも俺のシールドに当たった。


「凄い! 弾が当たります!」


 ミリアは気分が高揚してきたようで、何度も俺に向かって弾丸を放つ。リコイルコントロールのコツも掴みだしたようで、射撃する間隔が徐々に短くなっていった。


「じゃあ実戦形式に移るぞ。地上には武装盗賊団とかいるからな。対パーソナルトルーパー戦は慣れておいた方がいい」


「わ、わかりました」


 俺はスロットルレバーを押し込み、ミリア機を中心に円機動に移る。彼女もその円機動に意味があると察したのか、同じようにスラスターを稼働させて高機動戦に移行した。

 ミリアはライフルを構え、射撃してくるが弾は俺の横を通過してしまう。


「相手の動きを先読みして撃つんだ。視線感知ロックを使うといい」


「は、はい……!」


 彼女の飲み込みは早い、一言二言アドバイスするだけでとてつもない勢いで上達している。事実、もう偏差射撃を学習したようで俺のシールドに何発も弾が直撃する。

 そろそろこちらも攻撃してみるか。

 俺はミリア機に当たらないように射撃を行った。行ったのだが……ミリアは俺の攻撃に驚いて先ほどまでの調子の良さを失ってしまった。


「慌てないでいい。撃たれても落ち着いてこっちを狙ってくれ」


「はい。落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ……」


 アドバイスが逆効果になることを恐れたが、それは杞憂に終わった。ミリアは自機に降り注ぐ弾丸の嵐を物ともせず、的確に応戦してくる。

 ここまでくれば一人前だな。


「じゃあ次のステップに移るか。今度は当てに行くからな」


「もうさっきまでの私じゃないんです。私だって一方的にはやられませんよ」


 俺はフットペダルを踏み機体を上昇させる。……だが問題が発生する。

 重い! なんだこのぽんこつスラスター。全然速度が出ないし上昇速度も緩やかだ。フライトユニットが恋しい。


「なっ……! 空を飛ぶのは反則じゃないですか!」


「実戦じゃやったもん勝ちよ。観念するんだな」


 ある程度高度を稼いでから、フットペダルから足を離してスロットルレバーを押し込む。ミリアのダリルLに接近する手前で両方のフットペダルを踏み込みながら彼女の機体とすれ違い、シールドをコツンと当てておく。


「今当たったのがシールドじゃなくてフォトンブレードだったらやられてたぞ。ほらどんどん反撃してこい」


「や、やってやる。やってやりますよ!」


 それから俺は射撃はほどほどにして彼女の的を演じ続けるのだった。



 * * *



 有望なプレイヤーを探すべく、久しぶりにシミュレーターを覗きに来たが、とある一区画に人だかりが出来ているのを確認した。

 俺はゆっくりとした足取りでその集団の元へ向かう。


「お、おい。あいつ……」


「ああ、スクワッドマッチのトップランカーのジキルじゃ……」


 その問いかけに答える義理はない。俺は人混みをかき分け、群衆に注目されている彼らの戦闘を見た。

 お互いにEランクの機体か。初心者同士の対戦。最初は得る物が無いと考えていた。しかし戦闘の様子を観察するにつれ、その考えを改めることになる。

 男の技量が初心者のそれではない。ただでさえパーソナルトルーパーで飛行することは高難度の技術とされている。それを初期設定のEクラススラスターで彼は行っている。

 時折ダリルLに接近してシールドを当てる行為をしていることに気づいた。そこで俺は察する。あのPTトレーナー改修機乗りは普段フォトンブレードを使用しているのだと。そうでなければ敵機に接近するというリスクを冒す必要性はない。


「面白い。アリーナで待っているぞ」


 その言葉は彼に届かなかっただろう。

 俺はその場から立ち去った。

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[気になる点] 左手に動力としてスロットル、右手に進行方向として操縦桿、足元に飛行時用としてフットペダル、武装操作はどこでやってるんです?
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