4話 地上へ
『レディを待たせてはいけない、紳士の嗜みじゃよ』ってじっちゃんが言っていた。そんな訳で俺はホリーがログインする前にBtHO内で待機していた。
彼女を待っている間退屈だな、と思うことは無かった。格納庫内を闊歩する様々な機体を見ているだけでも面白い。その行き交う機体を見ている中でとある傾向があることに気がついた。
軽量級を扱う傭兵は基本的にシールドを持たない。それもそうか。あれは機動力で被弾を減らして敵を翻弄するような機体だしな。
しかし所持する武器は傭兵によって様々。サブマシンガンやアサルトライフルを持っている機体も居れば、ショットガンを持っている機体もあった。
その中で気になったのは軽量級にスナイパーライフルという組み合わせ。高い機動力を活かして後退しながら狙撃したらえぐいだろうなあという感想を抱いた。
目に映る中量級はジェネレーターの出力や推力、重量のバランスが良いため肩部にも武装を搭載している機体が多かった。中でも人気の肩部武装は誘導ミサイルのようだ。ミサイルを自動で迎撃してくれるアンチミサイルシステムも人気なようで、ヘッドパーツの近くにちょこんとAMSを搭載している中量級が多数見受けられた。なおフライトユニットを搭載している機体は見当たらない、解せぬ。
歩くたびに大きな振動を出す重量級はAMSに誘導ミサイルはもちろんのこと、えげつない火力を誇りそうなカノン砲を肩部に搭載したりしている。腕部にはバズーカやグレネードランチャー等、高火力を叩きだせる武器を持たせる傭兵が多い。
中には機体を眺めている俺に気づいた傭兵がいて、その傭兵は俺に向けて機体を器用に動かして手を振ってくれた。勿論俺も手を振り返す。
機体観察をし始めてから30分ほど経過しただろうか。
「ごめん、待った?」
ホリーが軽く走りながらこちらに駆け寄ってくる。
「いや、今来たところ。体感だと1分前にログインってところだな」
その言葉を聞いたホリーはニヤニヤとしている。何故だ。
「そういう見栄の張り方、嫌いじゃないわ。メカニックさんが話していたわよ。格納庫で機体に乗らないでずっと突っ立ってる怪しい男が居るって」
「ええ……」
俺は眉間に手を当てる。
NPCのやつら、やりやがったな。BtHOのNPCには高性能なAIが搭載されている。よってプレイヤーが話しかけても自然に応答するし、なんならNPC同士で会話もする。
「まあいいや。とりあえず機体に乗ろうぜ」
俺はホリーから顔を背け、そそくさとPTトレーナー改修機へと向かう。
多分顔が赤くなっているな、これ。自分の顔から熱を感じる。
「あっ、待ってよ」
ホリーもパタパタと足音を立てながら俺について行った。
そしてお互いの自機に向かうため、途中で別れる。
俺は自分のPTトレーナー改修機を眺めながらカラーリングを変えれば良かったなとか、デカールを貼っても良かったかもしれないなどと考えていた。
塗装代もバカにならないし、その辺のことは後回しにするか。
コックピットから垂れ下がっているワイヤーを掴み、上昇してコックピットに乗り込む。そしてハッチが閉まる。
『System All Green』
合成音声とともにその文字が目の前に現れ、機体は稼働状態に移行する。
これからホリーと協力して行動するにあたり、タッチパネルで必要な操作をしていく。
「レーダー・オンライン。通信状態も良好っと……。こちらユウ機。ホリー、聞こえるか? 敵味方識別装置を有効化したいからこっちに信号を送ってくれ。俺はさっき送っといた」
『ホリー機、信号を受信。こちらもIFFの信号を送ったわ』
「おっけー。これでお互いの位置が分かるな」
レーダー上にはホリー機のアイコンが青色で表示されている。格納庫にある他の機体は緑のままだ。デクストなどの敵や所属不明機は赤色で表示されるらしい。
BtHOはフレンドリーファイアがあるからな。味方機の位置を把握することは重要だし、出来れば他のプレイヤーを巻き込みたくない。誤射がきっかけでPvPに発展するとか嫌だしトラブルの元なので、出来るだけ避けたい。
「それで、ミッションなんだけど……どれ受ける?」
『うーん、特定の組織のミッションを受け続けると友好度が上がるらしいのよ。それで、友好度が高いと報酬が上乗せされたり保険に入れたりするの。保険っていうのは機体が損傷しても一定額までなら修理費を出してくれるシステムのことね』
「へー。じゃあ企業さんとは仲良くなった方がいいって訳か」
『そういうことね』
じゃあ出来るだけ一つの企業のミッションを受けた方がいいのか。でも毎度美味しいミッションが回ってくるとは限らない。その場合は折り合いをつけて他のミッションを探すとしよう。
『ここなんかどうかしら? 石丸重工って企業のミッション。ほら、日本語だし馴染みがあるじゃない』
「いいんじゃないか? あとは内容次第か、どれどれ……」
俺はタッチパネルをタップし石丸重工のミッションを確認する。
・デクスト・ネストの破壊 危険度B
・データ・パッドの配達 危険度E
・デクスト退治 危険度D
・資源採取 危険度D
・武装盗賊団退治 危険度C
…………
……
あっ、データ・パッドの配達のミッションが一覧から消えた。たぶん他の傭兵が受けたんだな。リアルタイムでミッションが更新されていくのか。
俺らは初心者だし、無難にデクスト退治か資源採取だろうか。
「ホリーはどのミッションを受けたい?」
『資源採取かしら。戦闘が起きなければ報酬を全額貰えるから。ユウも結構無理して機体にオプション付けたんでしょ? お互いお金がないんじゃない?』
「ああ、気をつけんと残高がマイナスになりかねん」
『じゃあ決まりね。依頼はユウが受けて。頼りにしてるわよ? リーダーさん』
「何故俺がリーダーに……。まあ、どっちがやっても一緒か」
タッチパネルを通して資源採取の依頼を受ける。報酬の振り込みは俺とホリーの口座にし、報酬割合に関しては半々ということで話がついた。
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ミッション 資源採取
依頼主 石丸重工
貴殿には地上で魔晶石の採取を行っていただきたい。魔晶石は我々のような地下で生活する人類にとって欠かせないエネルギー資源である。デクストの発生と魔晶石の発生は関連があると近年の研究で明らかになっている。しかし必ずしも魔晶石付近にデクストが存在するとは限らない。報酬は魔晶石の純度、重量により決定される。パーソナルトルーパーのこぶし大の低純度魔晶石であれば5万BILLほどになる。貴殿の健闘を祈る。
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俺とホリーは地上へ続くパーソナルトルーパー用の昇降機に乗る。
昇降機の四隅に取り付けられている警告灯が赤い光を発しながら周りを照らし、その昇降機は地上へ向けて動き出した。
長い地下道を抜けると、次第に光が差し込んできた。そして目的地に到着した昇降機は止まる。
俺は驚いた。目の前に広がる光景が自然美あふれるものだったからだ。人工物にさえ生い茂る緑を見て、俺は心が安らいだ。
正直に言うと地上はもっと荒地だらけの荒廃した世界なのかと思った。だが実際は違ったようで、眼前には動植物にとっては楽園ともいえる世界が広がっていた。
「綺麗だな。地上に戻りたいっていう人々の気持ちも分かる。地下の生活も悪くはないけど、人工物だらけの空間に長居するとなるとちょっとな」
「そうね。私たち傭兵はログアウトすれば平和な世界が待っているけど、BtHOの住人さんにとってはね……」
「だな。橋頭堡づくりの手伝いくらいはするか。前哨基地さえできれば地上開拓の第一歩になるだろうし」
俺らは巡航速度で移動を開始する。アクティブレーダーを作動しているので魔晶石の位置は把握済みだ。
道中デクストと戦っている傭兵を見かけた。俺らが見たデクストの見た目は犬型だったりヒョウのような猫型だったり……はたまた熊のような大型のデクストも存在した。
猫型デクストと対峙していた傭兵は苦戦していたが、VRMMOにおいて横殴りは基本的にマナー違反なので見て見ぬふりをした。ただ戦闘中のプレイヤーが助けを求めた場合は別である。
熊型のデクストと戦っていた傭兵は手慣れた様子で敵を処理していた。弾の威力が減衰しないギリギリの距離を維持しつつ、引き撃ちをしていた。
そんなBtHO内では日常風景とも見て取れるそれらを尻目に、俺らはレーダー上に映る黄色いマーカーの前にたどり着いた。
「で、これってどう掘ればいいわけ?」
『フォトンピッケルっていう採掘用の道具がショップで売っているのだけれど……私、オプション付けてないわよ? でも弾薬が勿体ないけど撃っても壊せるから大丈夫よ』
「俺もピッケルはないわ。フォトンブレードで代用するか」
フォトンブレードを起動し、目の前にある鉱石を切り刻む。
魔晶石の欠片は俺とホリーどちらが回収しても一緒だろうし、とりあえず俺のインベントリにつっこんでおいた。
『珍しい武器を使っているのね。フォトンブレードは使い手があまり居ないそうよ? VRMMOFPSなんだから銃を使えばいいじゃないってなるみたい』
「そうなのか。でもこれ結構切れ味良いんだぜ? パーソナルトルーパーがバターのようにきれいに真っ二つになる」
『まるで試し切りしたみたいな言い方ね。今回初めてその機体に乗るのに』
「チュートリアルの機体で使ったからな」
『まさか……。ユウ、貴方。あのチュートリアルの敵機を倒したの?』
「倒したぞ」
ホリーはしかめっ面をする。美人アバターが台無しだぞ。
「で、俺上手いんじゃね? って調子に乗ってたらそのあと新しい機体が出てきてぼっこぼこにされた。慢心したらダメだってわからされたね」
『ふふっ、なにそれ』
彼女は笑みを浮かべていた。俺の失敗談がホリーを楽しませたようで何より。俺のちっぽけなプライドはぼろぼろだけどな。
和気あいあいと会話をしていたが、それに割って入る不快な警告音。誘導ミサイルが飛来する際に発せられる音だ。
そのミサイルはホリーのドランガに搭載されたAMSにより迎撃され、目標に達することなく空中で爆発する。
『レッドアイコン!? でもプレイヤーじゃない……武装盗賊団ね。ユウ、いける?』
「やるしかないだろ。俺が前衛をやる。援護は任せた」