33話 決勝戦
『30、29、28、27――』
そんな合成音声のカウントダウンを聞き流しながら、俺は観客席の方を見る。
観客席は人でごった返しており、満席状態だった。中にはミリオンダラーのトレードマークである、一角獣のエンブレムを模した旗を振っている観客もいる。
言ってしまえば今大会はお祭りみたいなものだもんな。それは興行としての注目度も高まるというものである。
『5、4、3、2、1――0。試合開始』
その合図とともに、俺らは前進を開始する。
そして、目の前にある障害物の影に隠れながらレーダーを作動させて敵の位置を探る。
11時方向から複数の機影。その中で、突出した赤い点が1つレーダー上に示されていた。
『ユウ、囮をお願い』
「任せとけ」
すぐさま俺はフットペダルを踏み、上昇して障害物の影から出た。
するとその俺の機体を補足した、先行している軽量級がこちらへ向かってくる。ジキルが搭乗するフランベルジュだ。
俺は彼の機体に向かってアサルトライフルを斉射する。時折赤色の曳光弾が弾道を示すが、それらは最低限の回避行動を取る彼に届くことは無かった。
『アンブッシュ!』
ホリーらも障害物の裏から顔を出し、ミリオンダラーの面々に弾丸の嵐をお見舞いする。
そんな中、ゲラルドがジキルに対して誘導ミサイルを何発も発射する。しかし――
俺は見た。ジキル機の背面から延びる光の翼を。
正確には、それは誘導ミサイルのレーダー照射を攪乱するチャフの煌めきであった。
彼はミサイルを回避し、ライフル弾を数発撃ちながら接敵してくる。俺はそのライフル弾を搔い潜りながら、スロットルレバーを押し込んだ。
そして彼と俺がフォトンブレードを起動したのは同じタイミングであった。フランベルジュとカリナCは8の字の機動を取りながら何度も交差する。フォトンブレード同士が接触し合ったときに、それらは独特の音を発する。
もし彼の機体がAランク以上だったら? そう考え、背筋に汗が伝う。
ジキルは今まで出会った傭兵の中で、最も技量の高いプレイヤーだった。
その事実が俺を鼓舞し、また、戦慄させる。
俺の手が震えている。
旋回中、フライトユニットから飛行機雲が伸びる。
* * *
スナイパーライフルのマズルブレーキが弾丸発射時の反動を軽減してくれる。そのお陰で、私はその長物を上手く扱える。
それでも、ミリオンダラーの面々はそう簡単にやられてくれはしない。
ミリア機が高機動戦を繰り広げながら囮を買って出てくれている。それでも、形勢はどちらにも傾かない。
指揮を執る者として予定外だったことが、ユウが苦戦しているという事実だった。
彼は何時だって私たちを勝利へと導いてくれた。だけど、もしかしたら今回はその勝利の女神は私たちに微笑みかけないかもしれない。
こちらの戦場にソフィーの姿はない。彼女はジキルと2人でユウを追い回しているのだと思う。
私のスナイパーライフルから火薬の光が発せられる。それらの弾丸はバルサスというメンバーが搭乗する重量級のシールドによって防がれてしまう。
『ホリー! まずい! ジキルがそっちに行った!』
ユウから通信が入った。
彼はソフィー機から発射されるPPMGの弾丸を回避しながらジキル機を追いかけている。しかし、機動力の差がそこまでないのか追いつくことは無かった。
私はジキルに狙いを定め、トリガーを引く。射撃音と共にマズルブレーキが作動する。
しかし、ジキルはその弾丸をフォトンブレードで薙ぎ払った。
驚愕。そして一瞬の硬直。
その隙を見た彼はライフル弾を数発発射してくる。
私は辛うじてスロットルレバーを引き戻し、後退して回避する。
そんな私に興味を無くしたかのような素振りを見せながら彼は軌道を変え、その速度そのままにゲラルド機に接敵した。
ゲラルドはSRMを発射しながら、回避行動を取る。しかし、その健闘空しくシールドごと機体は両断された……かと思われた。
だけど、シールドで視界を塞いでいたことが幸いしたのか、フォトンブレードは若干浅く入った。
それでも、ゲラルド機が致命的な損傷を受けたことには変わりなかった。露出したジェネレーターから火花が散っている。それでも、彼の機体が未だに動いているのは緊急シャットダウンを回避するオーバーライド・ボタンを押したからだろうか。
『お前ら見とけよ! ここからが本番ってなぁ!』
ゲラルドが突如として敵陣へ突撃していった。
奇しくもその行動が拮抗していた形勢を崩す。
円機動を取りながらミリア機と交戦していたミリオンダラーのメンバー、サレナにゲラルド機が体当たりをしかけた。
『なっ……!』
ゲラルドはそのままサレナ機に馬乗りになり、自分の機体のジェネレーターに向かってSRMを発射した。
『あばよ』
『お前……!』
彼の機体のジェネレーターが一際甲高い音を上げ、次の瞬間爆発音とともに爆風が広がる。
至近距離でゲラルド機の爆発に巻き込まれたサレナ機も、時を同じくして爆発。2つの爆風がそこには広がっていた。
空中ではユウとジキルが射撃戦を繰り広げている。
その光景を目の当たりにした私は、すぐさま動いた。
「コールファイア! 敵重量級!」
ミリアは私の号令に合わせ、バルサス機に接近する。彼は盾を構えてミリア機から発射されるライフル弾を防ぐ。それにより視界が狭まったのだろう、バルサスはミリアを見失った。
しかし、バルサスはその見当たらないミリア機を探している場合ではなかった。それは私の機体から降り注ぐ大口径の弾丸の嵐を防ぐために、盾をこちらに向けて構えるしかなかったからだ。
それが仇となる。ミリアが側面から肩部PPMGを発射した。光の軌跡がバルサス機のジェネレーターを貫く。そして溢れかえる光と共に爆発音。
だが安堵している暇すら与えてくれない。そのミリア機の背面から忍び寄る影。
私がその影に向かって視線感知ロックを働かせたときには手遅れだった。ミリア機のコックピットに突き刺さる高周波振動ナイフ。
それと同時に私の肩部カノン砲が火を噴き、その砲弾はガーベラ機の胴体に直撃した。
ミリア機が巻き込まれる形となり、青白い爆風が広がる。
これで2対2。
ユウ、待っていて。今すぐに援護するから。