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婚約破棄!? 王子の狙いと悪役令嬢の想い

 よく考えたらあたしは元素記号を水元素しか憶えてないしカリウムとカルシウムがどっちがどっちだったか分からない程度の理科知識しかなかった。


 高校の授業で何をやっていたかと言われると、主にデッキレシピを考えていたのである。


 異世界転生あるあるの前世知識無双チートルートは……閉ざされた。

 まあいっか、飯が食えて寝床があってカードゲームが出来るならどんな世界でも文句は無いよ。


 そんなこんなで昼休み。

 あたしとヴィーネは、生徒会室の前に立っていた。


 そういえばアレックスは生徒会長でもあるんだよな……一年生だけど、決闘で当時の生徒会長と戦って勝ち取った地位らしい。


「そ、それじゃあ……入るわよ」


 ヴィーネが緊張した面持ちでドアをノックする。

 そしたら流石は魔法学園と言うべきか、ドアが自動的に開いた。


「いらっしゃい、生徒会室へようこそ、リリッサ、ヴィーネ」


 王子は生徒会長の広い机の中心で、腕を組んで顎を上に乗せながらあたしたちを出迎えた。

 他の役員はいないようだ。ヴィーネは、顔が少し赤い。好きな人を前にして照れているのだろうか。


 一方アレックスは柔和な笑みを浮かべているが顔が少し青い。どんだけヴィーネに苦手意識を持っているんだ。あたしの名前を最初に呼ぶし。


「あ、アレックス。今日時間を取ってもらったのは他でもない、来月にある学内パーティのペアについてよ」

「……それについてはもう説明しただろう。リリッサは僕以外にペアを組めるような仲の男が居ない。でもヴィーネにはペアを組んでくれる男なんていくらでも用意できるだろう」

「そ、そうかもしれないけど……普通婚約者同士がペアを組むべきでしょう!」

「それは慣例であって義務じゃない。それに、君はどうせ僕とペアを組みたいわけじゃあないんだろ?」

「べ……!」


 ヴィーネは頬を髪色みたいに真っ赤にして、言っちゃあいけない言葉を口にした。


「別に貴方と組みたいってわけじゃないわよ! 勘違いしないでよね!?」


 なんてベタなツンデレなのだろうか。

 その言葉を受けて、アレックスは眉間に皴を寄せる。


「勘違いなんてしていないさ、君がそういう奴だってことは嫌って程知ってる」

「っ……! リリッサ! 黙ってないで言ってやって!」


 なんてタイミングでパスしてくるんだこのお嬢様は。

 バレないように溜息を吐いて、あたしはアレックスに向き直る。


「あ、アレックス様とペアを組ませて頂けるのは光栄なのですが……、あの、あまりに身分が違いすぎるし、あたしには荷が重いので辞退させて頂きます」

「なっ……!?」


 椅子から立ち上がり、驚愕の表情を浮かべるアレックス。

 まるで女性へのアプローチが断られたのは初めてであるかのような反応だ。……初めてなんだろうなぁ。


「な、何故……はっ、まさか! ヴィーネ! 君が彼女に何か吹き込んだのか!?」

「そんなことしておりませんわ。ペアを辞退したいというのは、リリッサの意思よ」

「馬鹿な……! リリッサ、正直に答えてくれ……ヴィーネに何を言われた? 安心してくれ、全力で僕が君を守るから、君の正直な気持ちを答えて欲しい……!」


 早いところこの要件を終わらせてカードガチャがしたいってのが正直な気持ちかなぁ。

 まあそんなこと言えるはずも無いので、「ヴィーネには何も……。脅されたりなんてしてません……」と答える。


「では……もしかして……自分に自信が無いのか? 確かに大人しい性格のリリッサのことだ、大舞台で、僕のペアという花が務まるのか不安になるのも分かる。だが……だが! 安心してくれ、君は僕が認める、美の女神(ヴィーナス)よりも美しい女性なのだから……!」

「…………」


 ヴィーネの名前の由来であるヴィーナスを比較に持ち出すとか、ちょっと性格悪い口説き方なんじゃない?


「失礼ながら、言わせて貰います」


 あたしは、リリッサ=アークライトの真似をするのも忘れて、目の前の王子に物申す。


「貴方はヴィーネとペアに成りたくないだけなんじゃないんですか?」

「――っ」


 ヴィーネの肩が、びくりと震えた。

 言い辛いことだったが、言った方がこの二人のためになるだろう。


「……………………」


 アレックスは黙りこくってしまった。

 そんなことない、の一言も出ない辺り、図星だったらしい。


「そんな理由で誘われても、あたしの心は靡きません」


 少し思い出した。

 王子は婚約者との結婚が本当に嫌で、適当な女を口説き、恋人関係になることで「真実の愛を見つけたので婚約は解消する」という方向に持っていきたかったというのが主人公に話しかけた切っ掛けだったことが物語の後半に判明するのだ。


 数々のイベントを経て、王子は本当に主人公のことを好きになっていくのだが、まだゲームも序盤の現在は、王子はあたしのことを都合のいい女としか見ていない筈だ。


「は、はは……女性に振られるのは、生まれて初めての経験だな……」


 アレックスは、力無く生徒会長の席に座り込んだ。

 ほら、弱ってる今がチャンスだぞ、とヴィーネの背を押す。


 ここで好感度が稼げるようなことを言えば、王子との確執も少しは埋まるんじゃないか?


「あ、アレックス……」

「……何だい?」

「そんなに……わたくしとの結婚は嫌ですか?」

「…………」


 沈黙は、肯定の意だった。


「っ……!」

「あっ」


 ボロボロと、零れ落ちたのは涙。

 ヴィーネの瞳から、大粒の涙が次々と溢れ出してきた。


「もういい!」


 叫んで、ヴィーネは逃げ出した。

 生徒会室から背を向けて、涙を流しながら廊下を走り出して行く。


「何だ、あいつ……」


 アレックスはヴィーネの行動が理解できないとばかりに呟いた。


「……ヴィーネは、振られて泣くくらい、貴方のことが好きなんですよ」

「はぁ? そんなわけ……そんなわけ、無いだろう、だって、あいつは……」

「お二人の間に何があったのか知りませんが、とりあえずあたしはヴィーネを追いかけます。友達、なので」


 言って、ヴィーネが逃げた方向に駆け出す。


「どうして……」


 そんな呟きが背後から聞こえて来たけど、あたしは無視してヴィーネを追いかけた。


「はぁ……はぁ……」


 前世の記憶を取り戻してから初めて走ったけど、身体が軽い。

 十代の肉体と二十代後半の肉体には越えられない壁があるんだなぁと実感しつつ、向かったのは校舎裏。


 誰にも見られずに泣くには良いところだ。人通りが少なくて、草花は綺麗に咲いている。


「ヴィーネ……」


 ヴィーネは、樹に寄りかかるように体操座りで両腕に顔を伏せて泣いていた。


 そんな彼女に、寄り添うように隣に座る。何と言葉をかけるべきか……。

 失恋だ、安易な言葉はかけられない。元々乙女ゲームの王子様と悪役令嬢なのだ、早々結ばれることは……ん? 待てよ?


 アレックスルート以外ならヴィーネとアレックスは結婚するんじゃなかったか? なら、あたしが他の攻略対象と結ばれればいいのか?


「パーティの、アレックスのペアだけど」

「……!」

「貴女がアレックスと組めばいいわ。わたくしは、ぐすっ、他の誰か、適当な男と組むから……」


 顔を上げないまま、ヴィーネは言う。

 だから、あたしは別に王子とペアが組みたいわけでもないし、むしろ嫌なんだけど……。


 どうしようか、王子に決闘を挑んで、あたしが勝ったらヴィーネと参加するようにお願いを……いや、そんなことしても根本的な解決にはならないか。


「そもそも、どうしてアレックス様はヴィーネのことを毛嫌いしているの? 昔、何かあったの?」

「それは……」


 ゲームなら回想シーンに入っていたところだろうが、現実にそんな機能は無く、ヴィーネはポツポツと昔の話を語り始めた。


 曰く、出会ったときからヴィーネはアレックスに一目惚れしたこと。

 曰く、アレックスの前だとついつい照れくさくてきつく当たってしまうこと。どうしても素直になれないこと。いじわるしちゃったこともあると。


 まあ要するにヴィーネは重度のツンデレだということだった。


 そして現代日本とは違い、ツンデレという言葉が一般化されていないこの魔法の世界では、ツンデレなんてものはただの嫌味な奴でしかないわけで……。


「わたくしは……王子の婚約者として……恥じないように自分を磨き続けてきました……容姿も……勉強も……魔法も……決闘も……でも」


 目から大粒の涙を吐露しながら、ヴィーネは本音を吐き出す。


「わたくしは……! わたくしのことが嫌いです……!」


「…………」


 何か、大分後半に来るであろうイベントが始まったっぽい……?

 と、いかんいかん、ここがゲームを原作にした世界っぽいからって、人間をゲームの登場人物のように考えるのはやめておこう。


 目の前にいるのは、ヴィーネ=ルネという一人の人間だ。


「じゃあ、婚約を破棄する?」

「っ……!」

「王族の婚約なんだからそう簡単に破棄するわけにはいかないだろうけど、当人同士が嫌だって言ったなら破棄できるもんなんじゃないの?」

「それは……」


 嫌なのだろう。ヴィーネは言葉に詰まってしまった。


「それは嫌なんでしょう? だったら、やることは一つじゃない」

「やること……?」

「アレックス様に、素直に謝る」


 今までごめんなさい――実はあなたが好きなの。

 素直になれなくてごめんなさい、これからは改めて婚約者として仲良くしてほしい。


「――って感じで、謝って、その後素直に好き好き迫ればヴィーネの可愛さなら男なんてコロッと落ちるでしょ」

「そ、そんなこと出来るわけないじゃない!」


 頬を真っ赤にして叫ぶヴィーネ。

 それが出来たら苦労はしないと言いたげだ。


「じゃあもうプランDしか無いかなぁ……」

「でぃ、D?」


 D――デュエル。つまりは決闘だ。


「王子と決闘するんだよ、ヴィーネ。もうそれしかない」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 万歳! クソ王子の拒絶! 乙女ゲームは本当にこれを無視しますが、一般人が結婚によって政治的同盟を破壊するのは恐ろしい行為です。 私はこの女性の友情と、なぜ悪役令嬢が完璧で敵対的なのかを考…
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