王子登場! そんなことより授業のレベル高くない!?
デュエルファンタジアというゲームにおいて、カードを手に入れる方法は大きく三つに分かれている。
一つは購買からの購入。文字通りお金を払ってカードを手に入れる方法だ。しかし購買には基礎的なカードやレアリティの低いカードしか置いていなくて、デッキを劇的に強化することは出来ない。
もう一つは自作すること。勿論紙にペンでぼくのかんがえたさいきょうのカードを書いて作るのではなく、魔法的な材料を用意して然るべき儀式を行うことでランダムなカードを生成できるという……まあ要するにガチャである。
最後の一つはイベントで人から貰ったり拾ったりすること。特に攻略対象キャラの好感度を一定数稼いで恋人になった時に貰えるカードは大体が強力なカードになっている。
さて……そうと決まれば一番強力なカードをくれる攻略対象の好感度を稼ぎに行こう――とはならない。攻略本も攻略サイトも無しに男を堕とせるとは思わないからだ。
こちとら喪女歴数十年の恋愛クソザコナメクジなんだぞ。この乙女ゲームも選択肢は全部攻略サイトを参考に選んでクリアしてたわ。
つまりやるべきは、自作。材料は確か購買で買えるので、昼休みに買って早速ガチャの時間と行こう。
「お、おはよう……リリッサ」
校舎への短い通学路を歩いていると、不意に声をかけられた。
この声は……と振り返ると、やはり声の主はヴィーネだった。取り巻きは居ないが、彼女の鞄を持っているメイド服姿の従者らしき女性が後ろに着いている。
「おはようヴィーネ、後ろの人は?」
「メイドよ。庶民はメイドも見たことないのかしら?」
漫画やアニメでは沢山見たことあるんだけどね。
ヴィーネはメイドに「ここまででいいわ」と声を掛けると、メイドは一礼して鞄をヴィーネに渡し、去っていった。
「……まあ、実物を見たのは初めてね」
「ふふーん、やっぱ所詮は庶民ね。いい? 確かに貴女とわたくしは友人関係となりましたし、名前の呼び捨ても許したけど、立場はわたくしの方が上なんだからね? その辺り肝に銘じなさいよ」
「そんなこと言われなくても分かって――いや」
思いついた。
「友達ってのは対等な関係だと思うんだ。だからあたしと決闘してあたしが勝ったら対等な関係、負けたら不平等な関係ってことでどう?」
「……貴女もしかして決闘したいだけじゃないの?」
「ぎくぅ!」
バレてーら。
どうも立体映像とかの演出が出てくるのって本格的な決闘の時だけみたいで、一人回ししてても少し寂しかったんだよね。
「そんなにウィザードカードにハマったのね……女子だと義務感でやってる人も多いからちょっと嬉しいかも」
「てことはヴィーネもカード好きなの?」
「ええ、毎日さっきのメイドとやって練習してるわ。凄い嫌がられるんだけどね」
おお! カードゲーム女子! あたしが言うのもなんだけど、前世ではかなり珍しい存在だった。
居たとしても彼氏の趣味に付き合っている子か、オタサーの姫としてオタク男たちに貢がれている子か、どちらかのことが多かったなぁ。
「じゃあこれからはあたしと練習しよう! 今日の昼休みとか早速どう?」
「悪くない提案だけど、今日の昼休みにはアレックスのアポを取ってあるわ」
下駄箱で靴を履き替えながら、ヴィーネは言う。
「貴女も同席して。昨日言ってたように……アレックスとはパートナーになれないって貴女から伝えてね?」
「おっけ~」
「…………」
サムズアップしながら答えたら、微妙な顔された。
え? 何その、何とも言えない顔。
「……貴女、『そっち』が素なの?」
「え?」
「もっと大人しくてオドオドした子だと思ってたけど、決闘してから人が変わったみたいに明るくなったわよね?」
「そ、そうかな~?」
しまった。そういえばリリッサの性格は大人しく、優しく、誰にでも丁寧な口調で接する心清らかな乙女だった。
急にあたしみたいな性格になったら遅めの高校デビューだと思われてしまうかもしれない!?
「ま、いいわ。そっちの貴女の方がイラっとしなくて助かるし」
「まあ……その……遅めの高校デビューが来たと思ってください」
「コウコウデビュー?」
今世の記憶もあるし、リリッサの真似は正直出来ると思う。
でも、少なくともヴィーネの前でそれをやる必要はもう無いだろう。こっちの方が助かるって言ってるし。
「それより、お昼休みになったら何処へ行けばいいの?」
「生徒会室よ。授業が終わったら教室で待っててくれれば連れてくわ」
そうして、ヴィーネと別れて教室へ向かう。
ヴィーネとは別のクラスなのだ。ちょっと寂しい。
席に着いて授業の準備を進めていると、突然教室がざわつき始めた。アレックスが登校してきたのだろう。いつものことだ、王子でありイケメンであるアレックスが教室に入ってくると、毎日毎日男子からはどよめきが、女子からは黄色い声が上がる。
「おはよう、リリッサ」
陽光の中に輝く髪を持つ男が、優雅な足取りであたしの目の前に姿を現した。
アレックスだ。相変わらずムカついてくるくらいのイケメンである。それに加えて王子特有の高貴なオーラも纏っているのかなんかキラキラ光っているように見えるのは目の錯覚だろうか。
「ん、んん……お、おはようございます、アレックス、さま」
可能な限り清楚になるように意識して、声を出す。
アレックスはあたしの隣の席に座った。何故かって? 普通に席が隣だからよ。
「はぁ……」
着席し、アレックスがこれ見よがしに溜息を吐いた。
なんだか元気が無さそうだ。何かあったの? って聞いて欲しそうな顔をしている。
「どうしたんですか? 溜息なんて吐いて……」
特段いじわるする理由も無いし、素直にそう訊ねた。
「リリッサ……それがね、昼休みに婚約者の……ヴィーネから呼び出されていてね」
注射の前の子供のような、露骨に嫌だなあという表情を見せるアレックス。
婚約者にベタ惚れしているような設定だったら乙女ゲームが成立しないとはいえ、本当にこの王子はヴィーネとの婚約を破棄したがっているのだろう。
過去に二人の間に何かあったんだっけ? 忘れた。
「多分、パーティについての件だろうね……でも大丈夫、僕はヴィーネよりリリッサとペアを組んでパーティに出たいんだ、何とか説得してみせるよ」
「ああ、その件なんですが……」
と、ヴィーネとはもう交渉を終えてヴィーネにペアの件を譲ったことを話そうとしたら、教室に先生が入ってきて会話は遮られた。
まあいいか、昼休みに話すわけだし。ヴィーネも居た方が話も早いだろうしその時改めて話せばいいや。
そうして授業が始まって――気付く。
(あれ?)
(もしかして、あたし……)
中身が二十台後半にも関わらず、もっかい勉強をし直すことになる……?
いや、歴史や地理、国語は前世と全然違うから置いとくとして、数学とかは大人知識で無双できるのでは……?
待てよ? 理科に至っては魔法があるこの世界じゃ前世より全然発展していない。つまり前世知識で博士号……とれちゃうんじゃない!?
「はい――教科書五十二ページ開いてー」
眼鏡をかけたハゲオヤジの教師が、数学の教科書を開きながら授業を開始する。
ふっ、中世ファンタジーの数学レベル、見せて貰おうか!
「今日はサインコサインタンジェントについて――」
終わった……。
あたしは多くの高校生と同じくサインコサインタンジェントとかいう呪文に敗北し、全てを諦めた敗北者……。
何で数学に英文が出てくるんだよ意味わかんないよ……。
「? 急に天を仰いで、どうしたの?」
ひそひそと、アレックスがあたしのことを心配して話しかけてきた。
「ちょっと……サインコサインタンジェントが苦手で……」
「ああ、成程……だったらさ」
アレックスは、片目を閉じてウィンクしながら、提案してきた。
「今度僕がマンツーマンで教えてあげるよ。こう見えても勉強は得意でね」
え、嫌だ。
アレックスが嫌だとかじゃなくて、サインコサインタンジェントについて勉強すること自体がもう嫌だ。
ていうかもうこちとら二十代後半ぞ、今世の年齢も加算すれば三十……いや四十代ぞ。
今更勉強とかしたくありませんー! カードゲームだけやって生きていたいですー!
「ありがとうございます……」
なんて、言えるはずもなく。
あたしは力なくお礼を申し上げるのであった。




