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今世初の決闘! 勇者の力でドラゴンを打ち倒せ!

 佐々木凛。二十八歳独身会社員。

 趣味、カードゲーム。


 それが前世のあたしのパーソナリティの全てだ。没個性的で、何の変哲もない人生を歩んでいた筈のあたしは、どうやら一度死んで転生とやらをしたらしい。


 前世で言うところの中世ヨーロッパに近い時代だが、魔法が存在する世界だ。


 所謂創作としてはよくある部類の世界観であり、正直テンションが上がらないでも無いがあたしではないわたし、つまりは今世の記憶を持っているからか、そこまで混乱せずに済んだ。


 ん? いやでも待って? カードゲームで決闘? しかも決闘の勝ち負けで国政すら左右されるトンデモ設定?

 なんかそんな感じの乙女ゲームを昔やったことがあるような……。


「ど、どうしたの? 急に叫んだと思ったら黙り込んで……」


 ヴィーネの言葉に、はっと我に返る。

 そうだ、今は決闘を挑まれているところだった。ヴィーネがさっきまでの怒り心頭な表情は何処へ行ったのか、本気であたしを心配そうに見ている。


 そうそう、ヴィーネってキャラはちょっと王子様への愛が重いだけで、根は良い子なんだよね。

 決闘を挑む時も、他の生徒が余計な手出しをしないように人の少ない図書室で一対一の勝負を仕掛けてくるっていう陰湿ないじめとは程遠い子……って、それは乙女ゲームの設定だ。


 いやでも、確か主人公のデフォルトネームはリリッサだった筈だし、もしかして、もしかするのか?


 あたし、乙女ゲームの世界に転生しちゃった?


「まあいいや」


 あたしは、顔を上げて、改めてデッキを握る。

 ここが何処であろうと、どんな世界観であろうと関係ない。


 カードゲームが出来る。

 ただそれだけであたしは嬉しいんだ。


「やりましょう、ヴィーネ、さま」

「……雰囲気が変わった……?」


 慣れた手つきでシャッフルし、デッキをヴィーネに向けて机の上に置く。

 お互いのデッキをカット&シャッフル。正々堂々、遺恨を残さずやりましょうという儀式だ。


 ヴィーネのデッキを受け取って、ちゃちゃっとシャッフルして返す。


「……随分手慣れているようね」

「うっ」


 そういえば『リリッサ』はカードゲームをしたことが無いし、持ってもいないのだった。

 訝しがった視線でこちらを見てくるヴィーネに、あたしは目を逸らしながら必死に言い訳を考える。


「あー、えっと、前からウィザードカードには憧れがあって……普通の紙でシャッフルの練習をしてたりしたんですよ……」

「ふーん?」


 誤魔化せたか? とりあえずそれ以上の追及はされず、お互いにシャッフルを終えたデッキから五枚のカードを引く。


「まあいいわ、貴方が実は決闘慣れした歴戦のウィザードだとしても、予備デッキでわたくしの最強のドラゴンデッキに敵う筈無いもの」

「…………」


 悪役令嬢ヴィーネ=ルネの使うドラゴンデッキは強大なモンスターが多いデッキだ。

 ドラゴンの大量展開を許せば、その瞬間に負けが確定するだろう。


 ……やはりこの世界は、事あるごとにミニゲームのカードゲームが挟まり、勝ち負けでイベントが分岐するあの乙女ゲームの世界で間違いないようだ。


 あたし、主人公かぁ。こういうのって最近の流行りだと悪役令嬢に転生するもんじゃないの?

 しかし困ったな……そこまで熱心にプレイしていたわけじゃないから、メインの登場人物と大まかなストーリー、あとミニゲームのカードゲームの攻略法くらいしか憶えてないぞ……。


「さあ行くわよ……『審判の神に問う』」

「……?」

「どうしたの? 決闘前の口上、まさか分からないの?」

「あ、ああ! いや、大丈夫です、憶えてます。ええと、『正しいのは汝か我か?』」

「『決闘の神は告げる』」

「あー、『勝者こそが正義だと』」


 決闘開始。

 瞬間、魔力の渦が机の中心に渦巻き、広がった渦は膜となってあたしたちを包み込んだ。


 決闘の不可侵領域。決着がつくまで、もう逃げることは出来ない。


 ヴィーネのデッキが淡く光った。あれは確か……先行がヴィーネになった証だ。


「わたくしのターン、ドロー」


 さて、勢いのまま決闘が始まったわけだけど……ルールの再確認をしておこうかな。


 まずターンの最初にドローフェイズ。そしてドローした後『オーブ』を一つ獲得する。

 カードを一枚引いたヴィーネの傍らに、光り輝く宝石――オーブが一つ出現した。プレイヤーは、オーブをコストにカードを使用できるのだ。


「オーブを一つ消費して、『ミニドラ』を召喚しますわ」


 言って、ヴィーネが机に置いたカードから光が差し、ちっちゃいドラゴンの赤ちゃんが姿を現した。


 こ、これは……!? まさか全世界のカードゲーマーが生きている内に実現して欲しいカードゲームアニメの技術第一位の……!?


「ターンエン……」

「か、可愛いいいいいいいい! 立体映像!? しゅごいいいいいい! ねえ触ってもいい!? 触ってみてもいい!?」

「急になんですの!?」


 カードから飛び出しているちっちゃなドラゴンに指を伸ばす。

 つん、つん、おお……触れはしない、ホログラムみたいなものらしい。まあそりゃ触れないよな……触れたら女の子型モンスターにエロいことするしかなくなるもんな……。


「はぁはぁ……えっと、で、ターンエンドって言った?」

「貴方やっぱしなんか性格変わってません? ……ターンエンド」

「じゃああたしのターン! ドロー!」


 アニメみたいなカードゲームが出来てテンションはぶち上がりである。

 ちょっと冷静になって戦略を考えよう。確かミニドラは、ATKこうげきりょくは無し、DEFぼうぎょりょくは極小の雑魚モンスターだが、破壊された時に手札から好きなドラゴンが出せるという厄介なカードだ。


 出来れば破壊以外の方法で除去したい……が、今の手札だと難しいか。

 ドローしたことでオーブがあたしの傍らに二つ溜まる。後攻は一ターン目のみオーブが二つ溜まるんだよね。


「あたしは見習い勇者ダンを召喚」


 オーブを二つ消費し、手札からモンスターを召喚する。

 ヴィーネの予備デッキ――ゲーム的に言えば、主人公の初期デッキは『勇者デッキ』だ。

 初期デッキだけあって使いやすく、クセの少ないカードが多いが、全体的にカードパワーが低い……所謂初心者向けデッキである。


 対してヴィーネのドラゴンデッキはハイパワーだがクセが強く、扱いが難しくて初戦のNPCはそのスペックを十全に発揮してこない、ゲーム的にも初戦なだけあってわりと楽に勝てる相手ではある。

 でも待てよ? ゲームの世界観を模した世界、だとしたら相手はNPCではなく生きた人間だ。


 油断は出来ない……ゲームの攻略法は参考程度にして、一手一手ちゃんと考えて行こう。


 モンスターは基本的に召喚したターンは攻撃出来ない、ここはターンエンド一択かな。


「ターンエンド」

「随分長考するわね、ま、初心者なら仕方ないか、ドロー」


 ヴィーネのオーブが一つ増えて二つになる。こうやって毎ターン使用可能なオーブは増えていき、どんどんバトルは加速していくのだ。


「オーブを二つ消費してスペル、『龍の呼び声』。デッキからランダムにドラゴンを手札に加えるわ」


 モンスターとは違う、使い切りのカード『スペル』。

 使った後、場ではなく墓地に行くが、その分効果は強いものが多い。


 ヴィーネがデッキに手をかざすと、デッキは自動的に動き出し、無作為に一枚のカードをピュッとヴィーネに向けて弾き出した。

 彼女はそれをかっこよくキャッチすると、「ターンエンド」と宣言する。


「かかかか、かっけえええええええ! 何それ!? 今デッキのカードが自動的にシュバシュバ動かなかった!?」

「か、かっこいい!? ベ、別に普通のランダムサーチじゃない、貴女もやりたければランダムサーチ系のスペルを使えば? 確かそのデッキにも入ってるわよ?」


 何と言うか……凄い、演出が凄い……!

 本当にカードゲームアニメに出演している気分だ。


「あたしのターン、ドロー! オーブを二つ消費して、『冒険者の酒場』発動!」


 デッキから、勇者の仲間をランダムサーチするスペルだ。使用してデッキに手をかざすと、さっきと同じようにデッキが自動的に動き出し、無作為にカードを一枚弾き出したうっひょー!

 それをキャッチして、カードを確認する。


 引いたカードは『吟遊詩人ルリア』。良いカードを引いた。


「オーブを一つ消費して、吟遊詩人ルリアを召喚! このカードが場に出た時、勇者が味方に居るなら相手のモンスター一体をこのターン行動不能にする!」

「なっ……!」

「ダンで、プレイヤーに攻撃!」


 ダンのATKはミニドラのDFEより高い、ヴィーネの目論見ではミニドラでブロックして破壊させて、手札から強力なドラゴンを出すつもりだったのだろうが……。


「『行動不能』にすればブロックは出来ない! ダンの攻撃を受けて貰うわ!」

「くっ……!」


 攻撃宣言と同時に、立体映像の勇者ダンが走り出してヴィーネの元へ行き、剣を振るった。

 斬撃のエフェクトと共に、初期値の七から五に減るヴィーネのHP。


 そう、このカードゲームは相手のHPを先にゼロにした方が勝ちなのだ。


「まずは二点……ターンエンドです」

「初心者だからってちょっと油断したわね……でも、こっからよ」


 そうして、あたしたちの一進一退の攻防は始まった。


 ヴィーネのプレイングは、やはりNPCの時とは比べ物にならない程鋭く、的確なものだ。

 NPCは一番ATKが高いカードを狙う傾向があって、それを利用して本命の択を通すなんていう戦法もゲームでは通じたのだが、目の前の彼女は易々とそんなこと看破してくる。


 よかった。これから先、ゲームのNPCみたいな思考回路した人間に囲まれて人生を過ごすなんて、嫌すぎるからね。

 何でタイトルすらうろ覚えの乙女ゲームに転生させられたのかはわかんないけど、何で前世の記憶を思い出したのかも分かんないけど。


 そんなことどうでもよくなるくらい、カードゲームは楽しい。


「はあ……はあ……」

「ふぅ……ふぅ……」


 決闘は佳境を迎えていた。

 ヴィーネの場には『ディアブロドラゴン』という彼女のドラゴンデッキにおける最強の切り札が鎮座している。


 対してあたしの場には何も無し。さっきのターン、ディアブロドラゴンの効果によって全滅させられたところだ。


 お互いにHPはあと僅か、このドローに全てが掛かっている。


「正直――もっと余裕で勝てると思っていたわ」


 ヴィーネが額に汗を掻きながら、称賛の言葉を吐いてくる。

 もう勝ちを確信している顔だ。まあそれも無理はない。ディアブロドラゴンという最大級のドラゴンを召喚しているし、あたしの場には何もない。


 そしてあたしのデッキの内容をヴィーネは全て把握しているのだ。

 リリッサに勝ち目はもう無い、と。

 そう思っているのだろう。


「諦めなさい、この状況を打破できるカードは、そのデッキには入っていないわ」

「――それはどうかな?」

「何?」

「ドロー!」


 オーブが補充され、実に八つものオーブが傍らに並ぶ。

 しかしその内二つが即座に黒色に染まって溶けた。ディアブロドラゴンの効果で、奴が場に居る限りこちらの使用可能オーブは二つ減るのだ。


 オーブが無ければ何も出来ないこのゲームに於いて、最強クラスの常在能力。一番最初の敵が出していいカードじゃないだろうと思いつつも、あたしは笑う。


 勇者がドラゴンを倒すなんて、ワクワクするだろう?


「『古代の女神アルカイスム』を、召喚!」


 オーブを六つ支払って、女神を召喚する。

 アルカイスムの効果は、場に出た時にデッキトップ三枚を捲り、三枚全てが勇者及び勇者の仲間だったら、その中の一枚を場に出して召喚したターンにも攻撃が出来る『速攻』という能力を付与するという効果だ。


 手をデッキにかざすと、自動的にデッキトップ三枚が捲れ、あたしの眼前に移動してくる。ナニコレ凄い。


「捲れたカードは、『吟遊詩人ルリア』、『影の勇者ドルヴォ』、『希望の勇者ダン』! 全て勇者及び勇者の仲間なので、この中の一体を場に出せる!」

「ふん、デッキの切り札である希望の勇者ダンを引いたのは褒めてあげるけど、ダンは単体じゃあディアブロドラゴンを倒せないわよ」

「何を勘違いしているの? あたしが出すのは、影の勇者ドルヴォ!」


 大当たり、ジャックポットだ。

 正直言って、勝つにはこの三枚トップ捲りからドルヴォを引くしかなかった。


 ドルヴォはコスト九の大型勇者モンスターだが、その効果は地味中の地味。

 大して高く無いステータスに加え、場に出した時に手札を好きな枚数捨てて、捨てた数だけオーブを回復するというデッキ編成出来るようになったら真っ先に抜くカード筆頭だ。


「? そんな数合わせで入れてたカードで何を……」

「手札を一枚捨てて、オーブを一つ回復。そして手札から――吟遊詩人ルリアを召喚!」

「あっ……!」


 吟遊詩人ルリアの出た時能力。それは、場に自分の勇者が居る時、相手のモンスターを一体行動不能にする。

 これで、速攻を付与されたドルヴォの攻撃を防げるモンスターは居なくなった。


「ドルヴォで攻撃――!」


 当然攻撃は通り、ヴィーネのHPはゼロになった。

 あたしの勝利!

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