大会出場決定! 決闘部の日常的な一幕
「……じゃ、今の手順を無限回繰り返して無限のATKを得ます」
「何よそのクソデッキ!」
「うっわー……えげつないな【無限ビルドアップ】、これリリッサ嬢が考えたのか?」
数日後、ようやくデッキをあらかた作り終えたあたしたちは、決闘部として本格的に活動していた。
実働メンバーは三人なので、負けた方が交代するというルールでぐるぐると回し続けるという練習だ。
デッキはそれぞれ自分のメインデッキを使ったり、あたし作のプロキシデッキを使ったりと固定はしていない。
「うーん? この盤面でこの手札、どう動けばいいんだ?」
「手札見せてください、一緒に考えましょう」
「いや手札見せたら負けちまうだろうが」
「本番で負けないことの方が大事です、今は練習なので、最適解を皆で考えましょう」
まるで、前世のカードショップみたいな雰囲気だ。
懐かしいな、仲間たちと一緒に大会目指して練習をしていた日々。毎日遅くまでカードショップの対戦コーナーであーでもないこーでもないと試行錯誤していたっけ。
「本番……本番か……」
「? どうかしましたかグレン先輩」
「いや、俺らにとって一番の本番は世界大会なんだろうが……世界大会に出るためには実績を積む必要があるだろ? まず適当な大会に出て結果を残す必要があると思うんだ」
頷く。それはその通りだ。
でもそういう大会が何処でやっているのかさっぱり分からない。インターネットも無いし、応募受付って何処でやっているんだ?
一応今週の休日にでも町へ出て大会がやっていないか探そうとは思っていたが……。
「親のツテで、幾つかの大会にエントリー出来そうだ、大人に混じることになるが……そんなの気にしないだろう?」
「ぜんっぜん気にしない! やったー! ありがとうございます先輩!」
むしろこの世界の大人の実力が測れるから最高だぜ!
そうと決まれば、あたしも使用デッキをそろそろ決めなきゃな……色々使ってみたけど、どれも魅力的でまだ決まってないんだよな……。
「いつ、何処で開催ですか?」
「来週の休日。だが……その……」
「?」
何だかグレンの言葉の歯切れが悪い。
言いにくそうに、グレンはあたしに衝撃の言葉を告げた。
「親から、部員の誰かが二位以内に入れなければ決闘部から抜けろと言われた。公爵家としてレベルの低い環境に身を置くことは許さん、と」
「え――」
「ほおん?」
成程――まあ、予想できたことだ。
二人がかなり気安いから忘れがちになるが、本来公爵家ってめっちゃくちゃでかい家だからね、あんま詳しくはないけど確か王族の次くらいには偉い筈だ。
そんな息子娘を、得体の知れない庶民が作った得体の知れない部活動に入れておきたくないという親心は理解は出来なくとも納得は出来る。
(一位じゃなくていいのか、優しい親御さんだな)
「お、お兄様! そんなことを言ってるのはお父様? お母様? わたくし抗議してきますわ!」
ヴィーネがいきり立って席を立ったので、あたしはそれを諫めるように肩を押す。
「まーまー、ヴィーネ、これはチャンスだよ」
「? チャンス……?」
「二位以内を取れなきゃ退部……ってことを学内にそれとなく広めるのよ、それで無事二位以内に入賞すれば……」
「部のまたとない宣伝になるってことか」
グレンがあたしの思惑を察して、にやりと笑った。
王族や公爵家の一挙手一投足は学園の皆にとって良いゴシップになるようで、日ごろから学内の注目の的なのだ。
その二人が親から出された難題を、部の力によって解決し二位入賞……これは決闘部に入りたくなる人爆増やでぇ……。
……まあ、逆に言えば、二位入賞が達成出来なかったらもう決闘部に入りたいなんて思う奴いなくなるってことなんだけど。
「……でも、現実問題として大人に混じって二位入賞なんて出来るの? ルネ家の親のコネでってことは貴族の大会なんでしょう?」
「さあ?」
ゲームでは、この世界の大人とカードゲームする機会が無かったからどの程度の強さなのかは知らない。
「さあ、って……随分落ち着いてるのね、部が無くなるかどうかの瀬戸際だというのに」
「だって考えても仕方ないじゃん。あたしに出来ることは最大限準備して、最善のプレイをすることだけ」
あとは運だ。
どれだけジタバタしてもしょうがない。やれるだけのことはやるけど、それでもダメなときはダメなのがカードゲームである。
「それはまあ、そうなのかもしれないですけど……」
「リリッサ嬢は、肝が据わっているよな、いや、何処か達観しているというか……たまに年上に見えるというか……」
そりゃまあ、精神年齢おばさんだしね、もう。
もっと若い頃に転生してたら慌てふためいていた可能性大だけど。
「緊張、ストレス、畏怖、憧れ、とかその辺の精神的なことでプレイにミスが出るのは勿体ないじゃん?」
「いや、勿体ないとは言っても精神的なことで判断が揺れるのはどうしようもなくないか……?」
「どうしようもなくないよ、メンタルコントロールは『技術』だ。心は持ち方次第で揺れないように出来るの」
まあ、その境地に達したのはあたしも二十代を半分過ぎた頃辺りだけど。
「よし、じゃあとりあえず傾向と対策の分析をしようか、どんなデッキが多そうとか分かりますか? グレン先輩」
「あ、ああ……貴族が好むデッキタイプは金をかけたものが多くて――」
思いもかけずピンチとチャンスが同時に舞い込んできたわけだけど、やることは変わらない。
カードゲームで勝つ。
今も昔も、あたしにはそれだけしか出来ない。
それだけでも生きていけるこの世界に転生してきたのは、良かったのかもしれないとちょっとだけ思った。
*****
「大会もついに明日ね、お兄様」
大会前日の夜。
わたくしは夕食を食べながら、お兄様に語り掛ける。
「ああ、そうだな。退部を免れることが出来ればいいが……」
「『部員の誰かが二位以内に入らなければ退部』。お母様も難題を出してくれたものです、まあ、不思議とリリッサなら簡単に二位以内に……いや、優勝してしまいそうではあるけれど」
決闘部で、幾度となく幾度となく決闘を繰り返して。
繰り返すたび、リリッサの『異常さ』は際立っていた。
学園内では決して弱くない、むしろトップクラスのプレイヤーであるわたくしとお兄様相手に八割強という驚異的な勝率を誇る強さ。
的確な発想のデッキビルド、ミスをしない正確なプレイング、そしてその実力を裏打ちするような圧倒的練習量。
彼女のような存在を、天才と呼ぶのだろうか。
「なあヴィーネ、リリッサのことをどう思う?」
「そうですね……」
兄からの問いに、わたくしは頬を赤らめながら答える。
「婿にしたいのはアレックスですが、嫁にしたいのはリリッサですわね……」
どうにか実現できないものか……婿・アレックスと嫁・リリッサとの結婚生活。
「そういうことじゃない、今の話は聞かなかったことにしておくから真面目に答えろ。庶民の出で、カードに触ってから数週間、なのにあれだけの強さを持っている……おかしいとは思わないか?」
「思いますわ、でもどうでもよくありません?」
だって、悪いことではなし。
何か秘密があるのだろう、隠していることがあるのだろう、でもそれをわざわざ暴こうとは思わないわ。
「お兄様は気になるのかしら?」
「気にならない――と言ったら嘘になるな、だが、現状荒唐無稽な推測しか出来ん」
例えば、前世が歴戦の決闘者で、その記憶を引き継いでいる、とか。
なんて荒唐無稽な推測を述べる兄に苦笑する。そんなことあるわけないじゃない。
「……ああそうだ、これはちょっと小耳にはさんだ情報なんだが……」
不意に兄が話題を切り替える。
お肉を頬張りながら、兄はわたくしでも知っているくらい有名な魔法使い(プレイヤー)の名を口にした。
「次の大会だが、《ウィッチ》が出場するらしい」
「……! あの《ウィッチ》が……!?」
《ウィッチ》とは、本名不詳、出自不詳の謎に満ちたプレイヤーで、判明していることは高い実力を持っていることと、女性であることのみ。
たまに大会に出場しては優勝をかっさらっていく、まさに魔女。
「出来れば当たりたくない相手ですね……」
「ああ……」
苦虫を?み潰したような表情で呟く。
よりによって、わたくしたちが上位入賞しなければいけない大会にそんな女が出場するなんて。
それでも。
「…………」
「…………」
兄と顔を見合わせて、苦笑を浮かべる。
それでも、リリッサならあの魔女にも嬉々として立ち向かうんだろうなぁ、と二人とも思ったのだろう。