デッキ作り! 仮想敵のデッキを回すのも大事なんだよね
インターネットどころか、テレビ中継すら無いこの世界でカードの情報を取得することは難しい。
一応カードリストが載った本があることにはあるが、王子の持っていた『ナイツ・オブ・ラウンド』のように載っていないカードもあるし、そもそも現在進行形で世界の何処かで新しいカードが生み出されているかもしれないらしい。
環境にメタを張るっていうのが、難しいとかそういうレベルじゃないぞ……。
というか実質不可能に近い。故に、俗にいうフルパワー構築。すなわち相手が何だろうと自分の動きを押し付けるデッキが強いというのはあながち間違いではないんだよね。
それでも、絶対に対面練習は怠るべきではない。
どんなデッキに、いや、どんなカードと戦うか分からないってことは、知っているカードと戦うこともある筈だ。
その時、練習不足のせいで負けるのが一番勿体ない。
経験は絶対ではないが、判断の助けにはなる。
「――と、いうわけで兎にも角にも練習あるのみなんだけど……その前にやらなきゃいけないことがあるのよね」
一週間後。放課後。
あたしは机の上に積まれた大量のストレージボックスを見上げながら、呟いた。
机がぶっ壊れるのではないかと思えてしまう程のカードの量。
これら全て、グレンとヴィーネからの寄贈品だ。
「いいの? こんなにも大量のカード」
「まあ使ってない余りカードだしな、部の共通資産として貸し出すだけだし問題ねえよ」
「わたくしも。家の倉庫に眠っていたものなので」
滅茶苦茶ありがたい。一気にカード資産が増えたことになる。
あたしもあたしなりに資金を溶かしてカードを作っていたのだが、庶民の財布じゃ中々カードが増えなくて困っていたのだ。
流石は公爵家。カードゲームには資金力も大事な要素だなぁ。
「それで、やらなきゃいけないことって?」
「ああ、そうそう。デッキ作りよデッキ作り」
人数が五人揃って、部室も部費もゲット出来たから、次はデッキ作りだろう。
え? あたしとヴィーネとグレン以外の二人はどんな奴かって? グレンの使用人兼ボディーガードの生徒が二人居たからその人たちに幽霊部員で良いからって交渉して入部して貰っただけだ。
いやあ権力って素晴らしいですね。
公爵家の兄妹が部員だからか、部室も結構広めの部屋を貰えたし。カードゲームがしやすい大きな机まであるし。
「デッキ作り?」
「うん、勿論二人は今まで通り【ドラゴン】と【クリムゾンアニマル】を使ってくれて構わないんだけどさ、毎回同じ組み合わせで戦ってたら練習にも限度があるでしょう?」
だから仮想敵として強い人が使いそうなデッキを何十種類か作っておくのだ。
もうプロキシで幾つか作っているが、まだまだ数が足りないし、何よりプロキシを用いないあたし用のデッキを作る必要もある。
【勇者】デッキはあくまでも初心者向けのデッキであり、大会で勝ち抜くにはちょっとデッキパワーが物足りないのだ。
「初心者向けデッキに二十敗した俺って……」
グレンが何やら落ち込んでいるが、勝者から敗者に掛ける言葉は無いのでスルーする。
「成程……ちなみに、リリッサはどんなデッキを使用するつもりなのかしら?」
「うーん、悩み中。【無限ビルドアップ】か、【クリムゾンアニマル】か、【機械神】か……」
ゲームで強くてよく使ってたのは【無限ビルドアップ】だけど……あれってループの癖に殴るからあんまし美しく無いんだよなぁ。
「ん? 俺の【クリムゾンアニマル】も候補なんだな、いやまあ強いデッキだとは思うが……お前の【勇者】に二十敗したデッキだぞ?」
正直デッキ変更も視野に入れてた、と【クリムゾンアニマル】デッキを取り出しながら言うグレン。
「いやあれは【クリムゾンアニマル】に【勇者】が相性良いだけですよ。選ばれないモンスターを擁していて、比較的キルターンも早い【勇者】は【クリムゾンアニマル】に有利なんです」
「……た、確かに」
「そういう相性の有利不利を研究するのも決闘部の目的ですね」
相性って案外ぱっと見で分からなかったりするからね……何戦も何戦も重ねないと、有利不利って見えてこない。
ストレージボックスからカードの束を掴み、軽く物色する。
お、流石は公爵貴族の余りカード、庶民にとっては中々手が出ないカードもあるじゃない。
「あ、『闇夜の一撃』だ。【無限ビルドアップ】に使うし出しとこ」
「? それってコスト高い割には相手に一ダメージ与えるだけの雑魚カードよ?」
「いいのいいの、カードは使いようよ」
「まあ確かに、墓地からも発動できるのは面白いと思うけど……」
まだ氷山の一角しか見てないけど、これなら大抵のデッキは組めそうだ。
何をメインデッキに据えようかなぁ……。
「『ガゼルゼウス』が手に入っていれば【獣神】一択だったんだけどなぁ……」
ぼそりと呟く。公式チートとまで呼ばれたあのカードがあれば、迷わず選択していたのだが……。
待てよ? 世界大会ともなれば【獣神】デッキを使ってくる奴が居てもおかしくないよな……プロキシで良いからどのみち作っておくかぁ。
「ま、とりあえず……」
あたしは鞄から複数枚の紙を取り出して、分割して二人に渡す。
デッキレシピだ。仮想敵として、あたしが考えた選りすぐりのデッキである。
「このあたしの考えた仮想敵デッキを手分けして作っていきましょう」
「…………」
「…………」
「ストレージボックス漁って、本物のカードが無い奴は紙とペン使ってプロキシを作ってください。あ、スリーブは大量に買っておいたのでご自由に」
二人が、塔のようにそびえたつストレージボックスを見上げる。
そんな顔しても秘匿性のために部外の人間は使えないから自分でやるんだよ。
「さ――はじめよっか」
こうして、今日の部活動の時間はストレージを漁ってデッキを作る作業だけで過ぎていくのであった。
*****
男として産まれてしまった以上、一度は『最強』を夢に見る。
俺――グレン=ルネは、幼い頃から地頭が良くカードも強いカードを買い与えられていたから、決闘では大人にも、誰にも負けないと考えていた。
実際殆ど負け知らずのまま幼少期を過ごして――ある日、その自信は粉々に打ち砕かれた。
当代最強と謳われた王族、【ロイヤルナイツ】の正統な後継者アレックスによって。
今でこそ奴とは親友だが、幼い頃はよくケンカをしたし、よく決闘をしたものだ。
決闘での勝率はゼロ%、すなわち俺は一回も奴に勝ったことが無い。
いつしか俺はアレックスに勝つことを諦めて、高校生になった今、喧嘩をすることも無くなり、幼馴染であり友であり、そして妹の婚約者……つまりは弟のようなものになった。
もう二度とアレックスとは決闘しないだろう、と勝つことを諦めていた――のに。
『わたくしのターン、ドロー』
妹が、ヴィーネがアレックスに挑んだ。
正直、絶対にボロ負けして婚約は解消されるものなのだろうと思っていたのだが、妹は善戦した。
勝つことは出来なかったものの、俺よりも圧倒的にアレックスを追いつめて、勝ちまであと一歩というところまで追い込んだ。
いや、ある意味勝ちだったのだろう。プレイングで愛を伝え、婚約破棄どころか学園公認のイチャイチャカップルにまで返り咲いたのだから。
妹曰く、あそこまで戦えたのはリリッサのおかげとのことだった。
彼女と一緒に練習した際は驚きの連発だったという。
初心者とは思えぬ程の、プレイング練度、カード知識。アレックスと渡り合えた理由の殆どは、彼女から得た知見によるもの、と妹は語っていた。
そんな馬鹿な、と思った。
リリッサ=アークライトは初心者で、庶民だ。あまり家の格差を言いたくは無いが、カードに使える資金はカードゲーマーとしての強さに直結する。
だから決闘部に入らないかと打診された時、その実力を試そうとしたのだ。
結果は惨敗、悔しいがプレイヤーとしてリリッサは俺の遥か格上ということを分からされた。
しかし、俺の胸中に浮かんだのは悔しさではなく、希望だ。
庶民である彼女が、貴族である俺を打ち負かすことが出来たのであれば、貴族である俺が、王族であるアレックスを打ち負かすことだって出来る筈。
リリッサの元で学べば、俺がアレックスに勝つことだって出来るかもしれない。
幼少期に消えた筈の最強への渇望の火が、再び灯ったことを感じた。
(それに――)
庶民であり、ろくなカードを持ち合わせていないにも関わらず、貴族である俺やヴィーネを圧倒するプレイング。
天賦の才能を持ち合わせたリリッサが、俺らによる資金的援助、すなわち大抵のカードを好きに使えるようになってしまったらどうなってしまうのか。
化け物が生まれるのではないか。
「決闘部か……これからが楽しみだな……」
自室で一人、『クリムゾンベアー』のカードを眺めながら、俺は呟いた。