勧誘決闘! 最適化と、プレイの言語化
グレンのデッキは【クリムゾン・アニマル】。赤い体毛を持った凶悪な動物たちがテーマのATK編重、超攻撃型デッキである。
特に切り札の『クリムゾンベアー』は、驚異のATK七、つまりダイレクトアタックで相手プレイヤーを一撃粉砕出来る強力なモンスターだ。
遣い手であるグレンも、公爵家の長男ってことで幼い頃から決闘の英才教育を受けていることから頭も良く、カードの勉強も良くしている。そのプレイング練度は国内でも上の方に位置しているだろう。
恐らく王子を除けば、この学園でもトップクラスの実力者なのだ。
「『クリムゾンベアー』で攻撃!」
赤い熊の鋭い爪が、あたしのライフを全て削り切る。
二十八戦目の決着が着いた――あたしの負けだ。
「あらら、負けちゃった……これでええっと……」
指を折りながら、今までの勝敗を数える。
ええっと、確か……。
「これであたしの二十勝八敗、ですね。さあ次に行きましょう」
「ちょ、ぜぇ、ちょっと、待ってくれ……!」
汗だくになって肩で息をしながら、グレンは必死に言葉を紡ぐ。
「マジで五十勝するまでやるつもりか!? ていうか何故汗一つ掻いていない!? そして……何故そんなにも強い……!?」
「このゲーム、一試合が短めだからまだ二時間も経ってないじゃないですか。この程度で疲れませんよー」
何千人規模の大型大会で、神経をすり減らしながら一戦一戦勝ち抜いていくことに比べたら大分楽だ。
特にウィザードカードは元々ミニゲームだったからかライフが少なめに設定されていて、一試合が短い。オーブが最大値の十溜まることの方が少ないほどだ。
カードゲームは試行回数が正義。デッキの調整のために何百回と回すことは少なくない。
こちとら暇な休日に一日中カードゲームしていることもあったのだ、この程度で疲れてたまるか。
「……お兄様、リリッサはマジで五十勝するまでやります。そしてカードゲームをしていて疲れを見せることはありません……それだけ、ウィザードカードが好きだということです。正直さっさと降参した方が賢明かと……」
ヴィーネが苦笑いを浮かべながらグレンを諭す。
おいおいなんてことを言うんだヴィーネ。あたしはまだやり足りないからグレンのやる気を折るようなことを言わないでくれよ。
「ぜぇ……そ、そうだな……ここから四十二回も勝てる気がしないし……」
むっ、グレンの心が折れかけている。これはいかんな……。
「でもグレン先輩、ヴィーネと五十先やった時はヴィーネ四十二勝まではしてましたよ」
ぴくり、とグレンの肩が震える。
「このまま負けたら妹以下……ということになっちゃいますよ?」
「やってやろうじゃねえかコノヤロウ!」
グレンの赤い髪が、炎のように逆立つ。
そういえば熱くなると、平時のクールっぷりは何処かへ行って熱血キャラになるみたいなキャラ設定だったけか。まあどうでもいいや。
安い挑発に乗ってくれたおかげで、二十九回戦目開始である。
あたしのデッキが光った。あたしが先行だ。
「あたしのターン、ドロー! オーブをひとつ払って、『旅立ちの日』を発動!」
デッキから勇者をサーチするスペル。この効果で、デッキから『見習い勇者ダン』を手札に加える。
「ターンエンド」
「俺のターン、ドロー! 『クリムゾンチャージ』を発動、手札を一枚捨て、オーブの最大値を一つ増やす!」
互いに序盤はスムーズに進んでいく。
もう二十戦以上やっているのだ、この対面の定石はお互いに理解している。
「『勇者の影シーク』を召喚」
あたしは『モンスターの能力やスペルで選択されない』という能力を持つモンスターを召喚する。
グレンの使用デッキであるクリムゾンアニマルの最も脅威となるモンスターは言わずもがなクリムゾンベアーだ。一撃でも通せば負けというプレッシャーは並のものではない。
ただ、それを踏まえたうえで最も警戒すべきは相手に『ブロック出来なくする』を付与するスペルや能力だ。
クリムゾンアニマルのデッキにはそうやってどうにかベアーの一撃を通すためのカードが多彩に存在している。
であれば、選ばれないモンスターを常にバトルゾーンに絶やさないようにすることこそクリムゾンアニマルデッキの有効な対策となるのだ。
「……またそいつか……!」
何度もベアーの一撃をこいつに防がれてきたからか、グレンが顔をしかめる。
お互いにもう大分プレイングは固まってきた証拠、良い感じだ。
「シーク以外のモンスターで一斉攻撃!」
「ライフで受ける……!」
「ターンエンド」
「俺のターン、ドロー! クリムゾンラビットを召喚して見習い勇者ダンを手札に戻す!」
子気味良いテンポで繰り出されるカードの応酬。
もうお互いにやられたら嫌なこと、やったら相手が嫌がることを分かり切っているからこその読み合い。
最高だ。
「『希望の勇者ダン』を召喚!」
出たターンに攻撃出来る速攻の能力を持った勇者デッキの切り札モンスター。
ライフに殴り掛かれば勝てるかもしれない、が……。
「ダンでクリムゾンドッグに攻撃!」
「ちっ……! クリムゾンドッグは破壊される」
相手にブロックを強制する、対象を選ぶ必要のないブロックどかしモンスターを破壊する。
もしもライフを詰めに行って相手が攻撃を防ぐスペルを持っていたら返しのターンで負けてしまうので、それをケアした形だ。
グレンの表情を見るに、ケアはしといて正解だったようである。
順当に行けば、二ターン後にはあたしが勝てる――。
「……一つ聞きたいんだが」
「……?」
「決闘部に入ったら、このように何十戦も繰り返し決闘することになるのか?」
「ええまあ、そうですね。何十、何百、何千、あらゆる対面練習を繰り返すことになります」
必要なことだ。
対面練習は試行回数が正義。プレイングの言語化をしながら、ミスを減らし、初見殺しを避ける。それが強くなるっていうことだ。
しかし――。
「……こんなことに意味があるのか? 何十回も戦って、もうお互いのプレイングは露呈しているし、固定化している。引きによって展開に多少差異はあっても、大筋の流れは変わらない」
「あるに決まってるじゃないですか」
グレンの疑問に、即答する。
「固定化、と言いましたね。あたしの狙いの一つはまずそれです。『固定化』とはつまり『最適化』です。最適解が分かっているからこそ、プレイングは固定される」
「……!」
「そして多分ですけど、グレン先輩のプレイが最適化されるまで十試合はかかった筈です。その証拠に、ほら――」
あたしはグレンの横に浮かぶ、未使用のオーブを指差す。
「十一試合目から、あたしの『勇者強化ルートコンボ』の妨害のために必要なオーブを最低限残したプレイをするようになった。実際これをやられるとあたしは辛いです、こっちのプレイ難度が非常に上がる」
「……いや、これは……何となく妨害を残しておいた方が、そのデッキ相手には良いかなと……」
「まさに『それ』ですよ、練習が必要な理由その二です。『プレイの言語化』――要するに、何となくでプレイせずにプレイングの根拠を言葉にするということです」
それなりに経験を重ねたカードゲーマーは、無意識に最適解を選ぶことがある。つまり経験則頼りの、『不安定な』プレイングってことだ。
優れたカードゲーマーはプレイを言語化する。全てのプレイングに、根拠を持たせるのである。
そしてそれは、二、三回の対面練習では得られないものだ。
「膨大な練習量、豊富な経験、そしてプレイングの言語化。全てのデッキとの対面練習。時間も、人手も、あればあるほど良くて余ることなんてない」
カードゲームは一人じゃできない。二人でも足りない。
沢山の人が集まって、知識を出し合って、ようやくそれでスタートラインなんだ。
「…………リリッサ、お前ほんとに初心者なのか? どうやったらその発想に至るんだよ……」
「あたしからしたら、何で皆この発想に至らないのかが不思議です。あたしみたくカードゲーム大好きってわけじゃなくとも、決闘に負けると何か失うかもしれないのに、どうして少しでも勝率を高めるための練習を怠るのか……」
「……成程な」
グレンはそっと、デッキの上に手を乗せた。
サレンダー。降参の合図だ……まだ勝負は始まったばかりだというのに、何故?
「俺の負けだ。五十先もする必要はない。どうやら俺は、まだまだ『練習不足』らしい」
「え~……」
最後まで続けようよ……と思わなくも無いが……まあ、勝ちは勝ちか……。
これで部員一人ゲット、なんだけどもうちょいやりたかったなぁ。
グレンが降参したことによって、決闘の膜が消えていった。
あたしはしょんぼりしながらデッキを仕舞う。そんなあたしの様子を見て、グレンとヴィーネはこらえきれなくなったように笑いだした。
「ふっ、勝ったっていうのになんだその顔は」
「ぷふ……ほんとカードが好きよね、リリッサってば」
ちょっと照れる。
残念という気持ちが顔に出てしまっていたか……。
「決闘部に入る件、了承した。練習相手になれるよう、精々努力しよう」
「うん、あたしも練習相手になれるように頑張りますね」
今日は勝ち越したけど、明日はどうなるか分からない。それがカードゲームってものだ。
常に相手の練習になるように、最新最強の自分でなくちゃあいけない。
「向上心の塊ね……正直、お兄様にここまで勝ち越せたってことはリリッサは既に学園最強クラスだと思うのだけれど」
「これ以上強くなるとすると、世界最強でも目指すのか?」
グレンの冗談めかした問いに、あたしは食いつく。
「待って、その言い方だとまるで世界最強を目指す方法があるように聞こえるんですけど」
「? ああ、四年に一度、世界中からウィザードカードに自信があるやつが国内外問わず集まって開かれる大会があるんだ。次の開催は確か――二年後だな」
まさか、とグレンとヴィーネが苦笑いを浮かべる。
一方あたしは、自然と上がる口角を感じていた。
前世では、ついぞ叶わなかった『世界大会出場』。まさか、まだ目指せるなんて――。
「い、一応言っておくとリリッサ嬢、世界大会は文字通り世界中から猛者が集まってくる大会だ。王族だって出てくるし、他の国の未知なるカードを使ってくる奴もいる」
「それに出場資格を得るにも相当大変ですわよ。王族の推薦か、大会での莫大な実績、どちらも持ち合わせていないと出場する権利はありません。確か過去庶民の出で出場した選手はいない筈よ」
「えー、では、これより決闘部の『活動方針』を発表します」
あたしは、今世の記憶にある限り最も良い笑顔で、二人に告げる。
「『世界大会に出場し、優勝する』。そのつもりで練習頑張っていきましょう」