前世の目覚め! カードはスリーブに入れろやゴラァ!
「リリッサ=アークライト、貴女に『決闘』を申し込みますわ」
わたし――リリッサ=アークライトは今窮地に立たされています。
名門魔法学園であるアルゴニア魔法学園に庶民の身でありながら入学出来たものの、全く馴染むことが出来ずに寂しい学園生活を送っていた……というところまでは入学前から想定していたことでした、が。
何故かこの国の王子である美男子、アレックス=サンダーソニア様から気に掛けられてしまい、恐れ多いことですが、アレックス様と学園生活を友人関係としてご一緒させて頂くような生活が一か月続きました。
その結果――現在に至ります。
場所は図書室。アルゴニア魔法学園が誇る広大で歴史ある部屋の一角で、わたしはアレックス様の婚約者である美姫――ヴィーネ=ルネ様から決闘を申し込まれてしまいました。
「あうう……」
事の発端は、来月にある学内パーティのペア決めの話が浮上したことです。
本来であれば当然、アレックス様のペアは婚約者であるヴィーネ様が務めるものでしょう。わたしだってそう思っていたし、誰もがそうでなければいけないと考える筈です。
しかし。
「来月のパーティはね、リリッサと出ようと思う」
アレックス様の鶴の一声で、何故かわたしがペアを務めることになりました。
意味不明です。アレックス様の考えていることが理解できません。正直言って迷惑行為以外の何物でもありません。
そしてここからが最も理不尽だと感じたことなのですが、何故かヴィーネ様の中でアレックス様ではなくわたしが悪いということになったようで、わたしにアレックス様を誘惑する行為をやめるように注意しに来たのです。
誘惑なんて全くしていません。誤解です。
しかし聞く耳を持ってもらえず、ヴィーネ様はわたしに決闘を申し込んできたのでした。
「お、落ち着いてくださいヴィーネ様……決闘なんてせずとも、アレックス様のペアはお譲りします」
「それだけじゃないわよ! アレックスへの誘惑もやめろって言ってるの!」
「だ、だから、そ、そんなことしてないです!」
「うるせ~! どうせそのたわわな二つの果実で誘惑したんでしょ! そうなんでしょ! くっそ羨ましい分けろ!」
言いながら、ヴィーネ様はわたしのコンプレックスである大きな胸を鷲掴みにして引っ張ってきます。
痛いです痛いです、やめてください!
「兎に角、わたくしが勝ったら金輪際アレックスに近づくのはやめてもらうわよ!」
その炎のように真っ赤な髪が逆立つほど、ヴィーネ様はお怒りのようです。
こうなったら仕方ありません、決闘を断るというのは相手の面子を潰すこととなりますので、決闘にわざと負けて、溜飲を下げて貰うしかないでしょう。
「それで……決闘方法は?」
「当然、これよ」
ヴィーネ様が取り出したのは、四十枚のカードの束。
『デッキ』と呼ばれる、魔法使いの盾にして剣。
「【ウィザードカード】……決闘と言えばこれしかあり得ないわ」
「……あ、あわわ……」
ウィザードカード。この国の誰もが知っている、決闘には必須の魔法のカードだ。
曰く、国政の方針すらこれで決めることがあるという古来伝統のカードゲーム。
特にこの魔法学園においては、その勝敗結果は理事長ですら覆すことが出来ない絶対の決闘方法となっているという。
しかし――。
「あ、あの、すみません……わたし、ウィザードカードを持っていなくて……」
「はあ!? これだから庶民は……!」
この学校に入るまでは、『魔法』も、『決闘』も、わたしにとっては縁のないものだったのです。
カードなんて一枚も持っていません。当然、四十枚のカードを必要とするウィザードカードによる決闘なんてこと、出来る筈もなく……。
「仕方ないわね……わたくしの二軍……予備デッキを貸してあげるわ」
「い、いいのですか?」
「でも当然、予備デッキだからデッキパワーは劣るわ、それでもいいかしら?」
「はい、(何でも)いいです!」
カードは持っていなくとも、授業で最低限のルールは学んでいます。
この際デッキの中身なんて二の次です。兎に角四十枚揃っていて、決闘が出来るなら何でもいいです。
「それじゃあ、これがわたくしの予備デッキよ。大事に使いなさいよ」
「は、はい、ありがとうございます」
机の上に置かれた四十枚のカードの束に、手を伸ばす。
デッキに指が触れた瞬間――わたしはあたしであることを思い出した。
「――――え?」
刹那、あふれ出す前世の記憶。
そうだ、あたしは、令和の日本に生きていた、OLで、喪女で、トレーディングカードゲームを趣味にしてて、限定のパックを買いにトレカショップに向かう途中でトラックに轢かれて。
完全に思い出した――あたしの名前は佐々木凛。
脳みそをぐちゃぐちゃに引き回されているかのような妙な感覚に襲われながらも、あたしは、思わず叫んでいた。
「なんっで、カードをスリーブに入れてねえんだよぉおおお!」
それが、前世の記憶を取り戻したあたしの最初の台詞だった。