59.フランツ大公とフリードリヒ二世の密約
フランツ大公とフリードリヒ二世の密約
離れに着いたジョセフが、一人の人物を案内し戻って来るまでに、トマスは、店員たちに指示を出し、席を整えなおさせた。
「失礼いたします。」
ジョセフが、再び扉を開き案内をしてきた人物の顔を見て、フリードリヒの表情が引きつった。
「フランツ・トスカーナ大公陛下、お待たせしませんでしたでしょうか?」
「いや、今さっき着いたばかりだ。しかし、今日は内密の会合だろ?
呼び名はフランツだけにしてくれないか。」
「はっ、御意のままに。」
食堂に居る全員が、立ち上がると腕を胸に当てて、首を垂れた。
「いや~。馬車に揺られているとお腹が空くね。すぐに食事にありつけるのかな?」
「はい、直ちにご用意いたします。」
トマスが、ジョセフに指示を出し、食事の用意が整えられた。
テーブルには、フランツ、フリードリヒ、トマス、ジョセフがそれぞれ向かい合うように席に着き、護衛騎士たちは、別室で食事が饗された。
一通り、昼食が片付いた所で、トマスが切り出した。
「本日は、この様な粗末な場所にお呼びたて致しました事、改めてお詫び申し上げます。」
フランツが、手を軽く振り、
「何、私にはこのような場所の方が気軽で有難いよ。
で、今日は、我がオーストリアとプロイセンに関して重大な報告と相談があるとの事だったが、聞かせてもらおうか?」
「はい、先ずは、先日フランツ様とフリードリヒ様にご紹介しておりました『えにし』鋼製の武具について、重大な欠陥がございました事をご報告させて頂きます。」
「何?重大な欠陥だと。わが軍の騎士は、既に二千組程、装備を完了させているのだぞ。」
フリードリヒが、怒気を含んだ口調で問い質す。
「して、どのような欠陥だ?」
「それが、この装備を身に付けた者が、誰かに対して殺意・害意を発すると、その気持ちの強さに応じて、動きが重くなり、遂には、全く身動きが出来なくなります。」
「それでは戦場では、役に立つどころか、害にしかならぬではないか!」
「はい、誠に申し訳ありません。言い訳にもなりませんが、私共の科学者や職人がその性能試験の過程で、誰かに対する殺意や、害意を持つことなど無かった為、見落とされておりました。
私共の研究者が、この事に思い当たり、追加の試験を極秘に行えたのは、十日程前でした。」
「うーむ。我が軍に配備されたものは、お主からの無償供与の物であるから、特に損害が出たわけではないが…。実戦で役に立たぬとは。」
フランツが、何気ない口調で問いかけた。
「フリードリヒ殿下は、どこかの国に攻め入るおつもりでしたか?」
「い、いや。そう言う訳ではありませんが…。」
「実は、私の提案でオーストリアの兵にも『えにし』鋼の鎧を調達し、装備させた部隊が、近く編成される予定でした。
しかし、この部隊は、あくまで鉄壁の防御で国境を守る事に専念してもらう心算でした。よって、殺意や害意を持たずとも訓練次第では役に立つかと考えます。」
「しかし、殺意も害意も持たぬ兵士などこの世に居りましょうか?」
「居りますよ。わが身を盾にしても、背後にいる自分の家族を守りたい、人を傷つけたくは無い、と思う者は。」
「しかし、それでは兵としては…。」
フリードリヒが、黙って考え込んだ。
「このような事態となり誠に申し訳ありません。」
トマスとジョセフが、深く頭を下げた。
「そうか、弱ったな。ブライトン商会のお陰で、シュレージェンの鉱山開発も進み、『えにし』鋼の大量生産の準備も整ったが、売り先が無くなるな。」
「私共の国でも同様ですよ。『えにし』鋼の加工工場の生産準備が整ってきたというのに…。」
沈黙が室内に重く立ち込めた。
しばらくの後、突然フランクが、明るく言葉を発した。
「そうだ!フリードリヒ殿下、一儲けして、国を豊かにしませんか?」
「は?どういう事でしょうか?」
フランツの顔には悪だくみを楽しむ悪童のような表情が浮かんでいた。
「この際、『えにし』鋼製の武具を大量に生産して、世界中の国々に売りつけるのです。もちろん、今日知らされた欠陥の事は極秘にして。」
「はあ、せっかくの最強の武具をわざわざ、今後,、敵対するかもしれない国々に売ってしまうのですか?」
「そうです。そうやって、各国の武装を全て『えにし』鋼製に置き換えておけば、どこかの国が、我々の国に侵攻したとしても、自滅してくれる、という寸法です。特に、フランスなどには、早急に広めてしまいましょう。
いきなり宣戦布告をされても、国境を越えた所で、指揮官共々自分たちの武具に捕えられ、身動きできない軍隊。
ああ、ぜひその姿を見てみたい。」
フランツの表情は悪徳商人そのものになっていた。
「それは、確かに愉快な光景でしょうが、そのような武具を売りつけたとなると、販売した方に過失が有ると、責められるのでは?」
「それは、私共が引き受けましょう。」
ジョセフが、提案した。
「もちろん、ブライトン商会が販売した、となれば店としても重大な問題になります。しかし、ブライトン商会とも、オーストリアとも、プロイセンとも関わりの無い武器商人が、闇のルートで武具を流通させ、各国は、他国を出し抜けるものと考えて、喜んで大金を支払ってくれる。そうなれば、私共も、オーストリア、プロイセンも関わり知らぬ事。
騙されて買い込んだ国は、国庫の貯えを失い、プロイセン、オーストリアの国庫は潤う。
素晴らしいでは有りませんか?」
「本当に、そう上手く行けばよいのだが…。」
「お任せください。正直に申し上げますと、私の知っている商人の中には、『死の商人』として、人の生き血をすするような悪徳商人が、数多くおります。
今回の問題は全て彼らに引き受けてもらえると、私たち真っ当な商人としても溜飲が下がります。」
「フム。トマス、ジョセフ。全て任せても良いのだな?」
フリードリヒが、念を押した。
「はい。この際ですから、両国の生産能力を更に高める事と致しましょう。」
トマスが、笑顔で答えた。
「ついては、もう幾つかお二方にお願いがございます。」
「何だ?」
「オーストリアとプロイセンそして、イギリスを加えた三か国間で、秘密裏に相互協定を取り交わして頂けないでしょうか?」
「秘密協定?」
「相互の不可侵条約、経済協定です。加えて、来年に行われるであろう、神聖ローマ帝国の皇帝選挙において、フランツ様を皇帝に推挙するというものです。
そうする事で、フランス、ロシア、スペインなどの各国よりも優位に立ち、プロイセンは、ドイツ連邦国内の統一を果たせましょう。
オーストリアは、フランスに現在奪われている、ロレーヌ領の奪還が可能となるでしょう。
現在はまだ、極秘の情報ですが、フランスの国庫は最近一段と乏しくなっております。
オーストリアが、その救済の名目で、フランスからロレーヌ領を買い取る交渉が可能になるかと。」
「うむ。そうしよう。父上には内緒になるがな。」
と、フリードリヒが笑顔で請け負った。
同様に、フランツも、
「私も、マリアには、内緒にしておきます。」
「で、幾つかと言っていたが、その他には?」
「これからは、生産力を高める上で、労働力の確保が重要となります。
そこで、他国から流入してくる人々に対する差別の禁止と、農民の待遇向上を各地の領主様に徹底させて頂きたく存じます。
やる気に満ちた労働者程、力強いものは有りませんので。」
「それは、その通りだと思うよ。皆に広く伝え、徹底させよう。」
「ああ、私もそう思う。必ず実行しよう。」
「お聞き届け頂き、誠に有難うございます。」
トマスとジョセフが、深々と頭を下げた。
「いや、今日は有意義な会合に参加出来て良かったよ。」
その言葉を残して、フランツはウィーンへの帰路についた。
「トマス。カイトとヤンはこれからどうなる?」
フリードリヒの問いにトマスが答えた。
「それ関しては、私が口を挟むことはございません。いずれ殿下が、王位につかれた際にお二人とお話し合いになって下さい。
それまでは、私共の方で、安全にお守りいたします。」
「そうか。では、頼んだぞ。」
「はい。確かに。」




