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Enisi  作者: 中田 敦
平本とナナ、そして『エニシ』
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ネーデルランド総統からの依頼


     ネーデルランド総督の依頼


 以前、このお屋敷に招待された時は、街には冷たい風が吹いていて、どんよりと曇った空しか見えなかったが、今日は全く違う。この街で、一番良い時期だ。

 熱くもなく寒くもない。空は青く澄み渡り、運河を行き交う船が気持ちよさそうだ。建物一つ一つが優しく、美しく輝いている。

 そんなことを考えながら窓の外を眺めていると、背後のドアが開き、総督が現れた。

 四十代になったばかりの働き盛りの年齢ながら、様々な心労でかなり疲れ切った表情をしている。

 「やあ、トム。お待たせした。」

 「いえ、とんでもない。ご無沙汰しておりましたが、御変りありませんでしょうか。」

 「そうだな。相変わらず、気苦労が絶えないよ。」

 「総督閣下は、責任の重い職務、お察しいたします。」

 「ま、立ち話もなんだ。かけてくれ。」

 「は。有難うございます。」

 俺が、総督の向かいのソファーに腰を下ろすと、シェリーが手早く紅茶の準備を始めた。

 

 シェリーは、ブライトン商会が密かに運営している孤児院の卒業生だが、総督には、そんなことは知られていない。

 シェリーは、ブライトン商会からではなく、他の商店から手を回して、総督の側仕えとして採用された。

 採用前の身元調査は入念で厳しかったが、丁寧な偽装工作で、俺との繋がりなど、一切気付かれてはいない。

 こうして、シェリーは、完璧な侍女として振る舞い、ネーデルランド共和国内の情報収集をしてくれている。

 

 品の良い紅茶の香りを楽しみながら一口含んでゆっくりと味わう。

 「大変良い茶葉ですね。」

 「うむ、最近、良い仕入れ先が見つかってな。」

 「それは、ようございました。」

 「さて。今回お前に足を運んでもらった要件に入ろうか。」

 「はあ、私で何かお役に立てますでしょうか?」

 「いやいや、其方の情報収集力とコネクションの広さは、今やエウロパ随一。ぜひ協力をお願いしたい。」

 「それは、買い被り過ぎというもの。確かに様々な地域から御贔屓にして頂いておりますが、ただの商人ごときに、どれほどの事が出来ますやら。

 で、ご相談の件とは?」

 「うむ、其方はオラニエ公と面識はあるか?」

 「はあ、幾度かパーティでご挨拶をさせて頂いたことはあります。」

 「あの男の事、お前はどう思う?」

 「大変、精力的に物事に取り組まれる方だと。

 また、まだ若くて野心に溢れておいでです。これから、ネーデルランドの将来を担って行かれるでしょう。」

 「その野心。正しくこの共和国の為に役立ててくれればな。」

 「と、申されますと。」

 「どうも、何やら良からぬ事を企んでいるのではないかと、噂が聞こえてくるようになった。」

 「それは、いつ頃からですか?」

 「うむ。この春先からか。」

 「では、何かを吹き込まれたとしたら、去年の終わりにオラニエ公が、ザクセン公に招かれた頃かもしれませんね。」

 「何?なぜオラニエがザクセン公に?」

 「オラニエ公の結婚話ですよ。」

 「そのような報告はどこからも聞いてはおらぬぞ。」

 「でしょうね。公式な招待ではなく、プライベートな事として極秘の訪問でしたから。」

 トムは冷め始めた紅茶を飲み干して言った。

 「トムよ、やはりお前に頼むのが最善のようだ。オラニエが、何を企んでいるか調べて、その証拠を見つけて来てくれ。」

 「承知いたしました。出来得る限り努力して見ます。」

 「あの若造が、この国を亡ぼすことが無いよう、くれぐれも頼む。」

 トムは、屋敷を辞去し、ブライトン商会のアムステルダム支店に戻って行った。



  グレイとマシュー


 一週間前に長崎から戻ったブラックスワン号は、貨物を全て下ろし終えて、今は改修用ドックの中にあった。

 今回の初航海で得られた、新型船の不具合・改善案などについては、商品開発部の技術者集団に、すぐさま伝えられ、ドック内では、改良に向けた議論があちらこちらで繰り広げられていた。

 トムからの手紙が、グレイに届けられたのは、そんな時だった。

 手紙は、行書体の日本語でしたためられており、この地では、手紙の内容を読める者は、グレイとその部下達しかいない。

 手紙には、簡単にネーデルランドの総督からの依頼内容が書かれていた。

 そして、「里」から連れ帰った若者の中で、グレイが今回の仕事に使えると思える者を一人連れてアムステルダムの支店に来るように指示があった。

 グレイは、しばらく考えた後、マシューを連れて商会の定期便に乗り込み、アムステルダムへ向かった。

 マシューは、五年前に「里」に預けていた子供で、言語の習得能力が高く、各地の言葉をその土地生まれのように使いこなす力を持っていた。

 また、航海中も貴族の側仕えとしての教育が行われており、どこの国の貴族に仕えても、一流の従僕として恥ずかしくない男に育っていた。

 サムほどではないが、里で体術も修得しており、潜入・調査という役どころには、打ってつけだとグレイは判断した。

 「やあ、長旅のすぐ後で呼びつけて申し訳ない。」

 トムが、穏やかな口調でねぎらい、二人にソファーを勧めた。

 「で、今回はどこに潜り込ませます?」

 「今、シェリーが色々な伝手を使って一番よさそうな所を探っている。その報告が届いてからだな。」

 「まあ、マシュー君は優秀だから、大抵の事は笑顔でこなしてくれますがね。」

 「グレイ。そうやってプレッシャーをかけるのは止めて下さい。」

 マシューがグレイを睨みつけて言った。


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