201.奇病蔓延
奇病蔓延
ベルサイユ宮殿で異変が起こり始めたのは、オーストリアとドイツが併合された年の夏からだった。
ある日、国王陛下が就寝中に大声を上げてうなされ始め、その夜からうなされ続け、何日も目覚める事が無くなった。
高名な大学出身の宮殿医師達の診察でも、その原因は全く不明だった。
更に、国王が病に倒れた三日後、今度は王妃が全く同じ症状を見せ、昏睡状態になった。
また、その翌日からは皇太子と宰相も同じ症状を発症し、国政は混乱に陥っていた。
「おい、聞いたかよ?ベルサイユ宮殿の呪いの話を」
「ああ、国王陛下が原因不明の病になられてから、王妃も皇太子も宰相閣下も同じ病に侵されたそうだな。」
「ありゃ、絶対、どこかの魔術師がかけた呪いだぜ。」
「いいや、ただの伝染病だとも言われてるぜ。」
「ま、どっちにしても、本当にいい気味だぜ。俺たち貧乏人から、くそ高い税金をふんだくっておいて、贅沢放題だったからな。」
「ああ、全くだ。」
ベルサイユ宮殿に程近い、質素なアパルトマンの一室。デニスは柔らかなソファーに身を任せ、目を閉じ精神を集中していた。
(デニス、あまり無理をしないで下さいね。昨日から根を詰めすぎですよ。)
頭の中でナナが心配そうに声を掛けてくる。
(大丈夫です。まだ精神力には余裕がありますから。それに、この作業の大半は、エニシに記録された数多くの可能性を順に見せるだけで、創作はしなくても良いのですから。)
(それは、そうですが…。)
(それに、同じ人でもこんなに色々な可能性があるって、見ていてとても楽しいのです。)
(そうですか?確かに人間の運命なんて、一つ一つの選択によって幾通りにも変化しますからね。
賢い人は、常に最善の選択をしている様に見えますが、周囲の人間の選択によっても影響を受けて、最悪の選択になってしまう事もあり得ます。)
(そこが面白いのです。運命は自分一人の選択で決められる訳ではないという所が。)
(楽しむのは構いませんが、あなたも正しい選択をして下さいね。
今は、食事と休息を優先して。
後は、私が監視を引き受けます。)
(そうですね。あ、でも、国王の運命を色々見て気付いたのですが、キリスト教の各宗派の影響がとても強いのです。
ここは、宗教関係者にも同じように悪夢を見てもらって、行動を変えてもらう必要があるかと。)
(確かにそうですね。でも、それは私と平本さんに任せてくれませんか?)
(分かりました。そうさせて戴きますね。では、食事と休息を優先します。)
その頃、ベルサイユ宮殿の皇太子の寝所では、皇太子が酷い悪夢を見ていた。
国内のいくつもの場所で反乱が起き、一時的に他国への亡命を目論んだが、途中で民衆に捕まり、ギロチン台で首を落とされる夢だ。
それもこれも、プロイセンとオーストリアが訳の分からぬ併合を行い、民主主義などという下らない夢を民衆に与えたせいだ。
しかし、フランス王国の力では、その流れに逆らう術が無かった。
ギロチン台で首をはねられた瞬間、皇太子は再び現在の幸福な生活に戻されていた。
今度こそ、選択を間違わず、幸福に生き延びられる道を探すのだ。
宮殿で王家一族と宰相を襲った奇病はさらに蔓延を続けていた。
キリスト教の司祭が病に倒れ、また、有力貴族にも発病者が続出し始めている。
「これは、本当に呪われているんじゃないか?」
「ま、いい気味だぜ。今まで思いのままに権力を振るって威張り倒していた連中ばかりが病気になるんだからよ。」
「しかし、貴族ばかりじゃないぞ。この間、召集された三部会の主要なメンバーも病にかかり始めているそうじゃないか?」
「なあに、金に任せて貧乏人を苛めているブルジョア階級の連中だろ。
それこそ、いい気味だぜ。」
居酒屋に集まり、憂さ晴らしをする労働者の手頃な酒の肴として話題は事欠かない。
「なあ、ちょっと話は変わるんだが、最近スリや強盗がめっきり減ったみたいだな。
騎馬警察に知り合いがいるんだが、どうもこれまでのさばっていた闇ギルドが次々と姿を消しているらしい。」
「ああ、そいつは世の中が平穏になって何よりだ。」
「これで、ポリスの連中も騎馬警察の連中も暇になるな。」
「まあ、国王陛下も宰相も病に倒れてるんじゃ、俺たちの事を密告しようって言っても聞いてくれる人がいないんだ。暇でいいんじゃないか?」
「全くだ。それより、“国民会議”って何か聞いたことはないか?」
「ああ、名前だけならな。何だか、平民を中心にした会議を開いて国を動かすんだとか…。それこそ夢みたいな話だろ。」
午後四時を回り、そろそろフランクがそわそわし始めた。
どうせ、今日の仕事は打ち切りにして飲みに行こうと考えているんだろう。
「よう、フランク。何か落ち着かなさそうだな?」
「なんだ、グレイか。何の用だ?」
「いや、しばらくこちらに顔を出せていなかったからな。
俺も仕事が大分片付いたから、飲みに誘おうかと思ってな。」
「そうか!いや、俺も忙しい身だが、グレイ様のお誘いとあっちゃ断れねーな。」
「ただ、飲みながら最近のフランクの仕事の様子の話も聞きたい。例の部屋でも構わんか?」
例の部屋とは、グレイが密かに用意させている秘密会議用の部屋だった。
「例の部屋でか…。おう、いいぜ。」
二人は連れ立って支店の階段を上り最上階へと向かう。
そして、大きな会議室の奥に設えられた隠し扉を開け、その中に身を滑り込ませた。
この部屋は、完璧な防音を施し、誰にも聞かれたくない話をする為に造られた場所だった。
「で、トムの準備はできてるのかな?」
フランクは、どうせそんなことだろうと当たりを付け、通信機のスイッチを入れた。
「やあ、フランク。ご苦労様。こっちは、飲み物も含めて準備万端さ。」
待ちかねていたように、通信機の向こうから、トムの声が入る。
「お、用意が良いね。じゃ、こっちも大急ぎで準備するから少し待ってくれよ。」
そう答えたフランクが、慣れた手つきで、戸棚に用意されていた酒瓶とグラス、そして燻製肉を取り出しテーブルに並べた。
「おう、こっちも準備完了だ。いつでも始めようぜ。」
「では、フランクとグレイの見事な手際の仕事に感謝して。」
グレイとフランクがグラスを打ち交わすのと同時に、トムの方からもグラスの音が響いた。
「フランク。エウロパ中から集めた元闇ギルドの連中の調子はどうだい?」
「ああ、あいつらは本当によく使えるぜ。なにせ、情報が早くて正確だ。
大司教様のお屋敷の中の出来事から、新興のブルジョア商人の事まで、全て調べ上げてくれる。
商会の調査部顔負けの諜報能力だな。」
そこで、グレイが相槌を打ち、付け加えた。
「ああ、俺たちが知らなかった密輸ルートや組織まで全部教えてくれたよ。」
「それは良かった。来月までには、オスマン帝国の闇ギルドも全て押さえ切れると思うから、さらに楽しい情報が入ってきそうだね。」
「ああ、これも、ジャンやトーマスをはじめとした隠れ里組のおかげだな。」
「それで、デニス嬢の方はどんな調子なんだ?」
「アリスとさっきまで話してたんだが、どうやら精神干渉の規模が、事前の予想よりはるかに大きくなっているらしい。
三部会に召集された主要メンバーに対しても徐々に手を広げていると…。」
「うわー!そんじゃ十人、二十人の規模じゃないな。百人単位でかぁー。
デニス嬢一人じゃなく、平本とナナも手を貸してるとは言え凄いな。
しかし、坊さん達、神に祈りをささげてる様なお偉い連中は手強いんじゃないか?」
「いや、そうでもないらしい。宗教関係者の方が簡単に操作できるのだとさ。
それよりも、武術の鍛錬をしっかりしている軍人、ま、今じゃ少なくなったが騎士の方が精神攻撃に対して抵抗力が強いんだとか。」
「そうなんだな。やっぱり坊主達の方が堕落しやすい訳だ。」
フランクが納得したように大きく頷いた。
「しかし、今日俺とフランクを呼んだのは別件の用事だろ。」
グレイが冷静に話題の軌道を修正する。
「うん。そろそろ、フランスの革命も実行可能かと思ってさ。どうだい?フランク。」
「まあ、慌てなさんな。国民会議って話は、徐々に広めてるところだ。
あんまり早急に広めると過激な連中が暴走しちまうからな。
今は、大学出の民主政治に関心のある人間で、指導者として妥当な人物を選定中だ。」
「いつまでかかりそうだ?」
「そうだな。今年の秋の中頃、十月には準備が出来ると思う。」
グレイが、しばらく何かを考えてから言った。
「例のオーストリア・ドイツの連邦国だが、十月になれば、周辺の小国群を含めて、オスマン帝国も参加の意思を表明すると思う。
そうなれば、後はフランスとスペインをいつ引き込むかだな。」
「ああ、それにポルトガルもな。」
トムが、楽し気に小さな笑いを漏らした。
「グレイ、フランク。ここまで来たらできるだけ慎重に事を進めよう。
フランス・スペイン・ポルトガルは、植民地の数がまだ多い。
これから二、三年かけて進めてもいいんじゃないかな。
それが片付いたらロシア帝国と清帝国って所でどうだろう?」
その言葉を聞いたグレイとフランクは視線を交わし、頷いた。
「よし、その線で事を進めよう。」
再び三人のグラスの打ち交わされる音が、通信機を通して響いた。




