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Enisi  作者: 中田 敦
エウロパ鳴動編
200/201

200.闇ギルド(二)

  闇ギルド(二)


 サムが、襲撃を受けてから(襲撃されるように誘いを出したのだが)二日後、カッセルから、メモに記されていた通りに連絡が届いた。

 指定された住所は、サン=ラザールにある廃棄された修道院だ。時刻は深夜。

 この地区は、日中はフランス人だけでなく他国から入ってきた多種多様な人種が居住して、常に露店が道の両側を覆いつくし、喧騒が絶えない所だ。

 しかし、この深夜の時間帯は、嘘のように人通りが消え、静まり返っている。

 その静寂の中を、サムは何の緊張も見せず気楽そうに歩いて行く。

 しかし、サムの研ぎ澄まされた感覚は、闇の中に潜む、殺気を帯びた物騒な気配がいくつも捉えられていた。

 夜道の向こうに、今は遺棄された修道院の建物が見えてくる。サムの周囲の殺気が、一層密度を増していた。

 サムは、周囲の殺気に気付いた素振りを一切見せず、廃修道院に続く石段を身軽に登って行った。

 元修道院の扉は、長年の劣化で片方が無くなっている。その扉の無くなった所を潜り抜け、サムは、ズンズンと奥に進んで行く。

 進むにつれ、漆黒の闇は深くなるが、サムは気に留める様子もなく、足元に放棄された崩れかけたベンチや燭台の名残をスイスイと避けて歩いて行った。

 しばらく奥に進んだ所で、

 「おーい。そろそろ隠れん坊は止めて姿を見せてくれないか。」

 大声でサムが呼びかける。

 その声に応えるように前方に微かな光が灯った。

 「ああ、そっちか?」

 サムは、光の灯る方へとまっすぐ進み出す。そして、足元にぽっかりと口を開けた幅十フィート程の大穴を勢いも付けずに飛び越えた。

 「…!」

 言葉にはならないが、残念そうでもあり、感嘆した様でもある呻きが光のほうから聞こえる。

 「やあ、こんばんは。

 初めまして、俺はサム。」

 微かな光の向こう側に立つ黒ずくめのローブを身に纏い、フードを深くかぶって顔を隠した長身の男にサムが語り掛けた。

 「カッセルから話は聞いた。我々を救いたいとか…。」

 「うん。ちゃんと話は伝わってるね。

 俺が本部から受けた指令は、あんた達、闇ギルドに身を寄せている人間全部を日の光が当たる場所で真っ当に暮らせるように、俺たちの仲間に誘うことなんだ。」

 「そんな夢物語が、信じられるものか。」

 「うーん、そうだよね。いきなりこんな事を言われても信じる奴なんていないよなぁ。」

 「お主がその様な事を言うておって良いのか?」

 「だからさ、俺の性分には合わないんだよね。

 口先だけで人を信用させるなんて、器用な真似は似合わないんだよ。

 ま、俺のボスが出したシンプルな指示は、“闇ギルドの親玉を制圧し、こちらの仲間に引き入れろ”だったからね。」

 「我々を制圧するだと?

 小僧笑わせてくれるな。お前がここに辿り着くまでに、わしが止めねば何度死んだと思っておるのだ。」

 「あー、そう言えば、えらい数の連中が道案内に来てくれてたね。

 お陰で、行き先が分かり易くて助かったよ。

 でも、あの連中じゃ俺にかすり傷一つ付けられないけどね。」

 「はったりだけは一人前か。」

 「じゃ、あんた達の中で一番強い奴と勝負して見せようか?」

 黒ローブの男はしばらく沈黙して考えていた。

 「よかろう。この修道院の地下でその自慢の腕前を見せてもらおうか。」

 「ここの地下?どこから行けばいい?」

 「お前さんが先程飛び越えて来た穴から地下へ降りよ。開始の合図は無しじゃ。

 降りた瞬間から勝負が始まる。」

 「いいよ。」

 サムはそう言うと踵を返し、飛び越えて来た穴の側に戻って行く。

 「相手の準備が出来るまでしばらく待ってあげた方が良い?」

 サムの言葉に黒ローブの男は、腹立たし気に応えた。

 「その必要はない。さっさと殺されて来い。」

 「あいよ。」

 サムは素っ気なく答えると同時に真っ黒な口を開けた穴の中に飛び込んだ。


 サムが穴の底に着地するや否や、黒く塗られたナイフがサムの背後から突き出され、サムの背中に突き刺さった、筈だった。

 しかし、確かにそこにあった筈の背中は掻き消え、ナイフの刃は暗闇の空間で空を切っていた。

 「君は殺気を放ち過ぎなんだよ。

 まさか君が“一番強い人”じゃないよね。」

 唐突に誰もいない筈の背後から声を掛けられて驚いた瞬間、首筋に衝撃を受けて襲撃者は気を失っていた。

 「さてと、一、二、…五人?いや六人か」

 サムは、周囲の気配を探り、敵の人数と正確な位置を感じ取った。

 そして、自分の気配を完全に消し去る。

 「え?!」

 ターゲットを確実に捉えたと思った第二の襲撃者は、目の前からターゲットが完全に消え去った事に戸惑った。

 「さっきの奴より少しマシだけど、もう少し修行した方が良いよ。」

 言葉と共に何もなかった空間から突然、正面に現れたサムに鳩尾を突かれ昏倒する。

 サムは、暗闇の中、次々と敵を気絶させて行った。

 「ふう、これで五人目っと。さてと、一番強い人はどこかな?」

 サムは、ワザとらしく声を上げて呟いて見せる。

 その瞬間、どこからともなく太い針が飛んで来た。

 「うっ!」

 そのまま首元を手で押さえサムが膝を付く。

 「手間をかけさせやがって。」

 闇の中から真っ黒な衣装を身に着けた男が現れ、倒れこんだサムの側へと歩み寄る。

 完全に止めを刺す為に、サムに黒塗りのナイフを突き刺そうとした時、サムの体が幻のように消えていく。

 「魔法じゃないからね。科学的な技だから。」

 その声は、どこかの場所からではなく、直接、頭の中に響いてきていた。

 何が起こっているのか解らず、混乱に陥った男の隙を突いて手刀が首筋に降っていた。

 「よいしょ。」

 目の前に崩れ落ちた男を肩に担ぎ上げ、サムは上階へと続く階段を上っていく。

 先ほど小さな明かりが灯っていた場所まで戻ると、サムは男を地面に座らせた状態で活を入れた。

 「うっ、…」

 「目が覚めた?

 さっきも言ったけど、俺が使ったのは決して魔法なんかじゃないからね。」

 「あれが魔法でないと言うのなら、一体なんだというのだ?」

 「人間の目ってさ、脳と繋がってるから物が見えるんだよね。って事は、脳に直接、間違った情報を伝える方法があれば、見えているはずの物が見えなくなったり、別の物に見えたりするんだ。

 エニシの力を上手に使うと、こんなことも出来ちゃうのさ。」


 「さて、この勝負は俺の勝ちだね。何か言い分がある?」

 サムは、最後に倒した男が、この闇ギルドの頭目である事をその気配から見抜いていた。

 「いや無い。我らの完敗じゃ。

 それで、お前さん達の仲間になるという事は、具体的にどう言う事になる?」

 「そうだね、まず、今の仕事からは完全に足を洗ってもらうことになる。

 でも、そうすると身入りが無くなっちゃうよね。

 そこで、ブライトン商会が依頼する真っ当な仕事をやってもらうことになる。

 それと、あんたたちの仲間で、手配書がポリスや騎馬警察、他にも各国で出回ってる手配書は、全てブライトン商会が手を回して消し去ることになる。

 特に目立った特徴のある奴らは、その素性を消すために特徴を変えることになるかな。

 これで、あんたたちの仲間は全員普通の人間に変わって、誰にも後ろ指を指される事が無くなるよ。」

 「あんたが、本当にブライトン商会の人間だという事はどうやって証明する?」

 「闇ギルドのボスなら、きっと聞いたことがあると思うんだが、これを知ってるかい?」

 そう言うとサムは、ポケットから一ペンス硬貨を取り出し、頭目に渡した。

 頭目は、怪訝な顔で受け取った硬貨をじっと見つめ、裏表を確認し、驚いた表情を浮かべた。

 「こいつは、確かに噂で聞いたブライトン商会の最重要人物にだけ渡される一ペンス硬貨だ。

 まさか、本当にお目にかかるとは思わなかったぜ。」

 「これで、俺の話も信用してもらえるかな?

 あ、それは返してね。」

 サムはそういうと頭目の手から硬貨を受け取り無造作にポケットに戻した。

 「もしかして、最近、他の闇ギルドが次々と引退したって事だったが、ありゃあ、ポリスや騎馬警察に監獄送りにされた訳じゃなかったのか…。」

 「うん。俺が任された闇ギルドは、頭目の所が最後だよ。他はこの十日でみんな納得して仲間になってくれたよ。

 ああ、これでグレイに馬鹿にされずに済みそうだよ。」


 少し緊張してサムは目の前のドアをノックした。

 「サムか、入れ。」

 何時もの様にこちらが名乗る前に誰が来たかを判っている。

 「グレイ、全部片づけたよ。」

 「ああ、ご苦労。さっき調査部からも報告を受け取った。」

 「ほかの誰かが、手こずってるんなら応援に行こうか?」

 「いや、大丈夫だ。他の奴らも全員昨日までに完了したと報告があった。」

 「え、俺がビリ?」

 「ま、そうだな。だが、期限には何とか間に合って良かったじゃないか。

 他の連中はもう少し簡単な闇ギルドが多かったからな。」

 珍しくグレイの言葉に棘が無い。

 「しばらく、そうだな、三日程は、自由に休んでくれ。休みが終わったら今度はオスマン帝国の闇ギルドを同じ様に仲間に引き込んで来てくれ。」

 「え?休みは、たったの三日だけかよ。」

 膨れて言い返したサムの頭上に、またグレイの拳骨が降ってきた。


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