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Enisi  作者: 中田 敦
平本とナナ、そして『エニシ』
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セットアップ 平本とナナ(2)

   GW二日目


 「平本 一さん。お早うございます。」

 うん? 誰の声だろう。どこかで聞いたような。

 目を開けると見慣れた自分の部屋の風景があった。

 慌てて体を起こしたが、他の人がいるはずもない。

 「神経系同調が、ほぼ完了しました。」

 今度聞こえた声は、明らかに頭の中で鳴っていた。

 一瞬何が起こったのか、訳が分からなかったが、だんだんと目が覚め始めて、思い出した。

 「これが神経同調?」

 「その通りです。現在、私は他のスピーカーからの音声出力ではなく、直接、聴覚神経を通した発信を行っています。

 聞こえ方は明瞭でしょうか?」

 「なんだか不思議な感覚だな。自分の声が頭の中で勝手に喋っているような。」

 「聞こえる声については、聴覚神経系にある記憶の中であれば、多少、調整可能ですが、何かリクエストはありますか?

 かわいらしい女性の声をお望みでしたら、このように変化させることも可能ですが。」

 途中から、声の響きが、近所のコンビニのアルバイトの女の子の声に変った。

 「男性の声に変化させることも可能です。」

 今度は、明らかに弟の声になった。

 「ちょっと待て。なんか、どっちも変だ。現実に聞いてきた声がすると、誰と会話しているのかわからなくなる。」

 「では、最初の音声パターンに戻します。」

 また、自分の声が喋っている。

 「いや、それも混乱する。俺が考えているのか、『ナナ』と会話しているのか分からないと、自分が精神錯乱状態に思えてくる。」

 「では、どのようなパターンがお望みですか?」

 今度は、一言ずつ、いろいろな声が入り乱れてきた。

 「…うーん。」

 「できれば、昨日スピーカーから聞こえていた機械的な音声が混乱しないかも。」

 「では、このパターンでよろしいですか?」

 今度は、俺が、昨日「ナナ」の声として認識していた声に切り替わった。

 「うん、それが妥当かな。」

 「なんとも、つまらない結論ですね。では、この音声パターンに設定します。」

 ん? なんか余計な一言が入っていたような。

 「気のせいです。本日は、何か予定が決まっていますか?」

 「いや、特に何もないけど。

 もしかして、俺の考えていることが聞こえるの?」

 「いえ、そのような事はしていません。個人の思考を読み取るようなことは、出来ない事になっています。正確に音声信号として発信されたもののみが入力されます。」

 何か、少し慌てたような、言い訳がましい響きだ。

 「私のように優秀なAIは、状況推測の的確過ぎることがありますので、そのような誤解が起きているものと推察します。」

 明らかに、言い訳っぽいぞ。それに、自分を優秀だなんて機械らしくない。

 「では、ご予定がなければ、神経同調の仕上げを行いましょう。」

 慌てて、話題そらされたような。

 「朝食と身支度が終わりましたら、『ナナ』をお呼び下さい。」

 突然、頭の中の声が途絶えた。

 

 シャワーを浴びて、簡単な朝食を終えると、俺はナナに呼びかけた。

 「ナナ、終わったぞ。」

 「了解しました。」

 再び、頭の中の声が復活した。

 「では、胸ポケットにカメラマイクを着けておいて下さい。」

 頭の中の声の通りに、シャツの胸ポケットにボールペンをさすように、カメラマイクを取り付ける。

 「オーケーです。視界が確保できました。続けて、周囲の情報収集とコミュニケーションの向上を図っていきます。」

 「コミュニケーションの向上?」

 「はい、今のようにではなく、いちいち声に出さずに、私に指示を出せるように調整を行います。

 いつも独り言をぶつぶつ言っている人間は、不審がられますから。

 声に出さない指示信号を正確に受信できるようにしていきます。」

 「まあ、拡張パックに高い金を出した目的がそれだから、実現しなきゃ。」

 「それでは、外出をして頂き、健康のため、散歩をしながら調整を進めましょう。」

 「なぜ散歩?部屋の中じゃダメなの?」

 「他人の目を意識しながら調整を行った方が早く済みます。

 また、年齢的に運動を積極的にしておかなければ、メタボリックシンドロームなど、健康上の問題も発生します。一挙両得です。この程度のことで、いちいち面倒くさがらないでください。」

 「ハイハイ。わかりましたよ。」

 「いえ、私は、口うるさくないです。あなたの健康と調整の効率アップのためです。」

 「いや、口うるさいとは…」

 「そう思われたのでなければ結構です。では、出かけましょう。」

 「どこへ行く?」

 「とりあえず、この近所の地図データに公園があります。そこへ向かいましょう。それから、極力、私への指示・質問は、声に出さずに行ってみて下さい。

 声に出されるとマイクが音声を拾ってしまい、調整になりません。」

 「それでオーケーです。」

 え?そうか。いま、頭の中で「わかったよ。」って言おうとしたのが伝わった?

 「はい、それでオーケーです。なかなか、上達が早いですね。」

 「そうか。いや、俺って優秀?」

 「いえ、私が優秀なのです。では、さっさと外に出て下さい。」

 「そんな、せかさなくても。まだ、上着も着てないし。」

 「現在時刻、午前十時三十分。外気温は二十三度、快晴です。上着は必要ありません。スマホだけ、ポケットにあれば十分です。」

 わかりましたよ。面倒くさいやつ。

 「いえ、私は『面倒くさいやつ』ではありません。優秀なAIです。」

 反論は控えて、俺は、さっさと玄関の外に出た。


 ナナの言う通り、外は快晴で、気持ちの良い風が吹いていた。

 「もう少し、速く歩いて下さい。運動になりません。」

 突然、頭の中に催促の声が響いた。

 「そんなに急がなくても、こんな気持ちのいい日なんだから、ゆっくり行こうぜ」

 「先ほど、シャワーの後で計測された体重及び体脂肪率からわずかに肥満傾向が見られます。公園まであと2分以内に到着して下さい。」

 「え、それって走らないと無理じゃない?」

 「現在の体脂肪率が23%ですから、昼食までにその程度のカロリー消費は必須です。」

 「なんで、俺の体脂肪率が分かんだよ?」

 「現在ご使用の体重計は、ブルーツース接続可能なタイプなので、データは読み込み済みです。」

 「だから、俺のプライバシー保護はどうなっている?」

 「個人が、自分自身の情報を自分で使っているだけです。完璧に保護されていますね。急いで下さい。」

 せかされるまま、公園についた頃には、軽く息が切れていた。

 「よく頑張りました。やればできるじゃないですか。」

 「褒めてくれても何にも出ないぞ?」

 「別に何もいりません。では、ここから公園内をゆっくりと、一時間かけて歩きましょう。」

 「へ? 一時間も?」

 「はい。歩きながら、平本さんが、公園内の動植物で名前を知らないものについて、私に質問して下さい。もちろん、言葉に出さずに。これで最終調整を行います。」

 「ああ、そういう事か。」

 「ではスタートしましょう。」


 一時間は、あっという間に過ぎて行った。

 ナナに思考だけで、目に付いたのを片っ端から尋ねると即座に答えが返ってくる。

 足元の雑草に、一つ一つ名前が付けられている事に感心し、小鳥の名前やさえずり方の話に耳を傾けた。

 マンションの近くのコンビニで昼食を買おうと考えていると、ナナが言った。

 「昼食は、昨日と同じ定食屋にして下さい。」

 「なんで?」

 「同調トレーニングのレベルアップを図ります。」

 「次の課題は何?」

 「普通に人と会話をすると同時に、頭の中で私との会話もできるようにしていく必要があります。」

 「う。いきなりハードルが上がってないか?」

 「いえ。かなり難易度は低いです。今後、仕事中の利用を意図されているのであれば、今の内にこの程度の訓練は必須です。」

 「もう少し慣れてからでもいいんじゃないか?」

 「休み明けに、会社の方から、気が変になったと思われても良いのでしたら。」

 「いや。それは絶対に困る。」

 「では、大人しくトレーニングを続けて下さい。」

 結局、ナナに引きずり回されるように午後を過ごし、部屋に戻った時には、精神的にどっと疲れていた。

 俺は、久しぶりに運動をした事と、慣れない精神同調の疲れから、夕食時に缶酎ハイ一本を飲んだだけで、早々にベッドに入り、深い眠りについていた。


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