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Enisi  作者: 中田 敦
エウロパ鳴動編
199/201

199.闇ギルド(一)

   闇ギルド(一)


 サムは、グレイの言葉を無言で聞いていた。

 ここは、グレイの執務室となってはいるが、実際にはブライトン商会がその名前を巧妙に隠匿して最新の艦船を建造している造船ドッグの地下に、秘かに設けられた部屋だった。

 「…、そういう訳でサム、お前にはこのリストに書かれている闇ギルドの親玉を制圧し、こちらの仲間に引き入れてもらう。」

 「それは構わないけど、どうしてそんな面倒をしなきゃなんないんだ?」

 「この間のオーストリアとドイツの併合については、資料を読み込んであるな?

 その中で、選挙に参加できる国民は、犯罪者を除いた者になると宣言されている。

 闇ギルドで犯罪行為を食い扶持にしている連中は、人間扱いされなくなる訳だ。

 そんな連中を放っておくと碌なことにならんだろう。

 それ以上に、そいつらが可哀そうじゃないか。

 この機会に闇ギルドから足を洗って、もっと人の役に立つ仕事についてもらいたいんだ。

 仲間になって呉れれば、トムが責任をもって全員の面倒を見ると言っている。」

 サムは、改めてグレイから手渡されたリストに目をやった。

 「なあ、グレイ。闇ギルドって連中はこんなに数が少ないのか?」

 「いいや。ほかにもかなりの数が有る事は確認されている。

 そこで、同じような仕事は、エドを始めとして、エニシの里出身の者、全員にそれぞれ振り分けてある。

 お前に任せるリストは、その中でもそれなりに手強いと思われる闇ギルドだ。」

 「ふーん。じゃ、ルークやマシューも別件に当たってるんだ。」

 「ああ、だから、あいつらをを当てにはするなよ。」

 「分かった。」

 「お前は、いつになったら真面な口を利けるようになるんだ?

 そこは、“分かりました”だろ。」

 「別に、いいじゃん。他の人は居ないんだし…」

 そう言いかけたサムの頭上にグレイの拳が降った。

 その拳を紙一重で避けたサム。

 「ったく、また一段と動きが速くなったな。」

 「ああ、もう、あんたにだって簡単には負けないと思うよ。」

 グレイは、少し嬉しさの混じった苦笑を浮かべる。

 「ま、今日の所は勘弁してやろう。

 二週間ぐらいで片付けられるか?」

 「うーん…。アジトが分かれば、後は早く片付くと思うけど…。」

 そう答えたサムに向けて、紙のファイルが飛んできた。

 「調査部が調べ上げた情報が、全部書いてある。それが有ればどうだ?」

 片手で飛んできたファイルを掴んだサムが、その中身にざっと目を通し答える。

 「ああ、ここまで調べてあるんなら、十日程で片付くかな?」

 「よろしい。どうしても二週間以上かかりそうなら俺に連絡してくれ。応援を考える。」

 グレイの言葉にムッとした表情を浮かべたサムだったが、

 「分かりました。グレイ船長。」

 そう答えると、サッサと背後のドアから出て行った。


 調査部の資料には、詳細だが、所々に欠落が見られた。

 闇ギルドの主要メンバーの名前と主な潜伏先は記載されていたが、ギルドの頭については全てが不明だった。

 「これは、少しずつ手繰り寄せるしかないか…」

 そう呟いたサムは、パリ郊外の小さな町の、何の変哲もない小さな居酒屋のドアを開けた。

 まだ日が落ちる前の時間で、店内に客の姿はほとんど見られない。

 「いらっしゃい。」

 多分この店の主であろうと思われる中年の男が、不愛想に声を掛けてきた。

 「赤ワインと適当なつまみを頼む。」

 「ワインはボトルでいいか?」

 「ああ。」

 カウンターの隅に座り、つまみに出されたチーズを齧りながらワインを舐める。

 「亭主、ロバンって奴は、いつもはどのぐらいの時間に顔を見せるんだ?」

 「ロバンと言うのは、アンドレのことかい?」

 「ああ、アンドレ・ロバンだ。」

 「あいつなら、そろそろ現れるんじゃねーかな。あいつに何か用か?」

 「ああ、ちょっと仕事を頼みたいんだ。」

 「ああ、そうか。アンドレが来たら教えてやるよ。」

 「ああ、よろしく。」

 そこで、亭主はそそくさと後ろの厨房に姿を消した。

 サムが、ワインを全て飲み終え、追加の注文をすべきか迷っていると、厨房から戻ってきた亭主が言った。

 「今日、アンドレは来ないみてーだな。

 この時間に姿を見せねーって事は、別の店で飲んだくれてるにちげーねえ。

 お客さん残念だったな。また、今度来ておくれよ。」

 「そうか。じゃ、またその内、寄らせてもらうよ。」

 サムは、そう答えると店を出た。


 すっかり日が暮れた通りは、田舎町らしく、足元もおぼつかない暗さになっている。

 しかし、訓練されたサムの目には周囲の様子が十分に見て取れた。

 そして、前後左右の建物の陰に潜む複数の人間の気配も手に取るように感じられる。

 (早速引っ掛かってくれたか…)

 サムは、少し酔っ払ったような不安定な足取りで、今夜の宿の方向とは逆に歩き出した。

 背後で素早く動く者の気配があり、頭の上から麻袋がかぶせられ、左右の腕をつかまれると地面に引きずり倒される。

 後ろ手に回された両腕がきつく荒縄で縛られた。

 サムは、その間、普通の人間ならそうするであろう程度、必死に抵抗している様に体を動かし、その間にエニシ糸を縄に絡ませた。

 両足首も縄で縛りあげられると、頭目らしい男の合図で、サムの体が二人がかりで担ぎ上げられ、乱暴にどこかへと運ばれて行く。

 十分も運ばれていただろうか。サムの体はいきなり床に放り出され、頭にかぶせられていた麻袋が引き抜かれた。

 周囲を見渡すと、煌々と灯された蠟燭の明かりの中に、今度は自分の頭に、目元にだけ穴の開いた麻袋を被った男たちが七人、取り囲んでいた。

 「おい、お前は何者だ?」

 「俺はサム。アンドレ・ロバンに依頼があってこの街に来た。」

 「どうせ、騎馬警察が寄越した密偵の一人だろ?」

 「残念だったね。俺は騎馬警察にもパリのポリスにも雇われちゃいない。」

 「嘘は良くないな。

 おい、お前ら少し可愛がってやんな。」

 男たちの中で一番太った男がサムに歩み寄ると、その腹を蹴り上げた。

 いや、蹴り上げたはずだった。

 しかし、その瞬間、サムは絡ませておいたエニシ糸を軽く引き、蹴り上げたいたはずの足の力を巧みに捉えて、起き上がっていた。

 サムの両腕を縛り上げていた筈の荒縄は、バラバラに千切れ、サムの足元に落ちている。

 サムは、更にその場で宙返りをし、再び地面に降り立った時には、両手に持っている細いエニシ糸で両足を縛っていた縄も千切れて、背後の男の顔面にヒットしていた。

 そこからは、瞬く間の出来事だった。

 周囲を取り囲んでいた七人の男たちは、一人を除いて気を失い、力なく床に倒れ伏していた。

 そして、最後の一人、頭目らしく指示を出していた男は、背後から太い腕を首に巻き付けられ締め上げられている。

 「お前、名を何と言う?」

 息も切らさず、冷酷にサムに尋ねられた男は必死に頭を振り答えようとしない。

 「俺があと少し腕に力を入れれば、お前さんの頭に血が流れなくなって、死ぬことになるぞ!」

 冷静なサムの脅しに屈することなく、男の意識は次第に薄れていく。

 「ちぇ、強情な男だな。」

 サムは腕の力を一気に緩め、男の両脇に手を入れると、右膝で強く背中を押し、息を吹き返させる。

 目覚めた男を正面から見据えると、サムが言葉を放った。

 「お前の名前は、アラン・カッセル。お前の属する闇ギルドの中間管理職。別名切り裂きのアラン。

 うちの調査部にあんたの特徴や特技は全て知られてるよ。」

 「うちの調査部?一体どこの組織だ?」

 「あんたが、この先、素直に教えてくれたら、それと引き換えに教えてあげるよ。」

 「誰が喋るかよ。」

 「別にあんたらのギルドをどうこうしよう、ってんじゃ無いんだ。

 ただ、近頃の世の中の変わり様は、あんたも感じてるだろ?

 エウロパ全部が新しい時代を迎えようとしている。

 そんな時代に、いつまでも古い組織を守ろうとしても、いつか無理が来る。

 これまでもそうだったけどさ、闇ギルドの人間はどこかで人扱いされてこなかったじゃないか。

 オーストリアとドイツが新しい国に生まれ変わった時には、本当に人間として存在を認められなくなっちゃうよ。

 ま、俺も、孤児だったから人間扱いされずに五歳になる頃までは過ごしてた。豚以下の扱いを受けてたからな…。」

 「だったら、どうだってんだ?

 どうせ、俺たちのような境遇の人間が真っ当な生き方をさせて貰えないのは同じじゃないか?」

 「俺は、ある組織に拾ってもらって、人らしい生き方を手に入れたよ。

 その組織にあんた達も迎え入れたいんだ。

 でも、それを決められるのは、闇ギルドのボスだけだろ?

 だから、俺をボスに会わせて欲しいんだ。」

 カッセルは、サムの言葉にすぐには答えられなかった。

 「このフランスという国も、もうすぐ新しく生まれ変わる。

 それまでに闇の世界、暗黒の世界で虐げられてる人達を救いたいんだ。

 頼むよ。あんたらのボスに会わせてくれ。」

 しばしの沈黙が室内に広がった。

 「わかった。俺がボスに話してみる。だが、ボスが何て言うか判らんぞ。」

 「いいよ。あんたに任せるよ。

 ああ、そうだった。俺達の組織の名前なんだが、ブライトン商会って言うんだ。この名前もボスに必ず伝えて欲しい。」

 「ブ、ブライトン商会!本当か?」

 「ああ、本当さ。もし、ボスが話を聞いてくれる様なら、ここに連絡してくれ。」

 そういうと、サムはカッセルの手に一枚のメモを手渡した。


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