198.逆革命 皇帝と大王の引退宣言
逆革命 皇帝と大王の引退宣言
半月も経たない内に、オーストリアとプロイセン及びドイツ領の統一のニュースは全世界に広がった。
そして、神聖ローマ帝国皇帝ヨーゼフとその母であるオーストリア公女マリア・テレジア、プロイセン大王フリードリヒの共同声明の細かさは、驚きをもって読者を唸らせていた。
“我らの名の元に、以下の宣言を布告する。
これは、これまで各々の領土を預かってきた者としての最後の勅命として受け止めて頂きたい。
第一に、この国の主権者は、今後、全ての国民となる。
身分・職業(犯罪者は除く)・貧富の差・性別・民族・宗教などによる差別は、これを一切認めない。
第二に、皇帝・国王・領主などの旧制度の身分は、相応の年金と引き換えに全員がこれを放棄し、特権階級の世襲は認めない。
第三に、本年四月一日より、犯罪歴が無く、納税の義務を正しく行っている者により、別表に記載した地区に分け、選挙を実施し、各地域の代表者を選出する。
第四に、本年八月中に各地区の代表者の中から一名の代表者を選出してもらい、我々の引退後の国政を一任する。
第五に、宗教団体の国政への参加はこれを認めない。
第六に、新国家は、国民の基本的人権として、生存権・居住権・私有財産保持の権利…
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そこには、事細かく大王達の引退後の国政の指針が示され、更に人々を驚かせたのは、九十一番目と九十二番目の項目だった。
第九十一に、武力を用いた戦争による国境の変更、侵略等の行為は、今後、全て放棄すると共に、他国に対してもこれを受け入れない。
その為に、現在ある軍隊は直ちに解散し、国防及び犯罪行為に対抗するための自衛組織に改編する。
第九十二に、新たに創設される連邦国について、エウロパの諸国及びロシア帝国・オスマン帝国の諸邦が加盟する事をいつでも受諾する。
「戦争を放棄するだと?何をふざけた寝言を言ってるんだ?」
「いや、案外、寝言では無いのではないか?
実際、ここ数年は、どこの国でもドンパチは起こっていない。
お前さんは聞いたことは無いか?
世界中で大砲も鉄砲も撃つことが出来ない上に、剣や槍も人を傷つけようとすると銀色の粉に変わっちまうって。」
「ああ、その噂は聞いたことが有るぜ。
でもよ、もし、それが本当の事だとしたら、戦争のやり方は、大昔の投石機を使った時代に戻っちまうだろ。
エニシ糸を織り込んだ制服とエニシ鋼製の盾の前じゃ戦争にもなりゃしないかもな。」
「そうだよな。」
下町の住民たちにも、本来、軍事機密であるはずの軍の状況は、フランク達の作り上げた組織と、大学をはじめとする教育機関・研究機関の手で情報が行き渡っている。
「そしたら、国民の全てが平等な国ってのも、案外、実現できるかもな。
お前さんは、今度の選挙で誰に投票するか決めたのかい?」
「ああ、そいつが一番難しいな。」
「ペスタロッチ氏なんてどうだい?」
「ああ、あの人か。孤児院で貧しい子供達を引き取ってるってのは、偉い人だと思うがな。
しかし、彼は子供達に厳しすぎるよ。噂じゃ、言う事を聞かない子には酷い体罰を与えるそうじゃないか?」
「いや。最近はそうでもなくなったらしいぞ。
なんでも、フランク氏にこっ酷く叱られて、改心したらしい。」
「そうか。しかし、どうしてフランクさんは選挙に出てくれないんだろう?」
「そうだよな。あんなに熱心に学校を小さな村にまで建てて、人々の小さな困り事にも耳を傾けて、問題解決の為に懸命に動いてくれる。それも、無報酬でだぜ!」
「ああ、無報酬でって所がすごいんだが、あの人は、自分の活動で名前が知れ渡ることをとても嫌がっているんだ。
だから、選挙にも立候補は絶対にしないって断言しているらしい。」
「そうか。しかし、もったいないよな、あんな人物が選挙に出てくれないなんて。」
「ファ、ファ、ファクション!」
フランクが、大きなクシャミをした。
「フランク、風邪か?」
「なぁに、大丈夫だ。どこかの美女が、俺様の噂でもしてるんだろう。
で、グレイ。話ってぇのは、何だ?」
「ああ、フランス国王がプロイセンやオーストリアの真似をして三部会なる会議を招集したそうだ。
しかし、聖職者を第一身分、貴族を第二身分、そのほかの連中は第三身分と区分けした所は全く違うがな。
それに、王家の権限はそのままに意見だけを聞かせろと言っているらしい。」
「それじゃあ、何も話はまとまらんだろうな。」
グレイは、手にしたグラスを軽く持ち上げ同意の意志を示した。
「そこで、お前さんが作り上げてきた組織でフランス国内に全く別の会議体を立ち上げてもらいたい。
そうだな“国民会議”何て名前でどうだ?」
フランクは、グラスの底に残っていた酒を一気に飲み干し、笑顔で答えた。
「“国民会議”か、良い名前だな。すぐに取り掛かろう。」
「ああ、頼むよ。」
「で、フランスの王様の立場はどうする?」
「あの王様が、いきなりその立場を手放すとは思えんが、できる限り血が流されないように穏便に引退を願おうか。」
「それじゃ、デニス嬢の力も貸して貰えるとやり易いかもな。
先だっての村人の消失事件では、大活躍だったらしいじゃないか。」
「ああ、トムには話しておこう。それで、デニスが承知してくれればな。」
「いつ頃返事がもらえそうだ?」
「そうだな。明後日までには返事が出来ると思うぞ。」
春の午後の日差しの中で、アリスとデニスは紅茶の香りを楽しんでいた。
「寛いでいるところを申し訳ないが、デニス、少し相談が有るんだ。」
書斎から直接中庭に出てきたトムが、声をかける。
「あら、では私は席を離れましょうか?」
アリスが気を使って腰を浮かせかけた。
「いや、アリス。君にも聞いていて欲しいんだ。そのまま居ておくれ。」
トムは、そう言うとテーブルの空いていた席に腰かけた。
トムが座ると同時にアリスが、予備のティーカップに紅茶を注ぎ、差し出す。
「有り難う、アリス。頂くよ、やあ、この茶葉はまた良い香りだな。」
「それで、ご相談とは?」
デニスがトムに改めて尋ねる。
それに答えて、トムがフランス王国の現状とフランクに依頼した内容を簡潔に説明した。
「そこで、現在のフランス国王が大人しく国の実権を国民議会に禅譲してくれるように働きかけを手伝って欲しい。」
「禅譲ですか、確か中国ではそのようにして権限を譲り渡した事があったと何かで読んだことが有りますが、エウロパでそのような権力の移譲は聞いたことが無いような…。」
「そうだね。よく勉強しているな。
だが、今回も可能な限り、誰の血も流さずにフランスの王様には、ご引退を願いたい。」
「そうなると、現在の王と同時に王妃や皇太子にも働き掛ける必要がありますね。」
「うん、そうだね。」
「では、今夜ナナや平本とも相談して、出来るかどうか判断したいのですが。」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ。
そうだな、平本とナナにも力を貸して貰えるのが一番いいな。」
「お父さん。デニスが出来ないと判断した時には無理強いは許しませんよ!」
横で静かに話を聞いていたアリスが、トムに厳しい口調で念を押した。
「もちろんさ。父さんがデニスに無理強いをした訳じゃ無い事をアリスにも知っておいて欲しくて、君に同席してもらったんだから。」
(ナナ、平本。私としては今回の要請には応じて上げたいのだけど…)
その夜、デニスはナナと平本に相談を持ち掛けていた。
デニスは、これまでの精神操作の訓練の過程で、いつでも二人と連絡が取れるようになっていた。
そして、二人の正体、未来に存在する人と人工知能である事も薄々感じ取っていた。
(そうだなぁ…。国の政権を移譲させるなんて大事に手を貸していいのか?ナナ。)
(何をいまさら仰っているのですか?
アメリカの無血革命にもあれほど手を貸しておきながら。)
(だって、アメリカには元から国王も貴族もいなかったんだから…)
(同じことですよ。これまで私たちが干渉してきた出来事と何一つ変わりませんよ。
相手の身分が高いとか低いとかには関係なく、誰かの命を助けて平穏な時間の流れを作り出す事は、全く同じです。)
(そっか。同じ事か。それならいいんじゃないか。
でも、具体的にはどう働きかければいいんだろ?)
二人の会話を静かに聞いていたデニスが、唐突に提案をしてきた。
(あの、オコナー大尉の時や、松江という国で三次という男に仕掛けたやり方は使えませんか?)
(ああ、何だか懐かしいな。
そうか、国王や王妃、そして皇太子に起こり得る様々な未来を見せて、その中で、自分たちで自分達にとっての最善の選択をしてもらうのか。)
(今回は対象者が、かなりの人数になるため、それなりの準備と時間が必要になりますが、良いのではないでしょうか。)
平本とナナの賛同を得られ、ドリスは嬉しくなった。
(では早速、明日の朝にトムに伝えますね。)




