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Enisi  作者: 中田 敦
平本とナナ、そして『エニシ』
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セットアップ 平本とナナ(1)

   セットアップ


 ようやく、ゴールデンウイークが今日から始まる。

 パーソナルAIの購入は、誰にも言っていない。

 が、ほとんどの同僚や新入社員は持っていて、当たり前になり始めていた。

 「俺はそんなものに頼らない。」

 と、言っていた手前、急に使い始める事に多少の気恥ずかしさがあった。

 みんなの様に、仕事中やプライベートでも、イヤホンを常時装着して、いつも独り言を小声でぶつぶつとつぶやくような使い方にも抵抗があった。

 しかし、この拡張パックが、宣伝文句の通りであれば、誰にも気づかれずに利用者デビューができるはず。

 早速、簡単な朝食を終えると、クローゼットの奥にしまい込んでおいたパーソナルAIの梱包を開いてみる。

 段ボールの中には、緩衝材で丁寧に保護された一辺が三十センチ程の立方体の筐体が一つ収められていた。しかし、重さは見た目より軽く、二キログラム程しかない。

 後は、「初期設定セットアップガイド」と書かれたA4の紙が一枚入っているだけ。

 かと、思ったら箱の内側に張り付けられた「拡張パック」、「専用カメラ&マイク」と書かれた封筒が二つ出てきた。

 本体は、どこにも継ぎ目がない、銀色の金属の箱で、正方形の両面に、それぞれ、直径十センチほどの円が刻まれ、円の中に矢印が一つ描かれていた。

 「セットアップガイド」には、「設置方法及び電源の投入」というタイトルの文章と、簡単な図解がある。

 設置は、「邪魔にならない部屋の隅に、矢印方向を上向きに置いて下さい。」と書かれている。

 その通りに、デスクの横に本体の箱を置いた。

 続きには、『本体の両面の円の中に、利用者の両手を当てて『起動開始』と、声に出して言って下さい。』と書かれている。

 以降は、『本体が起動し、自動で接続できるディスプレイを検出し、次の案内が出ます。』

 と、書かれているだけだった。

 かなり難しい作業を予想していた分、少し拍子抜けした。

 とりあえず、書かれている通りに、本体を挟み込むように両手を当て、「起動開始」と言ってみる。

 と、金属と思っていた側面の円がうっすらと光り始めた。

 「起動開始。利用者の指紋及び掌紋読み取り中。しばらくそのままで手を放さないで下さい。」

 と、女性的な機械の合成音が喋りだした。

 三秒ほど、手を放さずにいると、

 「認識完了。手を放して頂いて結構です。」と再びアナウンスがあった。

 「自動サーチ中。接続可能ディスプレイを発見。ディスプレイの使用を承認しますか?」

 と、立て続けに音声が鳴った。

 思わず、「どうぞ」と、声に出して答えてしまう。

 「ありがとうございます。では、一番近い位置にあるディスプレイと接続します。」

 声と同時に、デスクの上に置いてあったタブレットの電源が勝手に入り、画面上に三重の円が回転するように表示された。

 「初めまして。私は、パーソナルAI 型式番号A7002 製造番号77FE77です。宜しくお願いします。」

 「早速ですが、セットアップ開始につき、私に名前を付けて下さい。」

 え?いきなり名前を付けるの?ちょっと待って。そんなの、考えてなかった。

 えーとそういえば型式番号やら製造番号に、やたらと7と入ってなかったっけ。じゃあ、

 「ナナなんて名前でいい?」

 「了解しました。今後、わたくしに呼び掛ける際は、『ナナ』と呼んで下さい。」

 「では、セットアップを続けます。最寄りのインターネットアクセスポイントを発見しましたので接続の許可を頂けますか?」

 「いいよ。」

 「では、しばらくお時間を下さい。自動セットアップを続けます。」

 ナナは、そう言ったきり、無言になり、タブレットPCの電源も落ちてしまった。

 慌てて、タブレットの電源を入れな直してみたが、先程の三重円は消えていて、いつも通りのメニュー画面に戻っていた。

 そこから、『ナナ』は、何の反応も無くなり、本体の両面の光が、うっすらと明滅して、作動を続けていることが判断できるだけだった。

 何もすることが無くなった俺は、タブレットを持って、昼食を近所の定食屋で済ませる事にした。

 一時間程で部屋に戻ったが、相変わらず、本体の明滅は続いていた。

 仕方なくインスタントコーヒーをすすっていると、突然タブレットの画面が三重円に乗っ取られた。

 「平本 (はじめ)さん。お待たせしました。セットアップ第一段階を終了しました。」

 タブレットが、唐突に喋り始めた。

 「え、おれ、名前言ってないのに。何で?」

 「では、セットアップ第二段階を開始します。」

 おいおい。スルーかよ?

 「まだ、何も個人情報は入れてないのに…」

 「ネット上で、指紋、掌紋から入手可能な情報は収集完了しました。免許センターから氏名、生年月日、本籍、住所、免許取得年月日、前歴等…」

 「何?個人情報ダダもれ?」

 「いえ、指紋及び掌紋で個人確認を済ませ、アクセスした情報です。個人情報は守られています。」

 「いや、守れてねーだろ?」

 「では、セットアップ第二段階、拡張セットアップに移行します。」

 いや、またスルーかよ?

 「では、拡張パックと専用カメラ&マイクを取り出して下さい。」

 「まず、最初に専用カメラ&マイクを取り出して下さい。」

 袋を開けるとボールペンにしか見えないものが一本入っている。

 「接続は完了していますので、とりあえず、シャツの襟の後ろに止めてみて下さい。」

 ??? あ、ボールペンを首の後ろにつけるの?

 「タブレット画面をご確認ください。表示されている様にセットして下さい。」

 画面に出ている通りにクリップで止める。

 「オーケーです。視野が確保できました。」

 「では、続けて拡張パックを開封して下さい。」

 「定着準備シートと表示されている袋がありますね?」

 「えっと、これかな?」

 「耳の後ろを、私がオーケーと言うまで拭いて下さい。」

 「拭いて頂く場所を画面上に表示します。」

 タブレットには、自分の首の後ろから耳にかけての画像が映り、場所を指定する黄色い四角の枠が表示されている。

 ただのウエットティッシュにしか見えない不織布で耳の後ろを拭く。

 「画面を見ながら丁寧にお願いします。四角の枠内の灰色が全て消えるまで続けて下さい。」

 「右はオーケーです。左をもっと丁寧に。」

 「オーケーです。」

 「では、次に生体マイクロチップシートを取り出します。」

 「タブレットに表示されている画像とシートが同じであることをご確認下さい。よろしいですね?」

 「うん、大丈夫。」

 「では、シート上にチップがニ枚張り付けられています。これを耳の後ろの骨のところに張り付けます。これも画面を見ながらお願いします。まずは右から。」

 うーん、画面の中の自分の手の動きが考えているのと逆になる。ムズイ。

 「はい、右はそこでオーケーです。今から三十秒のカウントが終わるまで、しっかりと抑えておいて下さい。」

 張り付けたシートが、なんだか熱いような痛いような感覚があるけど、大丈夫かな?

 「今、生体との同化をスタートしました。あと二十秒。…十秒、五秒、三,二,一。オーケーです。同じ要領で左を行います。」

 再び同じことを繰り返す。

 「お疲れ様でした。ただいまから十八時間程で、組織内への取り込みと、神経系との同調を実行します。

 完了するまでお待ち下さい。

 それまでは、普通に生活して頂いて結構です。お風呂、シャワー等も使っていただいて構いません。

 それから襟に着けてあるカメラは取り外してデスクの上に置いて下さい。

 では、おやすみなさい。」

 アナウンスが流れ、タブレットの画面から三重円も消えた。

 うーん、あと十八時間か。時計は午後二時半前。明日の朝九時まで待つしかないのか。

 久しぶりの連休だが、AIのセットアップがあるので、何も予定を入れていない。

 俺は、何とも手持無沙汰な感覚で、ただ、だらだらと過ごすしかなかった。


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