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第2話 優しさの押し売り

 孝則はシラフで続きを語れないとでも思ったのか、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干して一呼吸置いてから続けた。


「お、俺は訳が判らなくて取り合えず兄貴に連絡した。そこで歌奈ちゃんが海に落ちたって聞いたんだ。後はもう無我夢中でっ!」

「見たものを信じて俺に連絡した。そしたらそれが現実になった訳か……」


 俺は訳が判らず、取り合えず残ったツマミを口に放り込み、酒で流し込む様に腹を満たしてみる。満腹になれば少しは落ち着くかと思った。

 しかしどう返したら良いのか知恵が浮かばない。里菜の助力を求めてスマホの中をのぞいてみると、本当に気分が悪そうな顔をしていた。


「り、里菜。お、おぃっ、里菜っ!」

「里菜ちゃん、本当に大丈夫か?」

「………えっ……あ、うんっ。ちょっと私にも良く分からない、ごめんね」


 俺と孝則で幾度か声を掛けるとようやく声を返してくれた里菜。その顔はとても虚ろだ。


「ご、ごめんよ里菜ちゃん。俺がこんな良く分からない話をしたばかりに……」

「う、ううん。大丈夫、そうじゃないの。ただ、流石にちょっと飲み過ぎたみたい。明日も仕事ハードだからゴメン、先に休むね……」


 里菜は虚ろな顔のまま通話を切った。この後、彼女が良い夢を見られたとは到底思えなかった。


「すまん友紀。せっかくのお祝いを台無しにして……」

「いや、気にすんな。そんな事を誰にも言わないでいるのは辛かっただろうな」

「そ、そうだな……。歌奈ちゃんは助かったしもういいだろって思ったんだがやっぱり言えずには要られんかった」


 すっかり肩を落としてしまった孝則。俺はもう一つグラスを貰って飲み直しを提案しようと思った。


「も、申し訳ついでで悪ぃんだが、実はまだあってな。しかもこれは里菜ちゃんには絶対に聞かせたくない話だ」

「………なんだよ? 言ってくれ」


 俺は言いながら席を一つ右にずれて、自分が座っていた所へ座る様に促す。もう遅い時間になったので客は俺だけ。グラスを渡すとボトルの酒を注いでやった。


 孝則はそれをグィと一口で飲み干すと紐が解かれた様に話し始めた。


「今の里菜ちゃんになる前の鈴木里菜が亡くなった話だ」

「…………っ!?」

「東京都より旅行で鹿児島を訪れた鈴木里菜21歳は、山川港発12:00のフェリーから鹿児島湾に転落。目撃者の証言によると故意というより、風に飛ばされた帽子を追っていた所を足を滑らせる感じだったらしい」


 今度は孝則が虚ろな顔で話をする番だ。確かにこれは今の里菜に聞かせたくない。


「もっとも死体は上がらなかったので行方不明のままだから、本当に死んだのかは分かんねえけどな」

「…………」


 美味かった筈の酒が不味いと感じたが、こういう時こそ飲みたくなるのが酒という飲み物の不思議な所だ。


「な、なぁ友紀…」

「んっ?」

「あの子の事、追いかけて本当に大丈夫か?」


 俺達は互いに顔を合わせないまま、同じ酒を飲み交わしつつ話を続ける。


「何の事だ?」

「だってよお、良く考えてみろ。あの子の中身は自殺を志願した鈴木里菜じゃなくて、シチリア島から来たリイナに代わったって話だけどさ」

「…………」

「でも今、東京で独り孤独に暮らしてる里菜には変わりないんだぜ。お前も見たろ、あの酒の量。俺等とほんの30分だけ話してる間に500ml缶3本空けたぞ」


 嗚呼そうだ。あれはお世辞にも良い酒の飲み方じゃないってこと位まだガキの俺にだって判る。


「友紀、俺はな。高校の時に出来た最初の彼女以来、特別な感情を持つ異性を作るのを辞めたんだ」


 薄ら笑いを浮かべて孝則が違う話題に触れてゆく。俺は何の事だろうと思った。


「俺はお前と一緒にサッカーをしながらドジをやった。左膝の複雑骨折、たとえ治っても高校サッカーは、もう終いだと言われドン底に落ちた」

「嗚呼……俺もあの時は愕然としたよ。それでお前は煙草や酒に走ったんだよな」

「そんな時、女子高の彼女《紀子》に随分世話になった」


 俺は驚いた。彼女が出来た事くらいは聞いていたが、きっかけなんて知らなかった。


紀子のりこはなあ、入院してる俺の所に毎日通ってくれた。退院後もだ。動けない当時の俺は礼しか言えなかった。アイツはそんな俺にこう告げたんだ」

「…………」

「”私、貴方を助けてるつもりはない、やりたくてやってるだけ”ってな。県予選の試合を観てから俺に憧れ、俺が怪我をしたと知って、自分の出来る事をしたんだ……ってな」

「良い子……だったよな」


 では何故別れたのだろう? 俺はゆっくりと溶けて酒に混じる氷の様に、じっくりと話に耳を傾け続けた。


「良い子……そうだな。良い子過ぎたんだ。俺に尽くしてくれる程、正直辛くなっちまった。だって俺はもう紀子の憧れたプレイヤーには戻れないんだぜ」

「で、でもそんなこと……」

「駄目だ……俺ってヤツは貰ったものを返せないと気が済まねえんだよっ! それが俺の愛情表現なのに出来ねえんだっ! 助けているつもりはない?」

「お、落ち着けよ」

「いいや、俺は散々救われた。たとえそれが無意識だったとしてもっ! 或いは彼女にとってむしろようやく叶ったやり方だったとしてもだっ!」


 珍しく孝則が荒れている。身体を震わせ一枚板の木目が美しいカウンターをグラスで叩いた。


「だから紀子に別れを告げた。彼女は決して悪くない、悪いのは独りよがりの俺の方だ。自分が満足出来る形を示せないのなら、彼女なんか作らない。そう…決めたんだ」


 そして暫くの間を置いた。孝則は最早氷も入れずに手酌でグラスに注いだ酒を一気に飲み干すと再び口を開いた。


「ワリィ……俺、かなり酔ってるわ。お前と里菜ちゃんに俺の恋愛は関係ないのにな」


 それを聞いた俺は思わず孝則の背中を三度、軽く叩いた。


「俺もまだガキだからさ。この先どうなるのか正直言って良く分からない。お前が言う様にまだアイツが鈴木里菜だった頃の重苦しいもんを抱えていたとしたら…」

「…………」

「キチンと受け止めてやれるのかどうか。良く言うよな、女が悩んでる時は話だけ聞いてやればいいんだってさ。要は何も意見せずに、”うん”、”そうだね”って返すだけなんだよな?」

「ああ、言うな。アレ、苦手なんだ」

「俺もさ、何も口出しすんな。それこそお前が言うお返しなんて要らないんだろ? 出来るかなあ……」


 女って面倒くさいなって話を〆て、互いに苦笑いしてから俺達は自宅に帰る事にした。

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