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胡蝶の夢

作者: ならのしん

降り続く雨の中、夜も遅い帰路の電車。

かなり空腹だが既に麻痺しかけている。

軽い頭痛と疲労感に目を閉じるでもなく閉じ自然と微睡む。


どれぐらい前の記憶か、幼馴染達と遊んだあの山が見え、皆の笑い声が聞こえる。

強い日差しと木陰に草の香りがたち、割れる様なセミの鳴き声。


いつしか意識は幼い自分と同化し、在りし日の様にはしゃぐ。

夢中で山中を駆け回り、気が付くと長く伸びた影が日暮れを知らせる。


「もう、帰らなきゃ」皆が口々に言う。


いつの間にか一人になり薄暗い山中を彷徨っている。

日暮れが迫り気持ちは焦るが、ここはどこなのか、帰り道がわからない。

黒々とした木々が風に揺られ、先程まで楽しかった風景が急速に気味悪く姿を変えていく。


自分の息遣い、足音、葉擦れ、虫の音に交じって時折、鳥か獣かわからない正体不明の鳴き声が聞こえる。

心細く恐ろしい。


「これは夢だ」


夢でよくある主観と客観の混在。

当事者の自分と俯瞰で見ている自分がいて焦りながら冷静に状況を見ている。

目の前をクロアゲハが舞っている。

焦りと冷静さ、矛盾した感覚が忙しく交錯する中、不意に強い孤独感が込み上げ言葉にならない声を上げた。


実際に声を出したかどうかは分からないが、目を開くと電車は駅に止まっていて終点のアナウンスが流れている。

周囲の乗客らは既におらず、慌てて降りると電車は回送になり走り去った。

全く見覚えの無い駅で小さなホームに乗客はおろか改札にも人はいない。

どうやら無人駅の様だ。

時刻表を見ると先程の電車が最終便。


駅の周辺を見渡してみるがタクシーなどいるはずもなく、昼間も開いているのか怪しいシャッターの閉まった小さな店が数軒と自動販売機があるだけで周囲に建物はない。

雨と木立の向こう、遠くに明かりが幾つか見えるだけだ。

携帯は圏外。途方に暮れる。


こんな場所では宿も期待できないだろう。仕方なく駅に戻りベンチで一夜を明かす事にする。山間部のせいか湿気はあるが、ひんやりとした空気で不快さはあまり感じない。

ホームの電灯に虫が群がっている。

ベンチに座り自動販売機で買ってきたジュースを飲みながら空腹を紛らわせる。


「トモコさんに笑われるな」


密かに憧れを抱いている先輩に話のネタが出来た、等と思いながら雨音を聞く。

知らぬ間にうつらうつらとしていると遠くから太鼓の音が聞こえてきた。


「こんな夜中に太鼓?」


怪訝に思い周りを見渡すと中央に巨大な篝火のある広場で、老若男女かなりの人数が躍っている。

近隣の人達だろうか皆、一様に懐かしいアニメキャラのお面を付けている。


篝火の熱気は離れたここまで届いていて、時折パチッと弾ける。

雨は降った形跡もなく先程まで寝ていたはずの駅のホームも見当たらない。

いつの間にか自身は山中を彷徨っていた、幼い自分になっている。


この状況に戸惑いながら周囲を伺っていると今の自分より少し年上だろうか、10代前半ぐらいの女の子が近寄ってきて一緒に踊ろうと声を掛けてきた。


「トモコさん?」


一瞬そう思うほど面影はあるがもっと若い。


踊りなんて踊ったことが無かったが見様見真似でなんとか取り繕う。

時に体を寄せあい離れ寄せ合い離れる。

どれぐらい踊ったのか、女の子に促され広場の隅で腰を掛ける。

女の子はトイレに行くとどこかへ行ってしまった。


特にする事もなく呆けたように踊る人達を見ていた。

皆が皆、お面を付けて踊っている。

太鼓の音は聞こえるが人々は無言で、篝火に照らされて蠢く影がなんだか薄気味悪く思えてきた。

急にこの場から離れたくなり女の子が戻るのを待たずにその場から歩き出した。


どこへ行っていいか判らないが、篝火から離れ暗がりへと足早に向かいかけたが、脇の木陰から現れた女の子に驚いて足を止めた。


「どこへ行くの?」


女の子が問う。

家に帰りたいと告げるが、先程までの温厚な感じは消え鋭い目つきでこちらを見てくる。


「祭りはまだ終わっていないわ」


ピシャリと言って祭りに戻ろうと促す。

ちらりと篝火の方を見ると踊っていた皆が踊りを止め一斉にこちらを見ている。

得も言えぬ不気味さに、思わず女の子を突き飛ばして走り出す。


車一台が何とか通れる程度の道が木々の間を蛇が這う様に通っていて、進むほどに太鼓の音が遠ざかっていく。

ちらりと後ろを見るとお面の連中が走って追いかけてきている。

声にならぬ声を上げ、全力疾走、距離を離す。


少し開けた所に出るとどこか見覚えのある景色が目に入った。

自動販売機とシャッターが閉まった数軒の店、駅前に出た様だ。

終電が出たはずだが、何故か電車が止まっていて間もなく発車のアナウンスが聞こえている。


慌てて飛び乗ろうと改札を抜けると、目の前をクロアゲハが舞った。

その直後、いつの間に先回りしたのか目の前に女の子が立っている。


「ドこヘ行クの?」


女の子の声ではない。

押しつぶされた様に低く歪んだ気味の悪い声。

恐ろしさに総毛立つ。


「これは夢だ」


俯瞰視点の冷静な自分が言う。

恐ろしさに震える自分と冷静な自分。

意識が交錯する中、夢ならば大丈夫と思ったのか、恐ろしさに震える自分は雄たけびを上げながら無我夢中で女の子の脇を走り抜け電車に飛び乗った。

乗り込んだ瞬間、扉は閉まり電車は動き出した。

女の子は追っては来ず、景色とともに闇の中に消えていった。




目を開けると電車は駅に止まっていて最寄り駅のアナウンスが流れている。

反射的に飛び起きてホームに駆け下りた。

自身の状況を未だ把握できないまま、ふらふらと改札に向かう。

どこからが夢だったのか、少し増した頭痛に額を抑えながら改札を抜け帰路につく。


雨は降り続いている。

間もなく家に着く。

角を曲がったところで向こうから来た人とぶつかりそうになり慌てて身をかわす。

見ると小柄な女性で、傘を差していないのでずぶ濡れになっている。

街灯の影になり顔は見えないがシルエットに覚えがある。


「トモコさん?」


自分の家の前で憧れの先輩が待っていてくれた。

あるはずもない、そんな淡い期待を抱いた瞬間、その女性が口を開く。


「…帰ろウ」


暗闇に雨音だけが響いていた。

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